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『君たちはどういきるか』物語が難解だった方たちへ(ネタバレ有)1/2

鑑賞後「なんか、すげーの観たな…」という率直な感想だけが残った方もおられるとおもいますが、私も同じです…。ただ、10年後20年後、きっとこの作品を映画館で観たことを自慢できる人になることは確かだと思います。

個人的には宮崎駿氏映画の過去一作品になったので、その理由を『一度観終わった方」『これからもう一度鑑賞される方』にこの映画がすんなりと理解しやすくなるような情報を共有できればと思いましたので、以下を参考にいただけますと幸いです。

ポイントは2つです。

・心情描写の理解力
・ファンタジーよりSFとして観る

まず一つ目
『心情描写の理解力』です。

長編アニメなので制作側のあえて目線に立った時のことを考えますと、上映時間の関係上、物語内で伝えたい登場人物同士の人間関係に長々と時間をとってはいられません。なるべく効果的(わかりやすく)にその描写を描かなくてはならないのですが、宮崎駿氏の作品ではことさらこの心情描写が独特で恐ろしく尖ったディティールで描かれるので、情報量が多く、これを鑑賞する方たちの理解力が問われます。

例えば、今回の作品での一例を挙げてみましょう。

空襲で母を亡くした主人公(眞人)と、父親の再婚相手であるナツコ(母の妹)との郊外へ疎開した後の出会いのシーンがあると思います。※人力車みたいなやつで移動するところです。

そこでナツコが新しい命が宿っている自分のおなかに牧眞人の手をつかんであてるというシーンがあるのですが実はそのシーンだけで以下のくみ取る必要があります。

その(1)
『ナツコの眞人に対しての「自分を家族として認めざる得ない状況である」という強迫的なしたたかさ』

その(2)
『眞人のナツコに対する潜在的な拒否感』

もう少しこのシーンを細かく説明します。

まず、初見のナツコの姿では妊娠しているという雰囲気はほとんどないと思います。次に出産を経験した女性であればわかるかと思いますが、「つわり」が発生する妊娠初期に妊婦以外の人が手をあてて感じられるほどの胎動は稀な方です。ましてやナツコはこのシーンの際に着物を着ています。しかも、不安定な人力車の上です。手をあてて胎動を感じられる可能性は低いわけです。にもかかわらずあえて胎動を感じさせるような行動をとる意味を考えなければならなりません。

初見だとなんとなくの違和感だけだと思われますが、これが宮崎駿氏の「独特で恐ろしく尖ったディティールの心情描写」の正体です。

物語が難解だと感じた人はおそらくこの場面を「主人公の新しいお母さんには子どもができている」という設定だけを頭の中に入れて次に進む人が多いのだと思いますが、それだとあっという間に物語についていけなくなります。

もちろん、シーンから受け取る見解は人それぞれで問題ないです。とれが正しいとかはありません。ただ、自分なりにあのシーンはこういう意図があるのではないか?と能動的に理解しようとしてみないとおそらくこの作品は苦痛でしかないと思います。

逆にシーンのひとつずつ理解しようとして観ていけば、観賞者の数だけの解釈を与えてくるのが宮崎駿氏の映画の醍醐味など思いますので是非とも体調万全にして観賞に望むことをオススメします。


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