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【掌編小説】愛と構造の原理

(2019/12/21 21:13)
男は、女の耳元で「気持ちいい」と小さい声で伝える。
女は一定のリズムで押し寄せる振動を受け止めつつ「うん」と言う。

耳元から顔を離して男は、女の裸体を見て再度興奮する。なぜ女性の身体はこんなにも魅力を感じるようにできているのだろう。もちろん性的な興奮が9割以上なことは確実だとしても、いくぶんかはそれとは違う要素の何かに魅かれている気がした。

自分のものなのか相手ものなのかすでに分からなくなっている体液が滴ってってくる時、その行為の終わりを告げはじめている。

男にとっては限りなく目の前にある欲望を、女にとっては遥か遠くにかすかに存在するかもわからない欲望を満たすために凹凸を同じくぼみには合わせ続ける。

お互いの呼吸がさらに激しくなる。
男は女の太ももあたりを手で持ち上げ、さらに押し上げて、自分の性器がさらに根元まで、さらに女の中に深く入るように迫っていく。最後、男はその状態から女の手を強く握り、お互いのおでこをすり合わせて、そのあとキスをしながら果てる。

全ての物事が終わった後に気づく。このホテルの部屋の冷房は効きすぎている。



(2019/12/21 22:47)

アヤカ「今日はありがとう。」

ヒロ「こちらこそありがとうございます。」

アヤカ「すごく優しい人だったんでビックリした。」

ヒロ「いや、こっちこそ驚いたよ。こういうことしてる女の子ってなんかサバサバして不愛想なイメージだったから。」

アヤカ「あー、そういうイメージなのか。確かにそういう人もいるかも。」

お互い会話の内容に苦しんでおり、何か話せる内容はないかと考えながらの会話だった。会話中に明らかに年の離れたおじさんと若い女の子のカップルとすれ違ったが、それについての話はしなかった。ヒロは、自分たちも他の人にそういう風に見られているのだろうかと考えたが、まだ30歳になったばかりの自分であればそんなことはないだろうと強く信じた。

ヒロ「じゃあ、俺はこっちなので今日はありがとう。」

アヤカ「うん、じゃあ今日はありがとう。あ、よかったらline交換してもいい?」

ヒロ「あ、それはごめんなさい。」

アヤカ「あれ、彼女さんいるんですか?あんまりこんなことしたらダメですよー!笑」

ヒロ「うん…。そうだね。」

アヤカ「じゃあまたね。っていうか、さようならか!笑」

彼女のうしろ姿は若々しく美しかった。自分に背を向けた今、彼女はどんな表情をしているのかヒロはとても気になった。そのあとなぜかのどが渇いたので現金3万円が消えた財布から小銭を出して自販機で缶コーヒーを買った。

有料駐車場の近くで座り込み缶コーヒーを飲みながら、男は満たされたのか満たされていないのかよくわからない心情でため息をついた。



(2019/12/19 14:05)

ヒロは久しぶりにもらった有休をゆっくりと自宅で家族と過ごしていた。息子はもうすぐ1才になる。最近はやっと粉ミルクを飲んでくれるようになってくれたが、よだれの量が増え服がビショビショになってしまうことが多く、お着替えを頻繁に行うようになったことだけが懸念事項だ。ただ、特によだれは臭くないし、なんなら1才の幼児の服は着る前より着た後の方がいい匂いがするので、そんなに頻繁にお着替えなんてしなくてもいいのではないかと近頃は考え始めている。

息子を抱っこしながら、妻の寝ている部屋に入る。今日も妻の体調は悪そうだ。それもそのはずで、昨夜はかなり息子の夜泣きが酷かった。妻に体調は良くなったかどうかを聞くと「体調よさそうに見えるの?そんなわけないじゃん。まだ寝たいからあっち行って。」と強く部屋の扉を閉ざされてしまった。

産後、妻は鬱っぽくなった。夫婦にとって第一子だということもあるのだが、もともと完璧主義者で気を遣ってしまいがちな妻はさらに過剰になってしまい、育児に関して自分を追い詰めるようになった。ヒロは自分の仕事がある中で、可能な限り育児の手伝いをするようにしている。

妻の大変さも可能な限り理解しようとしているし、かわいい息子の育児は何の苦でもない。ただ、夫婦間の営みは、妻が妊娠して以降はなくなってしまった。時折、妻にせがんではみるもののいつも頑なに拒否される。さらにヒロがいかに無神経であるかという追及が続くので、ヒロからは、あまりそれについては話さなくなった。

ヒロは子供の部屋にもどり、自分という人間を見直そうと試みた。妻は少なくとも私が感じるなかでは、大きく変わってしまった。ただ、自分自身はどうなのであろうか。妻から見れば自分もおそらく変わってしまったように映っているのだろうか。今後、妻は心身ともに自分を快く求めてくれることはないのであろうか。

そういろいろと考えているときにふと思い出した。「あ、クリスマスプレゼント買ってなかった。今度の土日に買っておかないと。」ヒロはスマホをポケットから取り出し、1才児と妻のクリスマスプレゼントを調べはじめた。


(2019/12/21 15:48)


「ねー、起きて。今日お仕事じゃなかったの?また遅刻するよ!」
今日仕事がお休みのアヤカは、ベッドで寝ている彼氏を起こそうと試みる。だが、彼は熟睡しており全く反応しない。

アヤカには2歳年上の彼氏がいる。彼氏は、いつもは優しいが、情緒が不安定だったり、お酒を飲んだりすると言葉遣いが荒くなり、時折、暴力的にななってしまう。過去一度、ひどいアザが顔にできた時に、友達から彼氏と別れた方がいいという説得を一晩中されたことがある。それでもアヤカは別れる気はない。アヤカにとって彼は救世主だったからだ。

アヤカの家庭は貧しくDVが日常的な家庭だった。アヤカは幼少期より母親からよく虐待を受けていた。それ自体は、自分が悪いということで我慢できることだったが、それよりも母が父から暴力を振るわれていることが心理的にとてもつらかった。

中学時代、さらに過激になる父から母への暴力にも耐えられないと感じ、自ら命を絶とうとしていた時期があった。そこで偶然にも今の彼氏と出会い、付き合いはじめた。彼は、中学を卒業したら一緒に暮らすこと、それまで家のことは我慢して何かあったらいつでも俺に連絡してかまわないと言ってくれた。アヤカは彼の言葉に救われ、それだけを信じて過ごし、実際に中学を卒業した後、家を出た。もちろん、母のことが気がかりだったので、同じタイミングで家を出ようと母に計画を持ち出したが、母はうれしそうな顔はしたものの、それは頑なに拒んだ。それっきり母には会っていない。

アヤカは何度も、彼氏を起こうと試みていた。
彼は今、ガールズバーのボーイの仕事をしている。昔、アヤカがお世話になっていたガールズバーの店長が、長らく無職だった彼を採用してくれた。

やっと、彼は起きたがアヤカに意味の分からない言葉でキレて、また寝込んでしまった。このままだとまた彼は無職になってしまう。そうアヤカはふさぎ込んだ。部屋の机におかれている数枚の公共料金の滞納催促書をみた後、彼の働いている職場へ電話をし、今日は彼が体調不良で出勤できないことを伝えたあと、着替えをはじめた。過去関係を持った男たちに催促の連絡をしてみようとしたが、全員アカウントが消えていた。


(2019/12/21 19:35)

女は、路上でぎこちなく立ちすくんでいる。とりあえず、怖い人、変なノリの人には声を変えられないようにちょこちょこ移動を繰り返していた。

男は意を決して女に話しかける。

男「あ、すいません」

女「お!はい。なんですか。」

男「いや、あの…こういうの初めてで、よくわからなくて申し訳ないんですが…」

女「大丈夫ですよ笑 ホテル代別で3万円です。」

男「あ、そしたら、すいません、お金おろしてきますんで少し待っててもらっていいですか!?」

コンビニに向かう男のうしろ姿はすごく滑稽に見えておもしろかったが、なんかいい人そうに見えたので女は安心していた。

愛されることより愛することが、理解されることより理解することが重要であることを、この男と女はそれぞれがわかっている。

ではこれからはじまる行為は単なる経済活動ということでいいのだろうか。答えはわからないが、手段と目的だけは、ただただ明確であり続けている。

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