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ままのはなし

わたしは、
ままが、
だいすきだ。

わたしのままは、
わたしをいろんな名前で呼ぶ。
ゆな、ぴーちゃん、サーマちゃん、
あと5000個くらいある。

わたしのままは、
すごくかわいい。
顔がちっちゃくて、
かわいくて、
あったかくて、
やさしくて、
もちもちしてて、
すべすべで、
だっこすると、
フィットする。

ん、?ベイマックス……?

すごくあったかい。

わたしのままは、
ぱぱに溺愛されてる。
ままも、
ぱぱを愛している。

本物の愛を、
言葉から、
行動から、
肌で、
目で、
感覚で、
感じる。

わたしのままは、
おもしろい。
すぐ似てないモノマネをしたり、
まま節をきかせながらノリノリで歌ったり、
ほかにもいろいろして、
笑わせてくれる。

ぱぱは、すぐ笑う。
なにしても、笑う。
ままがいるだけで、笑う。
笑いすぎ。
でも、ままかわいいからしょうがない。

わたしのままは、
全力で、
全身全霊で、
愛を、
注いでくれる。
形のないはずの愛を、
しっかりと、
届けてくれる。
わたしはそれを感じることができる。

わたしのままは、
わたしのことが、
だいすき。

ままとは

まま。
つまり、母親。

きっと、
人間にとって、
「母」は、
特別な何かを持っていると、
わたしは思う。

わたしは、
すごく恵まれている。

ままがわたしのままで、
ぱぱがわたしのぱぱで、
本当に、よかった。

“よかった”なんて言葉では収まらないくらい。

いつも、ありがとう。

ままのまま、
おばあちゃんは、
わたしが高校3年生になる年に、
亡くなった。

わたしの家は、
ぱぱ、まま、
おじいちゃん、おばあちゃん、
わたし、の5人で住んでいた。

人は、
人間は、
思っているより突然、
いなくなってしまう。

いろいろあった。

ままと、ままのままは、
わたしとままのように、
とっても仲が良かったらしい。

いろんな国に旅行に行ったり、
舞台や宝塚を観に行ったり、
いっぱい話して、
いっぱいお出かけしたらしい。

“らしい”と書いてしまうのは、
わたしがみてきた、
わたしがきいてきた、
わたしの記憶の中のおばあちゃんとは、

ちょっぴり、
違うからだ。

ままは、三姉妹の末っ子だ。
お姉ちゃんが2人いる。

1番上のお姉さんは、すごく優等生。
2番目のお姉さんは、おばあちゃんにそっくり。
そして3番目がまま。

わたしは、
ままからいろんな話を聞いてきた。
昔のおじいちゃんとおばあちゃんの話とか。

わたしは、
おばあちゃんをこの目でみてきた。

どうして、
いまのままが、
こんな素敵なままになれたのか、
不思議なくらい、
(おばあちゃんごめんね。失礼だね。)

わたしのままは、
寂しい思いをしてきたはずだ。

反面教師ってやつなのかな。

でも、
ままは、
ままのままを、
だいすきだった。
愛していた。
特別だった。

なくなってすぐのとき、
ままは抜け殻のようになっていた。
今でも覚えている。

ぽっかり、穴があいていた。

いまは、
4年か、5年くらい経った。

人は、
人間は、
みんな誰かの子供だ。

うーん、当たり前か。

でも、意外と忘れてしまう気がする。

親と、
子は、
全く同じ時間は生きられない。

どちらかが、
先に、
いなくなってしまう。

ほとんどの場合は、
親が。

わたしは、
ままとぱぱが、
だいすきだ。

わたしのまま

わたしは、
ままがだいすきだ。
わたしがしぬまで。
いや、わたしがしんでも。 

次も、
ままの子でありたい。

ままであり、
姉妹みたいでもあり、
友達みたいでもあり、
彼氏みたいでもあり、
やっぱりままである、
まま。

だいすきだよ。
愛してる。
心の底から。

だから、どうか。
どうか、健康でいて。

ビールとお菓子を控えて運動してください。
うそだよ、ほんとだけど。

ありがとう。
まま。
ありがとう。
ぱぱ。
特別に、
育ててくれて。
愛を教えてくれて。
ありがとう。

わたしは、
幸せ。

今日は、崎山蒼志さんの逆行をききながら。

ぱぱも書くから、
いじけないでね。

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