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138話 コール&レスポンス①

店長さんの素早いカウントの後、スムーズに「ジャズブルース」のセッション演奏が始まった。 その曲も、誰もが知っているというセッションの定番曲のようだけれど、当然のごとく僕だけは全く知らない曲だった。ピッタリと音を合わせて奏でている他の演奏者と横一列に並びながらも、テーマの部分が終わるのをただじっと見学をしているしかなかった。
管楽器のユニゾン演奏の重厚なテーマ演奏後に、そのままひとりのトランペットの参加者がアドリブを吹き始める。聴けば最初に参加したジャズブルースと、ほぼ同じような感じの曲だった。気のせいかもしれないけれど、不思議と、少しばかり耳に馴染んだような気がして来る。確かに難しい事をしているようで、慣れてしまえば意外にわかるように感じられるものなのかもしれない。

僕はまた、外に漏れないように、小さくハーモニカの音を合わせて行く。
(うん、いけそうだぞ、やっぱり普通のブルースを吹くように演っても、だいたいは合っているみたいだ。これなら、僕の方は今まで通りの事を演れば良いみたいだな。「フォード・ブルースバンド」のモノマネの範囲で、今日のところはこのまま何とか乗り切れるかもしれない。リズムだけ裏で乗っておけば大丈夫そうだな。とりあえず、今はそれで演り通してみよう)
先ほどの常連客に「楽器の演奏力自体はある」と、なんとなしに持ち上げられた事や、店長さんがまた自分を加えてのジャズブルースのセッションを希望してくれたという事で、僕は今までよりは少しだけ安心してその場に臨めていた。

やがて一人の参加者が僕の方を指差し(君、どう?次ソロいける?)とやったので、僕はうなずきハーモニカをくわえた。
そこからは僕のハーモニカソロになり、思いっきり、テンホールズハーモニカらしい枯れた感じの渋い音色で、ジャズブルースを演奏してみせた。ボーカル用のマイクのため、やや高音がきつく聴こえる響きにはなってしまったものの、その鳴り自体はすこぶる良く、存在感という面では十分に管楽器達に張り合えていた。ハーモニカ自体が「どうだ!!」と言わんばかりに、張り切ってくれているみたいだ。
参加者の多くがステージに上がってしまったため、すでにスカスカになってしまった観客席ではあったけれど、誰もが僕の演奏に身を乗り出して聴いているのがわかった。今までの会話のやりとりと、まだ僕がジャズを未経験だというだけでここにいる参加者達よりも難しい演奏をしているのだという、店長さんの妙な解説のおかげなのかもしれない。
考えてみれば、この店の中には僕以上にこのテンホールズハーモニカという楽器に詳しい人はいないはずなので、自信満々な顔をして演っていれば、とりあえず今日のところは何とかやり過ごせるだろう。結局は、自分が知らないジャズという土壌で話をしようとしなければ、それで良いのだから。

僕がひと通りソロを吹き上げ、終わり際にキョロキョロとすると、僕にソロを振った参加者がまた別の人を指し、次のソロの担当を決めてくれたようだった。 僕はその人の方へ向かって軽く会釈し、ソロを代わってもらった。
僕からソロを引き継いだ人は、ひときわ目立つ「黒のトランペット」を持つ奏者だった。今までにない、耳をつんざくように響く、ひときわ甲高いトランペットの音色を見せたその奏者のソロは、息遣いもタイトで音に粘りと艶があり、フレーズもどことなく男臭く、どちらかというと「僕らがやっていたようなブルース」に近いフィーリングを感じさせた。
ジャズ自体はわからないなりにも、彼の音色から自分が好きな空気感が溢れ出ていて、それにすっかり気を良くした僕は、体の方が自然に反応し「ブルースセッション」と同じようにコード(和音)の変わり目のタイミングで、彼のソロ・フレーズに自分のハーモニカで「オブリガート」を重ねてみせた。(その音いいぜ!!僕は今確かに、君の横でそれを聴いてるぜ!!)って感じのフレーズを。掛け合いというほどではないけれど、そのトランペットの「叫び」に僕のテンホールズで応えてみたのだ。それこそまさにブルースの醍醐味である「コール&レスポンス」だった。

けれど残念にも、お互いの音を絡ませる展開にはならず、もともとソロを終わらせるつもりだったのか、彼は僕のオブリガートの直後、サッと演奏を引いてしまい、そのまま音がしぼんで行くようにトランペットのソロを終えてしまった。せっかく音色的には肌が合いそうな相手だったのに、音の会話としてはイマイチなものに終わってしまったのだった。
(あれれれ?なんだ?終わりかぁ~。ソロのしめのところだったのかぁ~。残念!!)
僕は少しだけテンションが上がり、そのまま、なんとなく彼の方ににこやかな表情を送ってみる。けれどその黒いトランペットの参加者は、何とも言えない釈然としない顔でこちらをチラリと見ただけだった。
(残念だったなぁ~。もっと最初の部分から、彼の軽快なトランペットソロにハーモニカのオブリガートを重ねていれば良かったな。そしたらお互いにもっと熱い演奏になっていたろうに。 考えてみればジャズの人達は、そういったお互いでセッションを盛り上げていこうという部分が無さ過ぎるよな。「コール&レスポンス」なんてブルースの基本中の基本のはずじゃないか。相手の出す音に全く興味がありませんみたいな顔してただ自分のソロの順番を待っているだけなら、わざわざ店でやってるセッションデーなんか来なければ良いのにな)
僕は、ジャズというジャンルにも自分のソロ演奏にも、まるで自信が持てなかった分だけ、今のトランペットへのオブリガートが、自分の中から自然に湧き出して来た事に、密かな満足感を味わっていた。頭ではギブアップしていても、体の方が合わせようとしているように思え、誇らしくもあったのだ。これからは、ソロよりむしろ、このレスポンスの部分を中心にこのジャズを理解できるようになって行けるのではないかとさえ思えて来て、心の中でいよいよ待ちに待ったジャズの突破口に沸き立つものがあった。

その後、ベース、ドラムとソロが続いた。ドラムのソロは「フォー・バース」という前回の店で初めて知った掛け合い演奏に入ったのだけれど、参加者が多かったため、半分ほどのメンバーが自主的にこれを辞退するように一旦ステージから離れた。僕もそれを見て、さりげなく合わせてステージから降りたので、何事もなくその場は過ぎて行った。
「フォー・バース」については、前の店で相席をしたギタリストから教えてもらってからというもの、自分でもCDなどを聴き直し復習もして来たので、ある程度耳で追う事くらいはできてはいた。とはいえ、4小節の長さだけを交互に演奏するのだと言う事は既に理解はできていても、今この場でそれを自分が演れるかと言われれば、まるでそんな気はして来なかった。とりあえず今回は見学する事で済んだので、僕はほっと胸を撫で下ろしていた。

ドラムの「フォー・バース」が終わってからはまた「テーマ」と呼ばれる全員のユニゾン演奏部分に入った。僕は楽譜を読めないしその曲自体も知らないので、一旦ステージを離れたメンバー達と一緒にステージに戻り、ただ横一列に並んで立っていた。もうできる事は無いので自分の席にいても良いのだろうけれど、その曲を共に演奏した仲間として並んでいるのが礼儀のように思えていた。
何もする事がない間、僕は同じステージに並んでいる、先程の黒いトランペットを吹く彼の事を考えていた。
(さっきはちょっと残念だったな。同じような音のタイプの人だったし、もうワンコーラスあればかなり熱い「コール&レスポンス」を交わせたのになぁ~。この店では唯一、話が合いそうな相手だもの。 まぁいいや、後でちょっと話し掛けてみよう。ひょっとしたら、ジャズの店では初めての、話が合う仲間になるかもしれないぞ)

僕がなんとなくニヤニヤとしてるうちに、曲は終わりを迎えた。そのタイミングで店長さんが号令を掛け、大人数での大団円とばかりに、この日のジャズセッションデーは幕を閉じる事になった。
僕は、とりあえずこのセッション曲では失敗をしなかった事や、「ジャズブルース」という突破口ができたという事に舞い上がり、今回で、本当の一歩を踏み出す事ができたと喜び勇んでいた。

つづく

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