女一人芝居『そっちは苦い川だから』


<形式>女一人芝居・30分
<あらすじ>六千年前。世界は苦い川に囲まれているとみんな信じていました。行く必要が無いところを、誰かが危険を冒して越えたのだな。という妄想をしている100均のレジ打ち山崎(女32歳)の話。

■山崎

(じょじょに明。商品をスキャンするレジの女。エプロンには『JUST¥100』ロゴマーク。)

「お待ちのお客さまよろしければおとなりのレジどうぞおまたせいたしましたいらっしゃいませしょうひんおあずかりいたしまーす。ピ。100えんになりますちょうどおあずかりたしましたありがとうございますまたおこしくださいませー」

■100均

「アルバイト。北海道最低賃金810円。
レジ打ち。だいたい時給850円。週に5日。朝9時から夜6時。
私は1時間850円という存在である。
働くというのはそういうこと。
楽しいとか意味があるとかやりがいだとかそういう事ではない。
だから私は表向き、私は私を捨てて、
つまり、そういう記号になる。
こっち側の住民である自覚をしている私は
この現実世界に高望みしてはいけない。
『お待ちのお客さまよろしければおとなりのレジどうぞおまたせいたしましたいらっしゃいませしょうひんおあずかりいたしまーす。ピ。100えんになりますちょうどおあずかりたしましたありがとうございますまたおこしくださいませー」

「たまに疲れる。」

(スマホ、音楽をかける「ハリーポッター」)

■妄想スイッチ「フェニキア人」

「ぴ(妄想スイッチ)」

「何千年も前からみんな信じてました。
世界は苦い川に囲まれている。
苦い川。
だから、
みんなが止めました。
『そっちは苦い川だから、行かない方がいい』
大昔に苦い川を越えた偉大なフェニキア人に突撃インタビュー
『はっはっは。子供の頃は僕もそう思ってました。みんなと同じように。
そう教わってきたから』
シーン変わり、
偉大な古代フェニキア人の幼少期。
『わー』
『ここがマーテル、ここはティムパン、リート、そしてアリダード。部品の全部に名前があって役割がある』
『きれい。』
『アストロラーベさ』
『アストロ、、なに?』
『アストロラーベだよ、船の向きを調べる』
『さわっちゃダメ?僕もほしい』
『大きくなったらな』
『僕、大きくなったらパパみたいな立派な船乗りになるんだ』
『そうか、パパみたいにか』
『それから、海の向こうにいくんだ』
『それはいけない。苦い川があるんだ』
『にがいかわ』
『この世界は四方を苦い川で囲まれている。その先には行けないんだ』
『ふーん』
インタビューにもどる。
『はっはっは。
でも、大人に近づくにつれ、おかしいと思いはじめたんです。
川が苦いからって、
あっち側の世界へ行けないなんて。
ただ苦いなら、のまなければいいんだ』
スタジオ爆笑。
『それで研究をはじめた。
苦い川をこえる研究をね。
もちろん、変人扱いされましたよ』
はっっはっはっは』」

(客が来る)

「あ。やべ。」

■フェニキア人

「ピッ。マイバックお持ちですか。

SEピッ、ピッ

100円商品が、1、2、3点。合ぉ計ぇで300円になります。ありがとうございましたー。あぶね。「古代海洋交易民族フェニキア人の妄想やばい。何杯でもいける。ちょっとあぶない。もっとノーマルなのにしよう。あれ?なんでフェニキア人にハマってんだっけ???、、まいっか。」

「いらっしゃいませー」

■説明の人

 客席を向く。

「え?何をしてるのかって?妄想です。そうです。妄想が趣味なんです。あることないことを自分の想像力に任せて空想する、あの本当に無駄な行為のことです。カラオケもお酒もタバコも、スポーツも読書も映画もドラマも競馬もパチンコも、私は趣味にできませんでした。私が真剣に向き合えたもの、それは妄想です。残念な趣味ですが本当です。しかし、『こっち側の世界に住む』私にとって、妄想は私が、現実をやり過ごすための力です。」

「え?仕事?100均のレジ打ちです。大手ではなく。なんだこりゃっていうプラスティックの在庫抱えている。うちは店長のこだわりで税込み100円です。「ぶう!商品を売るんじゃない、経験を売るんだ!だからうちはジャスト100円!ぶう!」。店長は独身で思想は素晴らしいですがパッと見、豚です。鳴きます」

「例えば仕事中にスイッチが入って妄想モードに入るとします。私はその状態をキープすることに全力をつくします。たまに気がついたら家についてる現象が起こることがあります。その時私は『勝ったな』と思います。え?何にって?『世界に』」

「『妄想力こそ個人が世界に立ち向かう最後のそして最強のパワーである』私の日本の友人の言葉です。この独白も実は真の妄想に入るための『アップル社が新製品発表してる風』独白。つまり妄想に入り易くするための誘導です」

「現実が変わらないならこっそり妄想で、あなたの世界を変えませんか。さあ、妄想力で繰り返しの日常をやり過ごしましょう。」

■曲との遊び方

(キョロキョロと一人であることを確認する)

「音楽をかけると、より、効果的に、言葉が意味を持ち始めます。」

(スマホを取り出し『G線上のアリア』をかける)

「おこめ
おこめ
パンより
こめがすき」

(一回切る)

「このように、意味のない言葉も、
曲調しだいでいい感じになります。
意味ありげなエピソードとなるとさらに強いです。」

 (音楽をかける)

(独白)

「高校2年の夏、
分相応という言葉があり
あっち側の住人にしか届かないものがあるってことを知ってからずっと、こっち側の住人でした。
ネットやテレビや雑誌の情報をうのみにしてはいけない。
あっち側の人間に有効なものをこっち側の人間が身に付けても滑稽なだけだ。
こっちがわの人間に、百貨店、専門店は必要ない。
近所のスーパーとコンビニとドラッグストアと100均の往復で十分」

(客が来た。音楽を切る)

「このようにそれなりの妄想にいい曲を添えると、涙すら誘えます」

(帰るのを待ち『カノン』をかける)

「楽に生きるには多くを望まないこと。
目の前のものをあっちのものかこっちのものか、正しく判断すること。」

「あっちの世界を避け、
こっちの世界に満足すること。」

「あっちの世界から紛れたものは
すばやく排除すること。」

「しかし、
ある日。
私は、、、恋に落ちたのです」

(曲を切る)

「かなりいい線いきました。
つまりこの調子で
波に乗って行くことを重ねていくわけです。
たまに、ビッグウェーブがきます。
妄想ビッグウェーブが来た時の喜びは何にも変えがたいのです」

「ではわたし、忙しいんで(ばいばい)」

■妄想遊び

「ぴ(妄想スイッチ)」

(音楽『ラブストーリーは突然に』かける。)

「私がこっちの人間だから?
きみのままでいい
あなた言ってくれたじゃないですか。」

(曲、止める)

「ちがうな。ひっぱられる。明るいやつ。えーと。」

(音楽をさがす、『アンパンマンのマーチ』かける。止める)

「明るいの意味がちがうな」

(音楽をさがす、『ルビーの指輪』かける。イントロだけで止める)

「全然ちがうな」

(音楽をさがす、『恋ダンス』かける。ちょっと踊る。止める)

「なにやってんだ」

(音楽をさがす)

「もっと、レジ打ちの私に、ふさわしい音楽」

(リズム音楽かける)

「ピッ、、ピッ、、えっさ。ほいさ。
ピッ、、ピッ、、えっさ。ほいさ。
レジ打ちます♪目にも止まらぬ早業で♪ぱっぱとレジ打てえっさーほいさ」

(暗)

■常連紹介

「2000円お預かりいたします。2000円お預かりいたしましたので800円と、、、レシートのお返しです。ありがとうございました。またお越しくださいませーえ」

(見送る)

「ドライフルーツだって毎日食ったら身体に悪いと思うよ、キャバ嬢」

(次の客)

「マイバックお持ちですか、、、」

「300円。レシートは、、、またお越しくださいませぇー。カラフルばーちゃん。輪ゴムまで色つき。カラー輪ゴムすぐ切れるのに」

(次の客)

「合計で二百円になります。ちょうどお預かりいたします。レシートは、、またお越しくださいませぇー。
毎週金曜日のこの時間にミックスナッツと黒糖ピーナッツを買うおじさん。ごほうびか。あ、やべ。目あった。へへへ(愛想笑い)」

■無様な愛想笑い

(愛想笑いで顔止まったまま、音楽『G線上のアリア』をかける)

「無様な愛想笑い」

「昔、笑うというのは、もっと楽しい瞬間でした
昔、謝るというのは、もっと必死な瞬間でした」

「私は大人になってこの無様な愛想笑いを手にいれました。
顔だけ笑う、形だけ謝る、そこに心を入れてはいけません。
それ以上傷つくわけにはいかないからです」

「いらっしゃいませ、ありがとうございました。笑う、謝る、レジを打つ、呪文を唱える。
『お待ちのお客さまよろしければおとなりのレジどうぞおまたせいたしましたいらっしゃいませしょうひんおあずかりいたしまーす100えんになりますちょうどおあずかりたしましたありがとうございますまたおこしくださいませー』」

■アストロラーベ

SEピ

「100円になります。ありがとうございましたー。めざまし時計100円ってすごい時代だ」

(思い出す)

「あ!今日バイト終わったら買いに行くんだった。アストロラーベ風の懐中時計。
国道沿いのアンティークのお店でたまたま見かけた骨董品。まだあるかな。
懐中時計を複雑に装飾したみたいな、これくらいの。なんですかって聞いたら、おじいさんが『アストロラーベか、ノクターナル。おじょうちゃん、自分調べてよ』って。アストロ、、なに?教えてくれないの?『思いもよらないことに出くわすから面白いんだ』」


■ストレス

(次の客)

「ピっ。1000円ちょうどありがとうございましたー。スポンジ消費率地域ナンバーワンを誇る、スポンジおばさん。あれ、戻ってきた。え、なんですか?あ、交換。え?スポンジの、形がいつもと微妙に違う、、(見る)あ、ここのカーブが、、ソフトすぎると。ああー(目が死ぬ)さしすせそ発動。さすがですねー知らなかったっすごいっ、、せ、せ、せ、あ、繊細。繊細ですね。そーなんですねーー。ハイ交換、ご自分でお願いします。もっとこう、シャープな(ソリッドかしら)はいソリッドなスポンジと。」

「なんですか田中さん。あ。カード。このまえも行ったけど田中さんカードはうちやってない、え?怒ってる?なんで?あ、カード使えないから?謝ってひとまず。それか店長呼んで。え?呼んだけど出てこない?なんでよ。いまそっち行きますからひとまずとにかく謝って。レジ離れないでいて。え?もう上がり?、、あ、おつかれさま。このタイミングで帰るかよ。あ、へへへ(愛想笑い)はい。100円になります。お客様ちょっっとすみません(他のレジへおまわりくださいのを置く)」

「(田中のレジ)失礼いたします。申し訳ございませんお客様クレジットはちょっと。すみません。はい。へへへ。そうですね。この時代に。なんですけど。申し訳ございません。はい。ありがとうございます。そのように上の者に伝えます。すみません。バイトなもので。へへへ(愛想笑い)」

「お待たせいたしました。へへへ(愛想笑い)店長ーっお願いします。マイバックお持ちですか?お待たせいたしました。申し訳ございません。店長。レジヘルプお願いします。はい100円になり、ありがとうございました。レシートは、、、お待たせいたしました。」

「えっさ、、、ほいさ、、、えっさ、、、ほいさえっさほいさえっさほいさあああああ!!!!発狂おおおおお!!!!」

■フェニキア発動

「と、なるまえに」

「私はスイッチを入れます。
これはもう、フェニキア人だな。」

「ぴ」

(スマホでゆったりとした音楽をかける)

「地中海のフェニキア人。大きな船の乗組員になるのが普通。
号令に合わせて櫂を漕ぐ。えっさほいさ。えっさほいさ。
フェニキア人親子(さっきより育っている)の会話

『じゃ、あっちは?』
『あっちも苦い川だから』
『父さん、苦い川だから、なんなの』
『行かない方いい』
『なんで』
『苦いんだから、川』
『ほんとに苦いの』
『そうだよ。昔からなんだ』
『俺、行ってみたい』
『(舌打ち)』
『父さん俺』
『勉強しろ』
『してるよ』
『もっとしろ』
『おかしくない?なんで川苦いと、わたれないの?甘いとわたれる?』
『苦いんだから、甘くはないよ。』
『は?』
『甘かないってことだよ。な。甘かないんだよ。人生』
『父さん思い付きで言ってる』
『お前フェニキア人だろお!』
『、、、』


「あ、そうか。アストロラーベを調べてたら航海術の話になって。それで、地中海の貿易民族、フェニキア人にたどりつたんだった。苦い川を越えた民族。真鍮のアストロラーベ。古代の天体観測機。天文学者や占星術師が使った、天体観測機。私が見たのは航海用。魔法の世界から飛び出したみたいな素敵な機能美。あれで船の位置がわかるなんて、すごい。アストロラーベ。あれはそういうデザインの時計かな♪」

SEピッ

■やまさき

(店長が来た。音楽を切る。股にはさむ)

「マイバックお持ちですか?あ、店長。レジに没頭しててお客さまかと思いました。お疲れさまです。え?なんですか?スマホ?いや、いじってません。今日忘れました(手ばなしを見せる)。ほら。あ、あがります?あー奥さんが。(つわりで大変)って言いますよねー、ははは。帰った方いいっすよ絶対。だいじょぶです。締めやっときまーす。え?あ、わたしですか?いや相手いないんで。ははは。はい。お疲れさまでーす。帰って帰って。へへへ。」

(帰るのを待つ)

「やま「ざき」じゃないやま「さき」だ。やまざきくん結婚は?余計なお世話だ。
、、、、、、」

SEピッ

「はい100円。レシートは、あ。領収書、、お宛名は、、株式会社『いぬ』、、あ、ひらがなで。お品代は、犬グッズ、、、はい。ありがとうございましたー。、、」

(音楽をかける。リズム)

■田中

(後輩のバイトに話かけられる)

「え。あ。田中さんなんですか」

「今、バイトの後輩、ぷるるんリップでEカップの田中さんが助けを求めてきました。可愛いくてスタイルが良くてバカ、だけど輝いています。つまり、田中さんは『あっち側の住人』です。」

「もう3ヶ月もレジ打ってる田中さん落ち着いて。この職場女だけだからメスのフェロモン全開にしても無駄。田中さん。まず、その『せんぷぁあい』って呼び方も『ですぅ』って語尾もやめて。私ヤマサキです。『マツコの部屋』『徹子の部屋』一文字違えば違うでしょ。ザキヤマさんて呼ぶのやめて。泣かないでレジ打ちの分際で。10年後にはこの職業なくなるんだよ?って言われてたのもう数年前よ?田中さんずり下がったドジっ子眼鏡あげて。あとパンツ見えてる」

「客がレジ打ちに思うことは『早くレジを打て』(ピッ)100円になります。またのお越しを。こうしている間にもあなたの列には長蛇の列ができているわ。(ピッピッ)200円になります800円のお返し、なに田中さん?」

(マニュアルと違います)

「歯を食い縛りなよお?『誰も聞いちゃいないわ、私たちの言葉なんて』(殴る)ぼか!びゅんん。壁にどごん!めりこみー」

(田中、倒れる)

「(ピピピ)300円おつり200円また。なに油ぎったサラリーマン、まだ何か用?りょうしゅうしょ?レシートは立派な領収書よ?上様なんて書かなくていい!自分で書きやがれよ!経理に信頼されてないのねおメタボちゃん。そして田中ぁああ!いつまでブラウスはだけたまま鼻血を流して壁にめりこんでんだあ!?レジ打てよ田中!男どもが今や3列になってよだれを垂らしながらあなたを待ってる!Dカップ揺らして媚売ってレジ売ってきた報いよ!(ピピピピピピピピ)いらっしゃい若いのにハゲたバーコード君!8点で800円よ。どれだけ好きなの『きなねじり』?。若ハゲはこれのせいじゃない?まだ何か用?そのバーコードもスキャンされたいの?クレジットカード?おあいにくさま、ほか当たってくれる?うちは、(髪をかきあげ、田中を横目でみながら)現金でしかやってないわ」

「て言えたらいいのに。田中さん、、あ、また帰った」

(スマホ音楽)

「えっさ。ほいさ。えっさ。ほいさ。フェニキア人♪一糸乱れぬ統率で♪船漕げ海越ええっさーほいさ。あっちゃーこっちゃーえっさーほいさ♪(以下ラップ)親同士決めたyo結婚♪銭多く貯めてohマイホーム♪子だくさん孫だくさん僕じーさん♪HU-NE-KO-I-DE--, Here we go!!(以下『G線上のアリア』メロ)ああー働いて死ぬーのさー♪むーねーの、奥の奥秘めたーー♪君に隠してたー♪あーあーこの願いは叶わないでしょうーーー」

■バイトおわり。

(エプロンをはずす)

「はい、おつかれさまでしたー
つかれた。ながかった。
よし、買いにいこう」

「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。フェニキア人の息子、えっさほいさに合わせるのが下手。えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。」

「え、、

無い?

売れたんですか?

そーですか。

おじーちゃんは?

え、やめた。

そーですか。」

「アストロラーベ。
お前も所詮、
あっち側だったか」

「私は高校二年の夏
出来たばかりの彼氏を人気者グループの女子に取られた。
そんなことがあるなんて思ってもみなかった。
あっさり乗り換えるその男もその男だし
横取りしたい女も女だ。
わたしにはさっぱり理解できなかった。
今思えば、どっちもあっち側の人間だったのだ。」

「それ以来、
私はずーーーっとこっち側の人間だと釘を刺して生きてきた。

ほら、
高望みするから、がっかりするんだ。

帰ろう。」

(暗)

■恋

(じょじょに明。商品をスキャンするレジの女。エプロンには『JUST¥100』ロゴマーク。)

「お待ちのお客さまよろしければおとなりのレジどうぞおまたせいたしましたいらっしゃいませしょうひんおあずかりいたしまーす。ピ。100えんになりますちょうどおあずかりたしましたありがとうございますまたおこしくださいませー」

SEピ、、ピ、、、

「マイバックお持ちですか?」

(客の顔を見る)
(めっちゃ好み)

「あ、、、、、、、あう、、あわ、、あ、だだば、ぐだべべぼだどんずだよ」

「その時のわたしを例えるならば『生まれて初めて海に出たフェニキア人』
「見たこともない海の広さと美しさそして荒々しさに圧倒されているフェニキア人。もう一度ご覧にいれます」

「あ、、、あわ、、、、、あ、、、あ、だだば、ぐだべべぼだどんずだよ」

「そうです。私はその時、恋に落ちたのです。」

「(恋に落ちる)げ、、なんだこれ。あ、すみまふん。あっと。マイバック、あ、、えっと。持ってるんだ。そんな顔で。あ、失礼しました。絶対年下。うええ?あっと商品。お預かりしま、、、なにこれカワイイ。こんな付箋使うの?はうっうそだろこれ。しかも一個。ああ、バーコードのほう見せて両手で持って待ってる。かわいい。あ、素敵な時計。あ、これ。アストロラーベ。え?あ、すんません!あの、、、えっと、、ぴ、、100円です。」

「100円、えっと。100円お預かりいたしました。ので、100円に対しての100円なので、おつりは、ありません。はい、ちょうどでした。さようなら。出口はそちらー。」

「目の前に来た客はイケメンすぎず不細工でもない端正な顔の男性、突飛すぎずダサすぎない清潔感のあるシャツ、ちょうどよいヘアースタイル、ちょうどよい爪、ただようコーヒーの香り」

「まさかこんなにはっきりと自覚するものだとは思わなかった」

「目に映るものすべてが輝いてみえます。
いつも聞いていた音楽が別ものに聞こえます。
世界が180度、ひっくり返ります」

「あ、田中さんなんですか?え?顔赤い?どしたの?ミス?わたしにかませて。
あ、店長、今日は素敵ですね、あいかわらずの豚なのに。」

「これ、恋だ。恋だ。恋だ。人を好きになるということだ。」

「仮に明日、声をかけて、つきあうとして、」

「、、、違う。
声かける。話をする。つきあう。違う!
声かける。話をする。笑う。つきあう。違う!
声かける。話をする。笑う。目があう。運命を感じる。つきあう。これだ。
運命を感じる。
今日の私みたいに」

「そうか。あの人私に恋をしなくちゃ」

「声かける。話をする。笑う。目があう。運命を感じる。つきあう。
婚約、結婚、妊娠、出産、
そして、私たち、子供を育てよう」

■気づいてしまう

「あれ?何歳まで生めるんだろう。」

「気づいてしまった。
私には時間がない。」

「いそがなくちゃ!」

「時間を増やすには、無駄な時間を削るしかない!」

「無駄な時間、探そう、無駄な時間。無駄、、、無駄、、えっさ、、ほいさ、、」

「あはは。あははは」
「おおおいそっちはどうだああーい」
「こっちは苦い川だぞおお」
「そっちはどうだあああ」
「こっちはあまい川だぞおお」
「おおい」
「あっちにも川だぞおお」
「そっちはどうだーー」
「こっちは甘酸っぱいぞお」
「なんのあじー」
「恋の味ー」

「無駄ああ!!!なんの妄想だこれえ!」

「恋、恋が成立するには、ええと、、、
甲板からダイブ!サメに食われる覚悟で告白!
それはフェニキア人のばあい!
選べ。生け贄になるか、夫婦(めおと)になるか!
それはフェニキア人を滅ぼしたアッシリア人のばあい!」

「離れろ!違うこと考えろ!えーと、うーんと、
えっさ、ほいさ、わかった、フェニキア人が、苦い川を越えた理由
んああフェニキア人はいってくる」

「やばい。
私の脳、コンスタントに妄想、いや、フェニキア人を入れ込む癖がついてる!!まずい!
このままじゃ時間いくらあっても足りない。」

「どうしよう!妄想力がじゃまする!」

■決断

「まてよ。
わたし、重大なことに気づいてしまった。」

「『彼は、どっち側』だ?」

「、、、
あっち側だ。
間違いない
あっち側の住民だ。」

「どうしよう。」

「、、、、、そうか。
私が、
そっちにいけばいいのか。」

「、、、、、、、、、、、、、、、」

「あ、そーか。」

「そして私は突如決心したのです」

「私は、あっち側の住民になる」

(音楽)(レディー・ガガ)

(妄想やめるダンス1。妄想にふける4拍+妄想をやめる4拍から)

「その日から、私は、妄想をやめました。
用いた方法は、『禁煙セラピー』アレン・カーの「タバコを毒としてとらえ直す」思考法です。」

「つまり!妄想は、病気である!と認識しなおす!」

「辞書にもこうある!
病的状態から発生する根拠のない主観的な確信!
妄想内容により,被害妄想,誇大妄想と微小妄想に分類される!
現実検討能力の障害による精神病の症状!
気分障害や薬物中毒等、種々の精神疾患にみられる!」

「妄想は、病気だ。
現実をみなくちゃ。
そうだ!
妄想は、病気だ!!!!」

(妄想やめるダンス2。妄想にふける4拍+妄想をやめる4拍からのストレッチ)

「よおおし!!卒業おおお!!」

■いい女

「こうして、妄想をやめることに成功した私は本屋にきました
『女の生き方。女のしあわせ。女が20代にやっておくこと。30代で、、もてる女。好かれる女、できる女、いい女』いい女か。」

「?」

「“小股の切れ上がったいい女”。小股ってどこだ?検索『小股』」

「『股の付け根の切れ目説。つまりこの、「V」の部分』。まさか。
次の説。 『女陰の陰裂の長さ』 説。まじか。
『足首説。足首がしまっている。女性の美の一つの基準』」

「あ!」

「『ナプキンのなかった江戸時代!女性は膣をギュッと締めてしのいだ』すげえ!
『筋肉はみんなつながっているのでインナーマッスルも含めて筋力が上がりアキレス腱も締まる。
引き締まった足首は、「良い膣」を想像させた』!」

「これだ!いい女!」

「検索!『膣力』!『幸せ観や人生観に通じる』!おおお!
『膣力を鍛えると生理力や免疫力が上がるとともに、
常に幸福感に満たされる!些細なことにも寛容になれる』!ほおお!
『女は膣を鍛えるべき』!」

「目指せ!小股の切れ上がったいい女!
「そして私はこの膣力アップ簡単ワークアウトにたどり着いたのです。みなさんもどうぞ」

「仰向けで膝を立ててお尻を締めながら持ち上げ、肩、背骨、腰が一直線になる位置でストップ。 そして下げーる。(行う)
横向きに寝て、へその位置を動かさないように片脚を上げ下げ。 (行う)
どんなときも(かかとのあげさげ)、なにかのついでに(かかとのあげさげ)かかとを上げ下げする。 (行う)
膝が足の先よりも前に出ないようにスクワット。(行う)
ダンサブルに相撲のシコ(行う)」

「いい女になるための心得、復唱!」

(妄想やめるダンス。妄想にふける4拍+妄想をやめる4拍からの、膣力アップのための簡単ワークアウト)
(ダンスしながら台詞)

「手大きいねでボディタッチ、冷蔵庫にあるもので料理」
「髪の毛やわらかそう!でスキンシップ」
「とにかく唐揚げ!胡麻油とにんにくでイチコロ」
「目線は鼻とネクタイを交互に」
「たまにうるうるな目で3秒みつめる」
「髪はさらゆるストレート」
「すっぴんメイクでおでこ出せ」
「ほくろを描いてピュアエロに」
「ランジェリーにも気を使え」
「ゆるニットワンピとナマ足で」
「不意打ちの肌見せと後ろ姿でエサを撒け」
「賢くエロく甘える勇気」
「『スキ』がありちょっと抜けてる方がいい」

「美容力。美顔器。エステ、岩盤浴、リンパマッサージ。
内蔵力。フルーツデトックス。胃腸の健康は美の源
睡眠力。竹枕。ベッドをやめて床に寝る。いい女は夜作られる
体幹力。エスカレーターをやめ階段にする。ピラティス。ヨガ。ジョギング。ストレッチ」

(疲れきる山崎、音楽消える)

「(膝に手)はー、、、はー、はー、、」

「こうして、私の恋愛レベルはかなりあがりました」

■現実の変化

「、、身体痛い。あ、おはよう田中ちゃん。え?あ。気にしないで。好きでやってるの。好きで。
うん。きょうも破壊力のあるボインだね。ね。きょうも教えて。男を落とす仕草。
あ、店長、今日も豚ですね。なんすか?え?最近接客態度が、え?」

「あ。はい。キャバ嬢のアケミどした。爪切り?入ってすぐの右の日曜品コーナーもしくは左奥のトラベルコーナー。どっちも、こう、屈んで、このへん。トラベルコーナーのは小さい代わりに爪研ぎのやすりなし。はいはーい」

「あ、株式会社いぬの社長。これ経費で落ちるんですか?******」

「え?田中ちゃん全然つきあったことないの?そのナイスバディで?

え?クロス?あ、イヤリングとか?こう?え?どう?」

 (ピッ)

「あマイバックお持ちですか?あ、かりんとおじさんか。ピーナッツかりんとうってなんかもはや、かりんとうじゃないっていうか。そしてピーナツってロウソク食ってるみたいで味無くないですか?笑ってっし。まー好きにしてください。(クロスイヤリング)」

「田中ちゃん、かりんとおじさん、気づいてもいなかったよ?え?なにわらってんの」

 (ピッ)

「はい!マイバックお持ちですか?ちぇっ。あ、出た、お掃除おばちゃん。またパイプユニッシュ?大丈夫?排水口が溶けてないの?一日に何回?最低3回?今度パイプユニッシュが詰まんない?笑い事でなくて。ははは(ちゃんと笑い)」

 (ピッ)

「なんですか店長きょとんとしても豚は豚ですよ。
え?おまえ最近、おかしいぞ?
仕方がないんです。だって私、忙しいんです」

■たび

「いい女の仕上げは経験値。私は旅に出た」

「ひとりたび。
レジ打ちで五年間、月5万円、一年で60万。つまり300万。
北海道めぐりから。銭函、小樽、蘭越、余市まで行ったあたりで鈍行の旅に私は向かないと気づきスピードアップ。洞爺湖、函館、襟裳岬、釧路、網走、そして北海道のてっぺん稚内へ向かいました。打ち寄せるオホーツクの波、ウミネコやカモメの大群。水平線の向こうにうっすらと見える島陰はサハリンだろうか」

「パスポートをとる。飛行機にのって、アジアへ。インド、パキスタン、タイ、マレーシア、中国上海、香港、フィリピン、台湾、韓国。ロシア、サハリン、アラスカ、カナダ、アメリカ、ここで資金がつきる。アメリカの100均でレジ打ち。南米からハワイ、オーストラリア、、ロシア、中国、ヨーロッパ。あこがれの地中海」

「最短で車の免許を取るために合宿教習に参加する。仮免までなんとかクリア。なんと筆記で1度落ちる。
1ヶ月レンタカーを借りる。苫小牧東港のチケット売り場へ。からフェリーに乗り込む。船員たちがテキパキ仕事をする。軽くフェリーにこするが許してもらう。レンタカー屋には1ヶ月後に謝ろう。苫小牧から青森、秋田、山形、新潟、宮城、石川、長野、首都圏、奈良、関西、島根、四国、九州、最後は沖縄。
せーふぁウタキ、大石林山、ガンガラー。沖縄の離島へ。慶良間、宮古、石垣。神の島『久高島』。
本当に青い海。本当に広い空。本当に白い珊瑚の砂。
本当に誰もいない白浜に、本当に一人」

「そして私はいい女になったのです」

「でも、それから、あの人は現れなかったのです」

(音楽)

「また何日か経って
そういう妄想だったことにしようと
思い始めたころ」

「あ」

「、、、あ、、えと。マイバックお持ちですか。
あ、ええと。
はい。ピーするからねおもちゃ。(奪う)(ピッ)100円になります(子供)はい、ちょうど。ばいばいー(親に会釈)、、子供」

(いなくなる)

「現実、すげえ」

「超美人の奥さん」

「超整った子供」

「やっぱ
こっち側の住民は、
あっちにはいけない」

(カノン・パッヘルベル)

(暗)

■誰か。

(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)

父「ジタン。おまえフェニキア人だろ。船乗りになるんだよ。みんな働くんだ」
ジタン「なんのために」
父「、、、、知らないよ」
ジタン「くれよ、アストロラーベ。約束だろ」
父「経験が必要なんだ。おまえは地中海もでられんよ」
ジタン「月の満ち欠け。星の位置。一人で勉強した」
父「働かないやつが海に出てどうする」
ジタン「苦い川にいく。おれはみんなのようには出来ない」

(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)

女「えっさほいさ。えっさほいさ」

ジタン「おまえ、フェニキア人を滅ぼしにかかった、アッシリア人か」
女「おまえと戦う。おれ、勝ったらおまえ、たべる。お前勝ったら、おまえの、こどもつくる」
ジタン「女か」

(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)

ジタン「俺の名はジタン・、、、おれはジタン・ノクターナル、星の位置をしめすものだ。君は?」
女「名前はない」
ジタン「ない?」
女「名前、夫がきめる」
ジタン「じゃあ君の名は、アストロラーベ」
アストロラーベ「アストロラーベ」
ジタン「道をさししめすものだ」
アストロラーベ「ノクターナル、どっちへいく」
ジタン「北極星の方向」
アストロラーベ「わかった」
ジタン「止めないのか?そっちは苦い川だからって。」
アストロラーベ「おれ、おまえのもの、おまえ、守る」
ジタン「いこう」

 えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ、、

ジタン「驚いた。まるで練習したみたいにぴったりだ」
アストロラーベ「思いもしないこと起こる」
ジタン「おもしろい」
アストロラーベ「運命」
ジタン「息がしろい」
アストロラーベ「なにかふってきた」
ジタン「雨か」
アストロラーベ「雨にしては、ゆっくりだ」
ジタン「そうだ。ゆっくり落ちてくる」
アストロラーベ「なめてみろ」


(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)
(もくもくと、レジを打っている)

(誰かに呼ばれ、顔をあげる)

「はい?」

(了)
2018年6月5日
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・許可なく上演コピー配布することを禁じます。

・許可については別記

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たくさん台本を書いてきましたが、そろそろ色々と人生のあれこれに、それこれされていくのを感じています。サポートいただけると作家としての延命措置となる可能性もございます。 ご奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。