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伸びる長さと、縮む距離 #ランダムおひねり


「ほら、これでいいじゃん」
そう言ってふさっとキッチンペーパーを私の持つさらにかけて輪ゴムで止めた彼の行動がラップがなくて大慌てしている私の動揺を完全に止めてくれた。

「心配ならほら、アルミホイルもかけとけばいいよ……あ、いや、片っぽでもいいっていうか多分ホイルだけでもよかったんだけど最初に目についたのがこっちだったから……」

なぜだか異様に慌て始めた彼を見て、新たな焦りが私の心にタックルをかましてきた。

「いや、えっと、いやほんとその発想はなかったからめっちゃびっくりしただけでいや、ほんといいよ確かにペーパーで充分だよありがとう」

ミルクの中に落としてしまった苺ジュースみたいだなって、おもった。
その頬が、ゆっくりと染まっていく。


「ビニールでもよかったかもな。考えたらずで、ごめん」

ほんの少し俯いているのは顔を隠すためなんだろうけど、真っ赤な耳は完全に無防備に晒されている。何だろう。何なんだろうこの人は。かわいいなこのやろう。


「ううん、ありがとう。流石の発想力すぎてドキドキしちゃったよ」

そういうと彼は背中を向けてその皿を持っていってしまった。
ばくん。冷蔵庫が、開く音。


「2段目でいいんだよねー?」
「うん、ありがとうー」


かなわないな、と思う。
いつも、全く、私とは違う世界を、はるか彼方を見ているような彼の見ているものは絶対に私のそれと同じものではないに違いない。

はるかに優れた、違う答え、違う意見
私には、それが「ある」ことだけしかわからない、けど。
急に切れてしまったラップの事しか考えられなくなってしまう私は
いつまでここにいられるのかなんて、誰にもわからないけど


でも、今、香ってきたコーヒの暖かさだけは確かだろうから。
喜びとともに、期待する。
そして、望む。

その、彼方を、いつか見ることができるようになれればいいのに、と。


P.S.
次の日。湿気を吸って少し伸びてしまったキッチンペーパーが料理の汁を吸ってしまって大惨事になったのに気づいた私は、笑いながらもちょっと安心してしまったのでした。

彼方なんかじゃなくて
意外と近所なのかもしれない。


#ランダムおひねり



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