なんとかさん

今日は中三の時に恋していた
なんとかさんの誕生日
何歳になったのかなって、同い年だから。
栄太郎に、よしくんは
僕の都合のいいように生きればいいんだよ
そう言われて
恋なんて言うものも
自由にままならない中学時代だった
何もかもが
栄太郎の意のままにならないと
許されない少年時代
恋どころの話じゃない
なんとかさんは
今どうしているのかな
結婚して、子供はいるのかな


 誰も読んでいなさそうだから、ここに栄太郎のことを書いておこう。
 この中学三年生あたりの時に、秋葉原へレコードを買いに栄太郎に連れて行かれた。
 当時は、「いとうにいくならはとや」とか、「うえからよんでもしたからよんでも」とか、テレビCMで連呼されている言葉がいくつもあったが、その中に「いしまるでんきはあきはばら、でっかいわ」と言うのがあって、電気製品はなんでも秋葉原へ買いに来い、という時代だった。冷蔵庫でも洗濯機でも秋葉原へみんな買いに行ったらしい。
 栄太郎もクラシックのレコードを買うために友人三人を引き連れて総武線に乗る。レコード何枚買ったかなあと思ったら、十枚。一枚2800円のレコードを十枚買って2万8000円。
 小川栄太郎ってどういう人物かな、と言ったときに、中学生の時から三万円近く出して、レコード買いに行くような男だったのである。
 ほかの中学生は秋葉原へ行くまでの電車賃さえもおぼつかない。正月のお年玉を貯金して蓄財するのが子供だったりするけれど、そういう所から金を出して栄太郎のお供についていく。

 秋葉原からの帰り道、千葉県船橋町で、・・・失礼、それは太宰治の時代だった。そこまで古くはない。国鉄船橋駅から京成船橋駅へと乗り換えて、我々の街へと帰っていくのだが、途中、船橋に西武デパアトがあり、その中にレコオド屋があった。
 「吉君。レコオドを預かっておきたまへ。」
 川端康成も古いというものである。栄太郎はよく言われたが、偉人の名前をその文章から取り外し、旧仮名遣いを現代仮名遣いに変えてみれば、小学生の作文でしかない。栄太郎の知能レベルも、大したことはない。

                    つづく

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