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「はままつ BABY BOX」で遠州織物の活性化と子育てを応援したい|染色作家 桂川美帆さん

多種多様な生地種類と世界に誇る手触りが魅力の遠州織物。古くから綿花の産地として栄える、静岡県浜松市を中心とする遠州地方の地場産業です。ヨーロッパの有名ブランドの生地にも使用されており、パリコレクションで披露されるなど、世界的に高い評価を受けています。その一方で、職人の高齢化に伴い作り手の数は年々減少し、存続が危ぶまれているのも事実です。

遠州織物の存在を知らない世代が増える中、今ひそかに注目を浴びている商品があります。遠州織物で作られたベビー用品ギフト「はままつ BABYBOX」です 。東京から移住した染色作家 桂川美帆さんが中心となり、浜松へ移住したアーティスト、地元の機屋や寝具店などによって誕生しました。

桂川さんは、東京生まれ東京育ち。遠州地方に縁のなかった桂川さんが、なぜ遠州織物で商品をつくろうとしたのでしょうか。その経緯を伺いました。


色とりどりの世界に触れた子ども時代を経て、染色の道へ

桂川さんは、1987年東京都出身、東京藝術大学大学院で博士号(美術)を取得したテキスタイルアーティストです。母親が花屋に勤めており、さまざまな花に囲まれて育ったため、幼い頃から色を使って絵を描くことが好きだったといいます。

「フラワーアレンジメントや生け花、器の展覧会へ連れて行ってもらう機会も多く、文化的な教養を身につけさせてもらいましたね」

美術への関心が次第に高まり、高校では油絵を学びました。大学でも油絵を学び続けるつもりでしたが、蒔絵師で人間国宝の松田権六の展覧会へ足を運んだとき、ターニングポイントが訪れます。伝統的な技法を踏まえつつ、型にとらわれない革新的な表現が特徴的な作品に、衝撃を受けたのです。

「伝統的な技術を自由に表現すること。まさに私がやりたいことだと思いましたね。作品自体は古いものなのに、その自由な表現方法に現代的なかっこよさを感じたんです」

これをきっかけに、長い歴史の中で形成された技術を学び、現代的な表現をしていきたいという気持ちが鮮明になり、伝統工芸の世界へ進む決意をします。

作品制作中の桂川さん(写真提供:桂川美帆さん)

中でも、さまざまな染料で自由に布や糸を染める「染色」に惹かれたといいます。心を奪われたのは、キャンバスに色をのせていく油絵とは違い、染料が生地に染みこむことで布自体が発色するその美しさでした。

「布そのものが発色する瑞々しさや柔らかさは、日本人の感覚で”美しい”と感じるものだと思います」

桂川さんはアーティストとしての活動を始め、植物や自然をモチーフにしたパネルやタペストリーなどの作品を制作していきました。

2023年に世界遺産である富岡製糸場で開催した個展。作品は淡くて優しい色づかいが印象的  (撮影:Yuri Komuro、写真提供:桂川美帆さん)

移住先の浜松で出会った「遠州織物」。目の当たりにした衰退の現実

桂川さんは、大学院の博士課程在学中に結婚。その後、大学の染織研究室に勤務しながら作家として作品を制作する日々を送っていたとき、第一子を授かりました。臨月に近づいた頃、思わぬ事態が起こります。ご主人の浜松市への異動が決まったのです。産後も大学での研究を続けてキャリアを積んでいくつもりが、出産を目前にしてキャリアか家庭かの二択を迫られることになりました。

「子育てをサポートしてもらえる親族が近くにいないし、第一子で育児の勝手もわからない。あらゆる方法を考えて悩んだ結果、浜松市への移住を決意しました」

想定外の移住で計画していた道からは外れてしまったものの、製作の手を止めないためにここでしかできないことに踏み出します。

「せっかく浜松で活動するなら、伝統産業である『遠州織物』を染めてみたいと思いました」

ところが、遠州織物がどこで買えるのかもわからず、生地が手に入りません。あちこち探しても見つけられず、途方に暮れていたとき「大量に廃棄される遠州織物の生地があるから受け取ってもらえないか」という連絡をもらったといいます。

「そのとき出会ったのが遠州織物の『からみ織』でした。これが、見たことがないほど精緻で美しかったんです」

細かく繊細に織られた遠州織物の「からみ織」(写真提供:桂川美帆さん)

レースのような複雑な構造でありながら、巧みな技術で織られたからみ織に感動を覚えたという桂川さん。さっそくこの生地を織った職人さんに会おうと工場があるという場所へ訪れますが、そこには衝撃的な光景が広がっていました。工場は解体され、更地になっていたのです。また、職人さんは高齢で、訪問する数ヶ月前に廃業していました。

「注文が減って需要もないから工場を閉めてしまった」と話す職人さん。聞けば、かつて浜松の名工にも選ばれた優れた技術の持ち主でした。後継者もいなかったために、工場も解体したのだといいます。

職人さんが辞めてしまったことで、取り引きをしていた会社もからみ織の織機の部品を作らなくなる。からみ織に適した糸の糊付けの技術も、このままでは失われていくと聞きました。織物は工程によって分業制がとられており、どこかが立ちゆかなくなればその影響は否応なしに広がっていく――この光景を前に、遠州織物の衰退を肌で感じたという桂川さん。

「全然時代遅れではない素晴らしい技術が受け継がれることなく、ここで途絶えてしまうということに危機感を感じましたね」

何かしなければという思いに駆られた桂川さんはその後、職人さんにもらったからみ織の生地に染色して、市内の文化施設で展示をしました。展示会に訪れた若い女性からは、「布そのものが、すごくかわいいですね」という声をもらったといいます。これが今の若者が遠州織物を見たときのリアルな反応。まさに桂川さんの読み通りでした。

譲り受けたからみ織の生地に桂川さんが染色した作品(写真提供:桂川美帆さん)

「遠州織物は認知されていないだけで、伝え方を変えれば需要があるんですよね。この技術を受け継ぎたいと思う人だっているはずです」

遠州織物を未来に残すためには、”次世代”に伝える必要性があると確信した瞬間でした。

「地場産業復活」と「子育て支援」、2つの地域課題を組み合わせたプロダクトが誕生

若い世代に遠州織物の魅力を伝えたい――試行錯誤のすえ、桂川さんがたどりついたアイデアは、遠州織物で作ったベビー用品をギフトセットにして、商品に”子育てを応援する役割”を持たせることでした。その背景には、「子育てを応援してくれるギフトが浜松にもあったら」という、移住先で子育てを経験した桂川さんの母としての思いがありました。こうして、遠州織物の子育て応援ギフト「はままつBABYBOX」が誕生します。

「はままつ BABY BOX」7点セット(写真提供:桂川美帆さん)

「はままつ BABYBOX」は、スタイ、てぬぐい、モビール(天井からぶら下げるオブジェ)、だっこまくら、おくるみ、バスタオルがオリジナルBOXにまとめられたギフトセット。織る会社、染める会社、加工する会社。できるだけ多くの会社を巻き込みたいという思いから、桂川さん自身が各企業に声をかけながら、すべてを遠州織物で作り上げました。

「遠州織物のおもしろさは、ほかの繊維産地と違って、それぞれの会社が独自の強みを突き詰めていているところにあります。高密度の綿織物を得意とする会社、絹と綿を組み合わせる会社、麻を使った細かいからみ織りが得意な会社など、それぞれが千差万別だからこそ、一緒に協力して商品を作ることで地域のブランド力も強化されるはずだと考えました」

リバーシブルで使えるバイカラーのスタイ

スタイひとつをとっても、綿と麻を組み合わせたヘリボーン生地と綿ガーゼの生地を組み合わせ、4社の協力で製作。各商品に付けるタグも遠州織物の細幅のテープに手作業でプリントしてロゴを染るなど、細部までこだわって作られています。

浜松産ヒノキと「からみ織」で作られたモビール。布目からは柔らかい光がこぼれる

ギフト商品という形にこだわった理由

桂川さん(中央)と「はままつ BABY BOX」を運営するメンバー(写真提供:桂川美帆さん)

「はままつBABY BOX」をギフト商品という形にしたのも狙いがあります。遠州織物をよく知る高齢の層から知らない若い層へ贈る流れをつくれるのではと考えたのです。

実際、海外や県外など遠方で出産する娘を持つ親が購入するケースは多いそう。ふるさとで作られたベビー用品を贈ることは、遠く離れた場所での子育てを応援したいという送り主の温かな想いが感じられます。

桂川さんの「はままつBABYBOX」を受け取った子どもたちへの思いも、ひとしおです。

「子どもたちが成長して、赤ちゃんのときに包まれていたふわふわのおくるみに再び触れたとき『自分は愛され育ったんだな』と感じてくれたらうれしいですね。愛情を思い起こす存在になれたらありがたいです」

遠州織物の魅力を伝えて、次世代へつなげたい

(写真提供:桂川美帆さん)

遠州織物はこれまで地域を支えてきた産業でありながら、現在はその存続すら危うい状況となっています。しかし、遠州織物にしかない生地の柔らかさや風合い、その高い技術はこのまちの宝です。「遠州織物の良さを伝えていくには、実際に触れる機会を作って、心地よさを体感してもらう以外にないんですよね。その繰り返しで、遠州織物が未来に受け継がれていってほしいと思います」と桂川さんは話します。

遠州織物の美しさに惹かれて、魅力を発信し続ける桂川さん。「はままつBABYBOX」をきっかけにこの地場産業を身近に感じる人たちが増え、技術を受け継ぐ若い世代の職人が次世代へとつなげてくれることを願っています。遠州織物に新たな息吹をもたらす桂川さんの挑戦は、これからも続きます。


桂川美帆さん公式サイトhttps://miho-katsuragawa.com/
「はままつ BABY BOX」公式サイトhttps://hamamatsu-babybox.com/
「はままつ BABY BOX」は、遠鉄百貨店 5階「赤ちゃんの城」にて受注受付中です。


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