66話 専門的な会話①
お目当ての弾き語りのデュオの前にたどり着いた僕は、散歩の途中で自然に演奏が耳に入って来たかのようにゆっくりと足を止め、やや笑顔を作り(へぇ~、良いじゃない)なんて感じで、眺め始める。
その2人は、この通りで弾き語りをしている中では明らかに人気が無く、誰も観ている人がいない中、まるで2人だけで練習でもしているかのように、身の入らぬメリハリの無い演奏を続けていた。演奏としては覇気がないものの、ある意味では話し掛けやすい状況ではあった。
しばらく演奏を聴いた後、僕は彼らに声を掛ける準備として、その前にさりげなく座り込むと、今度は2人に伝わるように、真剣に演奏を聴き始める。
2人は僕の存在によって、演奏に少しだけやる気を出したのがわかる。それに合わせるように、僕はさりげなく首の動きだけをリズムに乗って軽く振ると、そこにわずかな連帯感が生まれて来る。どうやら僕の自然に見せるための演出は、上手く行ったようだった。
年頃と雰囲気から、2人は大学生のように見えた。身なりにも特に共通項もなく「ユニット」を組んでいるという感じまではしなかった。たまたま音楽の趣味が合うというくらいの2人のようだ。
僕が呼び水となって数人が立ち止まった。僕が彼らの前に置かれたギターケースに最初の100円を投げ入れると、続いて数名が投げ銭に加わった。
これに2人は満足げな笑みを浮かべ演奏を続け、やがて数曲の演奏が一段落したところで、頃合いもよく自然に集まっていた人は離れて行き、僕だけが残った。
照れたように残った僕に軽く会釈をする様子に、どうやらこの2人は演奏を聴いてもらえる事にまだ慣れていないらしいと感じた。ブルースのような音楽を選んでいるにしては、なんだかスポーツでもやっているような爽やかさが漂う、好感の持てる2人だった。
観客が僕1人になったからか、演奏していた2人の方から僕に話し掛けて来た。
「え~と、ブルースとか、好きなんスか?」
僕は高鳴る鼓動を抑えながら、できるだけ落ち着いて、必死に作った笑顔で答えた。
「ええ、まぁ、好きですね」
当時の僕は社交性に乏しく、どちらかと言えば人見知りのようなものだったので、質問をされてもたどたどしく返すのがやっとなくらいだった。けれど投げ銭の「たった100円」が、不思議なくらい自分にわずかばかりの勇気を与えてくれていた。
2人の演奏の中に知っている曲があったので、しばらくは曲のチョイスなどを話題にし、「どこから来ているのか」などをお互いが引かないで済むくらいのレベルで尋ね合う。
2人はギターは手放さないまでも片手では飲み物などを飲みながら話しているし、直ぐに演奏に戻る様子もなく、このまましばらく会話が続けられそうな感じだった。
会話が少し途絶えたところで、ありがたくも彼らの方から僕個人への質問が飛び出した。
「ところで、音楽とか、やっている方ですか?なんか、そんな雰囲気だし」と。
これは受け身な僕にとっては非常にありがたい質問だった。実のところ、例の弾き語りの人をマネてバンド風のファッションにしていたのだ。その人の態度に腹を立てながらも、他に情報がない中では仕方のない事だった。なんにしても、作戦が功を奏したというところだろう。
さて肝心なのはここからだ、いよいよ「自分がハーモニカを吹いている」という告白のタイミングであり、前回はその流れで、誘ってもいないのにいきなり拒まれたのだから。
2人の雰囲気から言っても大丈夫そうな気がしたので、慎重に、押し付けがましくないよう気をつけ「実は、テンホールズハーモニカを吹くんですけれど」と告げてみた。
すると「おーっ!」と軽く喜ぶような声が、同時に2人から上がった。どうやらこの2人には、楽器をやる者同士の、ギスギスとした縄張り意識のような警戒感はないようだ。
「おい、丁度いいじゃんか!いろいろ聞いてみろよ!全然ブルースハープ、上手くならねぇもんな、お前!」
「うっせぇ!俺のがお前より、まだ上手いだろうがよ!だったら、これからはお前が吹けよな!!やってみろよ!絶対、吹けねぇから!!」
2人はきつい言葉を使いながらも、笑い混じりのやり取りを続ける。そのやりとりから、やはり僕の想像した通り、ハーモニカを吹いていた方も特に自分から吹きたいという訳でもないようだ。
(よし、とりあえず、ここまでは順調だ!)
僕はさらに高鳴る鼓動を抑え、頑張って笑顔を続けた。
僕ら3人の会話は急にフランクなものとなり、片方の人はさっき吹いていた自分のハーモニカを取り出すと、僕に質問をして来た。
「ブルースハープ、詳しいんですか?なら、これって、壊れてますかね?」
そう言うと演奏中に気になっていたらしい音を「プー」と鳴らしてみせ、こちらをチラリと見やる。
これも、僕にとって実にありがたい質問だった。自分の専門性を、ごく自然に出せる、絵に書いたようなチャンスの到来ではないか。
僕はすかさず答えた。
「音が、壊れちゃってるよね?そのハープ」
出会ったばかりにしてはかなり挑発的な言い回しだけれど、話しやすそうな2人だったので、僕はそのまま思い切って言葉を続けてみた。
「4番の、吸う方の音だよね。それ壊れやすいんだ。僕も、よくそこを壊すんだ。消耗品だしね、ハープって」
相手は驚きながらも、僕の答えに笑顔をのぞかせる。
「ああ、そうだよ。確かに4番の所だよ!!吸う音の方!!」
もう片方も嬉しそうに言葉を重ねる。
「おお、すげえな、詳しいんだ?お客さん」
この「お客さん」という言葉に少々の隔たりを感じつつも、このやり取りで本当にお互いのニーズが噛み合うような出会いになるのかもしれないと、いよいよはち切れんばかりに胸が高鳴って来る。
僕は気合を入れ、もうひと押しして、なんとか仲間になろうと頑張ってみるのだった。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?