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誰かの船に乗ってみた話。

 「12月18日は空けといてね。」
そう妹に告げられた。なにやらその日は妹が通う学校の学習発表会のような催しがあるらしい。18日は平日ということもあり、問題もなく休日が取れた私は、父と一緒に彼女の学校に向かうことにした。


 妹はホテルビジネス系の学校に通っている。そのため、学習発表会とあったが、いわば生徒たちだけで開くレストランに私たちは招待されたらしい。企画・運営・会場のセッティングを生徒たちだけで行い、そこで振舞われる料理も自分たちで作り、ゲスト(私たち)にサービスするとのこと。発表会の前日にはご丁寧に「乗船券」と思われる招待状も渡された。



 なんでも、今回のレストランのテーマは「クルーズツアー」であり、クルーズ船に乗って到着する先々の国の料理を楽しみながら、料理の合間に行われる船内イベント(フラワーアレンジメントやカクテルショーなどの、これらのイベントが学習発表の肝となる部分であろう)も楽しんでくださいとのこと。なるほど。んじゃこの乗船券はMIRAI TICKETってことね。


 学校のエレベーターに乗り、校舎の5階にある船(という名の宴会場)へと「乗船」する。受付の時間には遅れたが、出港の時間にはどうやら間に合ったらしい。席に着きしばらくすると、生徒でありクルーでもあろう方の号令と共に、船は出発した。なんか汽笛も鳴ってたような気がする。

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テーブルにはメニューとそれに合わせたセッティングが。ナフキンが船の形をしているのは普通にすごいと思いました(小並感)



 思っていたよりも演出が凝っており、船が行き着いた先はフィンランドという設定で、それに合わせてか北欧産のサーモンを使ったサラダを提供したりしていた。
 そして到着したフィンランドにあるサンタクロース村では、毎年サンタクロースになるための試験を行っている…………ということで、その試験内容がフラワーアレンジメントでプレゼントを作るというものであった。


 ステージ上ではサンタクロースに扮した担当の生徒たちが懸命に花を彩り、出来上がった作品はそれぞれの親御さんにメリークリスマス……といった具合で、正直ただ模擬レストランで飯を食べるだけだと思っていた私は、驚きとなんかごめんなさいでいっぱいであった。


 アイリッシュコーヒー(ウイスキーとコーヒーを混ぜたホットドリンク)を提供するくだりなんかも凄かった。提供する前に船が何らかによるトラブルでエンジンが緊急停止してしまったということで、船内(会場内)は停電で真っ暗になってしまう。
 電気が使えないため暖房もなく冷えたゲストの体を温めるためにと、クルーズのバーテンたちが、アイリッシュコーヒーを振舞い、身も心も温まってもらうために動き出す。


 アイリッシュコーヒーはウイスキーを入れたグラスを温める際にパフォーマンスも兼ねて、グラス内のウイスキーを引火させ、青い炎を浮かびあげるのだが、それが真っ暗な船内に唯一の灯火となって、綺麗な景色を描いていたのであった。暗闇に光る青いライトが素敵。提供前に停電の設定を考えた生徒さんはどちら?おじさんちょっと感動したからカクテル一杯奢っちゃうよ。



 という具合で料理やイベントを楽しみ、船は無事帰港を迎えたのであった。(ちなみに妹はフルーツを切って提供するフルーツカッティングを披露していました。キウイ、ご馳走様でした。)
 最後に生徒たちの今までの思い出を振り返るスライドショーが流れ、「学校のよくあるやつだなー」と眺めていた時であった。


 このスライドショーを作ったのも、おそらく生徒さんなのだろうか、楽しげな学園生活を写真で振り返りながら、「20年間見守って頂きありがとうございました」や「来年の4月で晴れて社会人となります。これからもよろしくお願いします」といった感じで、招かれたゲストに対し感謝の言葉を添えてきたのであった。






 父と一緒に私も招待された理由。それは母が10年前に亡くなっており、親代わりなんて言うほど何かをしたわけではないけれど、20年間見守っていたと言えばそうなのかもしれない。


 だから私は、周りのテーブルに座っているお父さんお母さん方の中で、平均年齢をぐっと下げる異質な存在でここに座っている。


 9歳も離れていると流石にケンカするわけでもなく、寧ろ妹と私より5歳離れた弟のケンカの仲裁をするのがほとんどであった。

 ずっと小さい子供だと思っていた存在。そうかこの子はもう二十歳になるのか。

 いつの間にか母が亡くなった当時の私の年齢より、二つも年上になっていたんだな。


 そして来年の4月には社会に出る。今になって時の流れと彼女の成長を感じた瞬間であった。




 思えば、自分自身の成長は気にしているのに、こんなにも近くにいる存在の成長は、家にいるだけでは分からないものだ。こういった「彼女の世界」を垣間見る機会があってやっと、分かったことのなのだ。


 彼女が「ただいま」と言って帰ってくるまでには、彼女だけの冒険と青春が繰り広げられていて、彼女が出会った仲間たちと一緒に困難に立ち向かっているのだ。


 まだまだ小さくて何もまだ出来ていないと思っていたのは私だけで、彼女は知らぬ間に、経験し、努力し、出来ることを増やしている。


 そしてそれが何より喜ばしいことなんだと、どこかのお姉ちゃんみたいなキャラクターのように感じてしまうのであった。









 いやあのちょっと、ちょっと待ってね。良いスライドショーになるように、そういう言葉も感謝も込めて、どこかの生徒さんが作ってくれたと思うんだけど、ちょ、ちょっとその、なんか泣いちゃいそうになるな。いやいや、アカンアカン。スライドショーを見てられんな。目を逸らそう………………いやテーブルに置いてある食べかけのキウイを見てしまったじゃないか!!これでも「来る」じゃん!いやいやダメだって!
 ってかアレだな。ここでこんなんだったら、来るか分かんないけど結婚式とか、もっとやばいんだろうな。仮に俺が親族代表で前に立っていて、何だその、て、手紙とか読まれた日にゃ耐えられる気がしないわ。もう糖尿病とか知らんから、オトンにはまだまだ元気でいて貰わn……いやアンタも泣いとるんかい。






 スライドショーが終わり、生徒全員の「ありがとうございました!」の挨拶の時には、抑えるのを半ば諦めた私が居たのであった。










「何泣いてるのよ(笑)」と妹はお見送りも兼ねた会場の外で私にぶつける。「この歳になると涙もろくなるんだよ」と吐き捨て、「お疲れさん」と私は彼女の背中を押した。


 もっともっと進んでいく彼女に期待をこめて。もっともっと、進んでいきますようにと願いをこめて。


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