【逢田梨香子 LIVE 2022「The night before Nostalgic」レポート】The night ”after” Nostalgic
2022年5月1日の事。
今でも鮮明に覚えている。
泣いたり、笑ったり。ありきたりな言葉だが、凄く幸せに満ちていた二時間弱だった、と今では思う。
あれから一か月。きっと「永い」時が流れた訳ではないと思うが、あのLIVEから、Aqoursと西武とのコラボ試合があったり、これを執筆している6月3日の次の日には、名古屋で「メ~テレアニソンライブ」があったり。
確実に時はあの時から流れ続けている。
あの魔法のような夜が明け、何を想うのか。
そっと瞳閉じて、時間の旅をしよう。
甘く切なく、綴られたメモリーズと共に。
はじめに
みなさん、こんばんは。はまーです。
逢田梨香子 LIVE 2022「The night before Nostalgic」から一か月と二日経った、ということで、あのLIVEで私が何を感じたか、を書いていきたいと思います。
最初に何故、このタイミングで書いたか、という事を述べておきますと、「敢えて、時間を置くことによって価値が見出せる」と、私がこの前のLIVEで確信したからです。
詳しくは後程語らせて頂きます。
今回も、主観にしか満ちていませんが、ご容赦ください。
曲の話をする前に
そもそもこのブログを書くかどうか、私は凄い葛藤していましたし、書いてる今も葛藤しています。
「本当に書く必要性があるかどうか」、と。
何故なら、このLIVEは後日配信という形で全世界に発信されたため、私が行けていない人の為に言葉を紡ぐ必要性がなくなった、のが一点。
そして、誰に伝えたらいいかわからないから、というのが一点。
なので、その気持ちにケリをつけるために書くことにしました。
私は逢田さんのことが好きすぎる人のためにこの言葉を紡ぎますし、無駄かもしれないけど、何かが変わるのなら、0が1になるのなら、その努力を一切惜しまない。
このLIVEレポートは主にMCについての話をします。
以下、一応曲の話もしますが、全てに対して深く触れません。
私が伝えたい曲に対して、語っていきたいと思います。
それでも、読んで下さる方へ。私は本気を伝えたい。
これが、私の感じた事です。
セットリスト
2022年5月8日のLIVE後の「逢田梨香子のRARARAdio」で逢田さんが述べていたのは、1st LIVEで核となった曲は抜いた、とのことでした。具体的に名指しで述べていたのは、「Mirror Mirror」と「ME」の二つです。
私個人としても、このセトリを今振り返ってみると、終わり方に拘ったLIVEだと思っています。
アンコール前が2nd EP「フィクション」で一番アップテンポな「Dream hopper」で、全体の最後が、客席と逢田さんとで振り付けを共にできる「ステラノヒカリ」。
どちらも「楽しい!」という気持ちをどこまでも我々に伝えてくれる曲だと思っています。
これと比較になるのが、逢田梨香子 1st LIVE TOUR 2020-2021 「Curtain raise」。
このLIVE TOURでは、全ての公演で最後の曲が「ORDINALY LOVE」でした。
実際、私個人の感想でしたが、「Curtain raise」の方は、感動してしみじみとした気持ちで会場を後にしましたが、この「The night before Nostalgic」は、凄く笑顔で、楽しい気持ちで退場したのを覚えています。
ある種の「刹那主義者」の逢田さん故の「終わり方に拘った」素晴らしいLIVEでした。
Opening SE ~ 2.「for…」
幻想的なピアノサウンドから始まったこのLIVE。時折「フィクション」のような音を各所に混ぜながら、まずバンドメンバーの四人の方々が入場してきました。
入場してきたバンドメンバーは1st LIVE TOURのあの四人の方々で、私は始まる前からワクワクが止まりませんでした。
そこから始まったのは、2nd EPの表題曲「フィクション」。照明によって赤く染まった世界に、スモークの音が鳴り響く。
力強い、野性的な笑みを浮かべながらこの曲を歌っている逢田さんから、終始目が離せませんでした。
会場も照明に合わせて赤く染まり、一瞬にして、逢田さんが場を支配したな、と今では思います。
これが「本気」の私の、「推し」です。
そこから、ノータイムで「for…」に繋げていったので、私は乾いた笑いが思わずこぼれました。
「Curtain raise」東京公演から逢田さんが良く用いるノータイム「for…」なのですが、まさか今回も来るとは思っておらず、上にも書きましたが、「本気だ…」って驚愕しました。
(「Curtain raise」の時は、「ステラノヒカリ」アウトロから直接「for…」の出だしに入っていました)
この二曲は所謂「アップテンポでパンチのある曲」なので、やはり始まり方も凄くこだわったのだな、ということを感じました。(実際「ラララジオ」でこの流れには拘った、と逢田さんも述べています)
それに加え、上の写真を見て頂きたいのですが、前半はこの赤と黒の衣装だったのです。この衣装を着て、逢田さんが野性的な、ギラギラした目をしながら、この二曲を歌い上げる。
そんな「強い」逢田さんの姿が本当に最高でしたね。
少し私が思ったこととしましては、「for…」Cメロ、相当凄い事歌ってるな、ということです。
「偶然と運命」。サンシャイン!!の話になりますが、ここにもその哲学があるな、と思いました。
MC1
MCに関しては、前回までの私とは違い、配信で聞いたものを文字起こししている為、基本的に差異はないと思います。
全部貼るつもりはないので、気になった部分について話したいと思います。
「RIKAKO AIDA Birthday Party 2021 ~to ME~」で一応LIVEは行われましたが、ソロのワンマンLIVEからは約一年ちょっとも経過したのだと思うと、私個人としては、凄く不思議な感覚でしたね。
「Curtain raise」TOURの事は冗談抜きにいつでも思い出せるので、「そんなに経ったのか…」という、ショックではありませんが、感慨がありました。
また、ここで述べているように、今回の「The night before Nostalgic」が行われた会場は「中野サンプラザ」であり、1stの時と同じ会場だったことも、同じように、少し感傷に浸りました。
当時は私も笑いましたし、今見ても少し笑ってしまう内容ですが、ここには笑いだけじゃない、大切なメッセージがあります。
それは、逢田さんにとって、我々はどこまでも信頼するに値する存在であることです。
先に言葉から、紡いでいきます。
もっと書きたいこともあるのですが、それは後程のMCで沢山引用します。
言わなくても、分かってる。最大級の信頼の表れだと思っています。
私はその逢田さんの期待に応えたい。今でも、思います。
書くタイミングが無かったので、ここで書きますが、会場では当時、三つの衣装が展示されていました。
その写真を貼って次に行きたいと思います。
3.「Lotus」
この曲のイントロが聞こえた瞬間、耐えきれず、涙が零れた。
「Lotus」、「逢田梨香子」の存在証明の曲だと、私は思っている。
逢田さんが自分自身の事を歌う瞬間がどこまでも好きで。だから私は「ME」という楽曲を愛している訳だが。
他人から見ると、不器用かもしれない。脆いかもしれない。それでも、そんな自分と向き合い続けて、今でもステージの上で「表現者」として振る舞う逢田さんをこの曲で見れた。
ただ、それだけのことかもしれないが、そんな逢田さんが心から好きなのだ。
今振り返ると、この曲に含まれているメッセージ性で、今回の「The night before Nostalgic」にピッタリなものがあるな、って思いました。
それは、二番サビです。
このLIVEタイトルの意味は後程語られるので今は語りませんが、「この瞬間」を大切にしているから、切なさと共に今を生きている、逢田さんの哲学が、このLIVEコンセプトそのものである、と思いました。
4.「君がくれた光」
1st EP 「Principal」の中の楽曲で、これまで披露がされたことが無い曲でした。
このLIVEでは、「Lotus」からノータイムで入りました。
私としては、まさかこの曲が来るとは思わなかったので、ピアノのイントロが聞こえた瞬間とても驚きました。
その1秒後にはありえないくらい泣いていたのも覚えています。
この曲がリリースされたのは2019年6月11日。
あんまし過去の話はしたくないのですが、事実として、この頃は人生のどん底に居ました。
そんな時に、一番聞いていた曲がこの「君がくれた光」なのです。
何故なら、私にとって、逢田さんが「光」であり、この曲自体が、文字通り私にとって、「君がくれた光」だからです。
ここから変なこと書きますが(元々書いてますが)、逢田さん自身が私の事を認識してこの曲を歌っているとは、自惚れてもないので、一ミリも思っていません。
勿論、逢田さんが「我々」を想っているとは思うので、そういう意味では思ってくれてるのかな、って当時は信じていましたし、今も信じています。
でも、自分は確かに、直接言われたわけではなくても、この曲に背中を押してもらえましたし、逢田さんが励ましてくれる声が、この曲を通して、聴こえてきたのです。
なんだか、負けられねぇなって、いろんな悔しいことに。逢田さんに会えないまま、負けたばっかじゃいやだなって。
そう思わせてくれました。
悔しくて、逃げたくて、消えてしまいたくて。そんな時に、寄り添ってくれた、大切な曲なんです。
そんな日々を過ごして、漸く迎えたこの日が、正しく歌詞と同じで。
この曲を聞けたこと自体に、なんだか凄く嬉しくなっちゃって。
説明はこれ以上は出来ないんですけど、言葉にできない涙がずっと溢れて止まりませんでした。
漫然とですが、頑張ってよかったな、って。
遠くにいても、消えなかった「光」をありがとう。お陰で、頑張れたよ。
5.「退屈が大好き」 ~ 6.「花筵」
涙が止まらなくなっていた私に救いの手が差し伸べられます。
それは、「退屈が大好き」の可愛い可愛い逢田さんです。
元々、この曲は普段の逢田さんの歌い方とは異なり、フラットに歌い上げています。それに加え、小さな振りと表情が足されると、オタクであるはまーさんはただ狂うことしかできませんでした。
おふざけはともかく、この曲の後の、特殊アウトロからのインプロへの流れは1st LIVE TOURの「光と雨」を彷彿とさせますね。
その流れから、新しい衣装に着替えて披露されたのは、作詞 : 逢田梨香子の「花筵」。
ここで田中聖太郎先生の素晴らしい写真を貼りたいのですが、個人的信条的に無しなので、リンクだけ貼っておきます。
この中に、もっと衣装の全体が見れる写真があります。
「花筵」。
この楽曲には、逢田さん自身もそうだと思うのですが、私にも特別な思い入れがあります。
私のこれまでの人生で、三回。
抗えない別れがありました。
一人は、卒業式で覚悟を見せてから、先に行きました。
一人は、私の為に、私の全てを信じてくれて、私の歩く道を彩ってから、先に行きました。
一人は、気づかない間に、私よりも先に行きました。
死んだ人に対して生きている人が出来る事。きっとそれはその人の事を忘れずに生きる事だと私は思います。
誰かの心で、生き続けるのです。みんな。
二番目の人。私の曾祖母なのですが、未だに慣れずに、これを書いている今も思わず涙が零れそうになってしまいます。
まだ、居るんですよ。私の中に。
私の下の名前を君付けで呼んでくれて。将来を信じてくれて。
会えなくても、ずっと、信じてくれて。
でも、もういないんですよね。
ちゃんと約束を果たして、ここまで来て。なのに、ふとした瞬間に、寂しさがよぎって。広島に帰ったら絶対墓参りに行くようにしているのですが、いつも墓前で泣いてしまいます。
消えない後悔が、私の中にあるので。
落ちたから、お見舞いに行けなかった。結果論だが、受かれば、行けてた。
私を信じて、「お見舞いは大丈夫だから、勉強頑張って」って、いつも伝えてくれて。
そんな期待を裏切って、お見舞いも行けずに、令和に変わる一日前に、亡くなって。
なんでこれ書いてるんでしょうね。人に伝えたくない話なのですが、多分、私もきっと、前に進む時だから、書いているんだと思います。
でも、この消えない後悔故に、私は生きることが出来ています。
死ねない。
生きる理由が、確かに私の胸にあるのです。
いつかは私だって死にます。でも、今生きているのは、あの瞬間に、私の曾祖母が、私の事を信じてくれたからです。
「人生の岐路」なんて言葉がありますが、私は、今のこの状況は、客観的に見て「岐路」だと思っています。
正直進むのは怖くて、一人じゃ到底前に行く勇気もなくて。
「想いよひとつになれ」で教えてくれたように、「ひとりじゃない」から前に進める。
そんな私でも、前に進むよって。
生きて行くことは、死に向かって歩むことだけど、それでも。
それでも、私は、生きていたい。
ありがとう、少しだけ、前に進むね。
だから、待っててほしい。
MC2
私も、この曲のお陰で、漸く向き合えた気がします。
ここから、我々が驚く出来事がありました。
新曲を披露する!、と突然言われ会場のボルテージはMAX。
かくいう私も、「マジで!?」、とニッコニコでした。
そこから披露されたのが、新曲「Adolescence」です。
7.「Adolescence」
サウンドは軽やかなバンドサウンドで、敢えて言語化するなら「夏」、そして「青春」といった印象を受けました。
後程明らかになりましたが、今後発売する、3rd EP「ノスタルジー」の中の一曲です。
「Adolescence」。直訳すると「思春期」という意味です。
正しく「青春」にピッタリな曲だと思います。
もうこれを読んでいる方々はこれまでの文章でお察ししていると思いますが、私は言葉や歌詞のオタクでして。
それはもう、初見の歌が来たとなったら、歌詞に全神経を集中して聞いていました。
最初は1番Aメロの「不器用な日々を 真っ直ぐに駆け抜けた」という歌詞が、逢田さんらしくていいなぁ!!!、なんて聞いていたのですが、そんな歌詞のオタクを完膚なきまでへし折る歌詞が来ました。
最初何言われたか、全く理解できませんでした。
理解が追い付いた瞬間、思わず頭を抱えてしまったのを、笑ってしまうぐらい覚えています。
なるほど、「ひとりじゃない」っていうんだなって。「どんなときも」。
敢えてこれ以上は言語化しません。
後はCDが発売してからの楽しみにとっておきます。
この曲をCDとして聞ける時が本当に楽しみです。
MC3(前編)
爆笑から始まったこのMC区間。
ここの区間は、逢田さんの最近の人生に対する考え方が語られました。
今が青春。これは最近私も思っている事です。
逢田さんのお陰で広がった輪で、今が凄い楽しくて。
「あぁ、今だって青春だな」って本当に思っています。
ここで伝えたいのは、「10年後、20年後とかに思い返した」時に、「青春してた」、という気持ちになれる、ということの意味です。
これが、逢田さんが今回のLIVEを行った意味だと思っています。
「Adolescence」への、逢田さんの想いです。
この想いが、正しく、このLIVE「The night before Nostalgic」を行った意味だと考えています。
このことについて直接的に触れるMCがあるので、その時に詳しく語ります。
MC3(後編)~ 8.「ORDINALY LOVE」
逢田さんがソロアーティストと活動するにあたって、最初に出逢った曲、「ORDINALY LOVE」。
この曲を歌いだす前のMCはいつだって時の流れを逢田さんは口にします。
1サビに入る瞬間、ドラムが加わって、世界が華やかに色づいていく瞬間が本当に好きで。
この曲と歩んできた日々を感じながら、「イマ」この曲を聴いている実感に浸る瞬間が好きで。
逢田さんがこの曲とどんな風に歩んできたか、気持ちを馳せるのが好きで。
我々と逢田さんにとって、特別な、大切な、はじまりの曲です。
9.「FUTURE LINE」~ 10.「Dream hopper」
「FUTURE LINE」を歌う前に、よく逢田さんが口にしてくれる言葉があります。
LIVEが始まる前も、よく好きな色を振ってね、と仰ってくれます。
他には、「Curtain raise」ではラスサビ前に「行くぞ東京~!!!」と逢田さんが叫んでいましたが、今回は「みんな行くよ~!!!」でした。
あと、「FUTURE LINE」を歌う前に、会場を「まだまだいけますか~!?」って煽っていたのも印象的でした。
いつだって、逢田さんは会場中を虜にする人だなって、思いましたね。
そこから披露されたのは、2nd EP「フィクション」の中で、一番最初に公開された、TVアニメ「装甲娘戦記」OPの「Dream hopper」。
「Curtain raise」大阪公演で、アンコールで追加披露した時からの二回目の「Dream hopper」でしたが、やはり、この曲、凄く盛り上がって楽しい!
私はドラムをやっているので、そこに注目して聞きましたが、全体的にサウンドが軽いのにどこまでもキャッチ―で惹きつけてくるんですよね。
何言ってんの?ってなると思いますが、単純に聴き心地が最高なんです。
最後はみんな一緒に飛ぼう!、って言ってくださって、ジャンプで締めたのは、最高の思い出です。
MC4
ここからはアンコールです。
「The night before Nostalgic」の黒いTシャツにバンドメンバーの方々と逢田さんが着替えて再登場しました。
アンコール後の二つのMCについて、伝えたいと思ったので、今回筆を執りました。
まず一つ目の、「このLIVEの意味」についてです。
我々はこの概念をよく知っているはずです。
ラブライブ!サンシャイン!!二期十一話「浦の星女学院」。
或いは、「Lotus」。
きっと、逢田さんを追いかけることが出来ているこの瞬間は、永遠じゃない。
いつの日かは、必ず終わりが来るもの。
私自身も今は追いかける余裕がありますが、あと三年もすると、とある仕事のプロとして、責任が伴うようになり、気楽にLIVEに参加したり、逢田さんのことを追いかける時間が確実に減ると思います。
だからこそ、次の言葉が、大切なのです。
過ごした時間は、絶対に消えない。何年たっても、その事実だけは、確かなものとして、世界に刻まれている。
逢田さんは、そのことを確信しているのです。
MC3の所で触れましたが、「Adolescence」とこのLIVE、「The night before Nostalgic」をした意味が、ここに詰まっていると思っています。
きっとこの時間は永遠じゃない。だからこそ、この時間が何年経っても消えないことを証明するために、素敵な時間を確かに一緒に刻んだことを、世界に示す為に、この「The night before Nostalgic」というLIVEが行われたのだと思うのです。
いつの日か、この日が、「あぁ、凄い楽しかったな」って懐かしむために。
いつの日かの「郷愁」の為に、この2022年5月1日の夜があるのです。
故の、「郷愁」の前の夜、The night before Nostalgic、と名付けたんだと思います。
まるで、将来の私達への手紙のような、素敵なLIVEでした。
私が何故このLIVEレポートを一か月も空けて書いたのか。
それは、下の逢田さんの言葉を、たった一か月という時間かもしれませんが、私が証明するためです。
たったの一か月かもしれない。
それでも、私は胸を張って逢田さんに言えます。
「今日この日」のこと、10年後や20年後はまだ断言はできませんが、今、の私は「絶対に忘れていない」って。
一か月前とは環境も変わっていますが、それでも、鮮明に、色鮮やかに、私に心に残り続けているって。
それを証明するために、ここまで言葉を刻んできました
読んで下さっている貴方にも伝わっているでしょうか?
もし伝わっているのなら、これ以上嬉しいことはありません。
こんなに綺麗なMCを逢田さんがしましたが、その後にすぐ、
という風に、「まだまだ」という言葉を使ってくださったことが嬉しかったです。
そう、ここからなんですよ。
「Curtain raise」で幕開けしてから、漸く始まった逢田さんの物語は、まだまだ、途中なんですよ。
だからこそ、私は一緒に追いかけたい、その先を一緒に見たい、って思うんです。
そう思わせてくれるのが、私の考える、逢田さんの魅力の一つです。
EN.1 「ブルーアワー」~ MC5
青い彼女が向かうのは、自由な空。
曲についてこれ以上は語れないので、MCについて語ります。
「ブルーアワー」は逢田さんがもう一度歩み出す覚悟をしている曲、だと思っています。それ故に初披露だった、「Birthday Party ~to ME~」では余裕が無かった、という発言にも正直納得しました。
誰だって、覚悟を決める瞬間は、自分の事で精一杯で余裕が無いので。
だからこそ、この景色を、今回は目に焼き付けることが出来た、という逢田さんの発言自体に、逢田さんの成長と言いますか、進んできた道のりを感じました。
ここからは、過去のMCと絡めると解像度が上がると思うので、沢山引用しながら話させて頂きます。
後半部分に関して、正直私も思うことあります。未だに脳死でハンバーグの事しか弄らない人間とか本当に居ますし。
だからこそこうやって私は文字や、発表という形で逢田さんの事を伝えるとこを止めていないのですが。
ここで触れたいのは、「みんなの求める『逢田梨香子』」という概念です。
話すと長くなるので簡潔にまとめますが、「Curtain raise」東京公演のMCより、ソロアーティストとしてデビューした逢田さんが、「みんなの求める『逢田梨香子』」について葛藤して。
そこで気づいたのが、「素の自分のまま、何より楽しむことが一番」ということでした。
ですが、「みんなの求める『逢田梨香子』」の事を、逢田さん自身が好きかどうかって、全くもって別問題ですよね。
これについて、大阪公演のMCで、
と述べてくださったことで、逢田さんは、そんな「逢田梨香子」が好き、だということを伝えてくれました。
今回のMCを読むと気づくと思うのですが、上のMCと真逆の事を言っていますよね。
みんなの求める「逢田梨香子」は、本当の私じゃないのにな、って。
ここでLIVEに参加した人にも伝えたいのが、「Curtain raise」の「みんな」と、今回の「The night before Nostalgic」のみんなの指す概念が違う、ということです。
「Curtain raise」の「みんな」は、逢田さんが、
と思わずいってしまうぐらい、私の様な、逢田さんが宝物だと断言するような人たちの事です。
今回の「みんな」はこの後のMCの対比で、違うということが分かります。
ここまで読んで下さっている貴方に伝えたいのは、逢田さんのことを誤解している人たちの事ではなく、私の様に、逢田さんの事が好きすぎて、貰った宝物を返したくてこんなブログを思わず書いてしまうような人たちの事です。
私の周りにもたくさんいます。
「ラララジオ」の大喜利で思わず逢田さんを笑顔にさせてしまう素敵な人。
逢田さんの記念日にいつも花やお菓子を用意する素敵な人。
写真という形で逢田さんへの思いを表現する人。
アコギやギターといった楽器で、逢田さんの世界を表現する人。
私と一緒に逢田さんを追いかけてくれる、心から逢田さんの事を大切にしている人。
逢田さんの描く歌詞の世界に心酔している人。
上げ始めたらキリがありません。
みんな、みんな、逢田さんのことが大好きで、想いを伝えたくて、逢田さんを理解したくて、寄り添いたくて、支えたくて。
何よりも、「ありがとう」って伝えたくて。
そうやって日々を生きている人たちです。
逢田さんだけの人生を歩んでいるわけではありません。
それぞれに仕事や学業がありますし、他の趣味もありますし、常に逢田さんのこと「だけ」を考えているだけでもありません。
ですが、それでも、逢田さんへの感謝は、いつでも抱えている、素敵な人たちです。私なんか頭が上がらないくらい、素晴らしい人たちです。
そんな人たちが沢山集まった、あの「The night before Nostalgic」という場で、「思ってるより、みんなの声届いてるよ」って。
「みんなの声にどれだけ救われたか」って。
「ありがとう」の気持ちを直接伝えられたら、って。
泣いちゃうくらい嬉しいですし、やっぱ私達と逢田さんの関係ってこうなんだよな、って思います。
「Birthday Party ~to ME~」で遠山校長が述べたように。
逢田さん自身も同じようなことも、述べています。
そんな逢田さんが、私たちの事をなんて形容したか、ここに記しておきます。
私も逢田さんにこの場で伝えたい。
私にとって、あなたは、私の自慢であり、誇りです。
私こそ、あなたに言いたい。貴方の言葉で、姿で、どれほど私が救われたか。それこそ、「逢田さんが思ってるより」救われています。
そのことに、心からの感謝をこめて。
ありがとう。
まぁ、どうやら私たちが逢田さんのこと好きすぎるのは、お見通しらしいですが、ね笑
これが究極の信頼関係なのではないかな、って思います。
EN2. 「ステラノヒカリ」~ MC.6
この言葉から始まった最後の曲「ステラノヒカリ」。
サビの振り付けを会場の全員で行う一体感は、正しく「LIVEの臨場感」そのもので、この曲は声を出せなくても、テンションを如何様にもあげてくれました。
個人的にはAメロの4つ打ちのキック(ドンドン聞こえる足で叩くやつです)がLIVE感があって大好きなんですよね。
最後、キーボードの繰り返していく音で終わっていくのですが、いつもの様に、終わるのかな~って思っていたら、
「まだまだ終わらないよ~!!!」
って、言って、16分のスネア連打から裏拍で「はい!はい!」ってずっと煽ってきたあの瞬間が、一番テンション上がりました。
「Curtain raise」の「Dream hopper」で同じことがあったのですが、何回経験しても、心が弾けるぐらい楽しい瞬間ですね。
会場中の笑顔が弾けて、咲いていたと思います。
そこから、会場で記念撮影をして、終わるかと思ったら、いきなりお知らせが来て、3rd EP「ノスタルジー」の発売が2022/8/9に決まった事と、もう過ぎましたが、2022/5/14にこの「The night before Nostalgic」のLIVE映像配信が決定したことが発表されました。
そして、LIVE最後の挨拶が行われました。
またすぐに会える、それは明日ある「メ~テレアニソンライブ」の事だったのかな、って今では思います。
文字通り、「一生忘れないような、素敵な夜」になったことを、一か月後の私がここに証明して、このLIVEレポートの本編を締めたいと思います。
最後に
LIVE前にこんな夜分(夜二時)まで何してるんだ、って感じですが、「The night before Nostalgic」から一か月経った今だからこそ、綴りたいメッセージがあった、というのと、「メ~テレアニソンライブ」前にどうしても書きたかったから少し無理をしました。
最後にもう一度まとめますが、この「The night before Nostalgic」というタイトルを冠したLIVEの価値は、一か月経った今でも色褪せなくて。
なんなら、一か月経った今だからこそ、価値をより一層と噛み締めています。
それだけで、私個人としてはこの文章をかけて満足です。
あともう一つ。MC5の所で話しましたが、逢田さんにこの想いを伝えたいなって。
まぁ、手紙を書いたんですけどね、これとは別で笑
ですが、思ったより届いている、という逢田さんの言葉を信じて。
「The night before Nostalgic」の意味を信じて。
言葉をここまで刻んできました。
これを少しずつ繰り返して、10年後も、20年後も、ずっと消えない、大切なものにしていくことを、ここに誓って、終わりたいと思います。
消えない光を、ありがとう。
2022/06/04 2:48 LIVE前でワクワクしているはまーより
Special thanks
Photo by @7_pon
2022/06/04 23:16追記
大切な人たちのお陰で、今の自分が生きる理由が、少しだけわかった気がする
死者もそうだが、生者をそれ故に蔑ろにしちゃいけないって。
「いまさらわかった」。
「ひとりじゃない」。
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