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【掌編小説】腐った果実、表現者


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なぜ今もまだ描き続けているのだろうか。
僕の創造的人生の持ち時間はすでに終了しているのに。
綺麗な終止符を打ったはずなのに。
それなのに誰にもみられることはないものを描き続けている。
もしかして、『絵を描くことが好き』なのか?
『絵を描き、それを誰かに認めてもらうことが好き』だったんじゃないのか?貴重な青年期をそれに費やしてしまったことに関しての自分自身への贖いか?そんなに崇高なものなのか?
そもそも僕は何をしたいんだ。好きなことに理由を見出そうとすること自体が時間の無駄だと早々に気づいていたじゃないか。
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ほどんど使用していなかった日記帳に、僕はその文章を書きこんだあと、ゴミ箱にその手帳を捨てた。我ながら痛々しい。文字の汚さがそれを更にひきたたせる。日記帳に備え付けられたカレンダーは2年前のままだが、日記帳を購入した日のことは不思議と昨日のことのように覚えている。時間はやはり伸び縮みするみたいだ。ありがとう天才物理学者。僕は僕の宇宙の中で快適に暮らしていくことにしよう。

そろそろ日雇いでもいいので、次の仕事先を見つけなければならない。
求人情報を見るため携帯を開こうとしたときに偶然同じタイミングで携帯が鳴る。友人からの電話だ。一瞬、電話をとるのをためらった。その友人は嫌いではないのだが、今はしゃべることが億劫な状況だったのでメッセージかなんかで後で連絡しようと決めた。

…しかし、あまりにも着信時間が長い。
これは面倒くさい。何か緊急の用である可能性がある。そして、これは折り返しするとしてもメッセージで済ませられる範疇を超えてきている。


仕方なく電話で出る。
友人「おー、だいちゃんひさしぶりー!」
僕 「おー...どうした!?」
友人「ん~、なんか元気かなと思って~!」
僕 「申し訳ないが、先に用件を聞かせてくれ。」
友人「ふ~ん、知りたい?それはねぇ~…。会ってから話す!今度の土曜日時間ある?」
僕 「う~わっ!めんどくさっ!笑 お前はやっぱ、めんどくさいわ!」
友人「菱本大貴くん。私は、君にとって希少な友人の一人だぞ。いや唯一の友か?だったら、優しく接しなさい。」
『最高の友は、私の中から最高の私を引き出してくれる友である。‐ヘンリー・フォード‐』らしいが、僕の友はなかなか最高の僕を引き出してくれない。だが、唯一であることは確かだ。残念ながら、このデリカシーのなさそうな男が私の暫定一位でオンリーワンの友なのである。



「では、ブレンドコーヒー2つお願いします!」
小さい声でいいのにやたら大きな声で友人は注文をした。若い店員さんだったので、注文後も席を離れる店員さんを少し目で追っていた。しばらくして、「久しぶりだな。5年ぶりくらいか?」と友人は話しはじめた。

なんでも彼は今、主に不動産情報をとり扱っている出版社の編集部部長になっているとのことだった。彼は芸大時代からの友達だ。大学入学当時から鬱屈とした様子だった僕を快く受け入れてくれた友人の一人だ。いや、だった一人の友人。僕は、彼の性格が嫌いなわけではない。ただ生きている中での目線が彼とは違い過ぎているのだろう。おそらく、はたから見れば、根本的に僕が社会人として欠落した性格を持っていることが原因には違いないが。

友人「それでさぁ、今回の話なんだけど…」
「実は、今回若者向けのPOPな不動産情報誌を新しく出版することになりまして。そこの本の中で今勢いのある作家さんの短編の小説が出ることになってるんだ。そして、その小説には挿し絵を入れようと思っている。その絵をぜひ君に描いてもらいたいなと思って相談させてもらったんだ。あんまりお金になる仕事じゃないけど。 君は大学を卒業した後、転々と職を変えても、絵だけは描き続けていたことは知っていたからね。大きなお世話かもしれないけど、なんとか君の力になりたいと思ってさ。」

僕は、とても嬉しかった。
てっきり何か自分にとってマイナスなことが話されることを想定していたので、彼のその相談を聞いた時、それを想定していた自分自身を恥じた。

僕「ありがとう。すごくありがたい話だけど、もうそっちの道で生計を立てていくっていうことに関しては諦めたんだ。 すごくうれしい話だけどお断りさせて頂こうと思う。」

「それに君自体も本当は思っているんだろう。僕に絵を頼むより、写真や、有料の素材を使ったり、今流行りのAIを駆使して画像作成した方が生産的だってこと。」

彼「確かにその通りかもしれないね。でも、絵っていうのはそれを描くことに関してのプロセスが非常に重要だと思ってる。僕は君の感性が好きだから君にお願いしたいんだ。」

彼「そういえば、君はAIが描く絵は嫌いかい」

私「いや、そんなことはない。 逆にとても好きだよ。あれほど、素直に絵を描くものはいない。あれほど崇高に課されたミッションを自分の思考を交えることなく描き切るものはないよ。 世界の名だたる名画に一番近いマインドを持ってるのがAIだと僕は思ってる。今後AIが意思を持つかは別としてね。彼らが生み出す芸術が十分に価値を持ち出す世界が目の前に近づいてきている。それは怖い部分もあるが、至極当然のことだとも思ってもいるんだ。」

友人「…そうかぁ。でも君の絵を僕は好きだし、絶対に君の絵をいいものと認知してくれる人達は多いと思うけどなぁ。それに諦めたとは聞いたけど、今も絵を描き続けている理由っていうのは、やっぱりまだ諦めきれない気持ちもあるんじゃないのかい?」

僕「確かにそういった部分もあるのかもしれない。最近はそれを考えること自体にも嫌気が差しているんだよ。自分にとって、絵を描くこと自体が重要なのか、それとも認められることが重要だったのか、その部分がふわふわしたまま、ここまで無駄な時間を過ごしてしまった。 だから、一つ言えることっていうのは、真剣に芸術と現実に向き合ってやっている人からしたら、なんて甘っちょろいことをほざいてんだってこと。だから、もう僕は誰かに認められるような動きをしない方がいいっていう判断に至ったんだよ。 」

友人「なるほどねぇ。でもまあ少しはお金になる話だから考えてみてよ。 今日、決めろってわけでもないからさ。気が向いたらいつでも連絡してくれ。」

彼は、最初はテンションが高かったものの、僕がかなり思い悩んでいる様子を見て、少しずつテンションが低くなっていた。悪いなぁと思いつつ、彼の声のボリュームが小さくなったことに関しては、周りの目が気にならないくらいのレベルになったのでそれは良かったなと心の中で小さく思っていた。




その日、家に帰った後、自分が過去に描いた絵をいくつか見返してみた。
不思議なことに、その絵を描いた当時の情景や心情などというものがありありと浮かび上がってくる。写真でも動画でもないのに不思議だ。そんななか、気づけば僕はお気に入りの絵を手に取っていた。大学に入ったばかりに描いた近所の川辺で描いた風景画だ。その絵は希望の未来に満ち溢れている。草木は、生き生きと映え川の流れも力強く全体的に活気がある。こんな絵をまた描けるようになりたいなぁと思った。その時、ふとこの絵を描いた場所で同じ風景を、『今』の僕が描いたらどうなるのだろうと考えた。

有名な画家の中には、同じような絵を何枚も描き残した人も多い。その意味が今やっとわかった気がした。これで過去の自分と対話できる。過去の自分が正しいのか、今の自分が正しいのかを決めたいわけじゃない。ただ、その川辺の絵を描き切った後、その絵を見て僕の中で何がどう変わったのかをその絵が教えてくれる気がした。

そういえば、絵を描く人にとっての正しさってなんだ。いや、考えなくていいだろう。例えそれは、絵を描くことで生活できている人でもわからないだろうから。芸術を生業にしている人。それはそれで大変な世界なのだと思う。自分の描きたいタイミングで、自分の好きなように描く、それこそが絵を描く者にとっての最大の贅沢というのであれば。今、それに一番近いのはもしかしたら僕なのかもしれない。




翌日、僕はその川辺に立っていた。このへんは絵を描かないにしても学生時代によく訪れた場所だ。15年前と全く同じような場所に座って、僕はキャンバスを開いた。

いざ、描き始めようとしたときに、僕は声を掛けられた。若い女性の声だ。振り返るとそこには美人な女性が立っていた。おそらく20代半ばくらい。
瞳がとてもキラキラしていた。

彼女は僕に話しかけてきた。
「今から絵を描くんですよね?」

僕「はい、そうです。ここ邪魔でしたか?」

女性「いえ、そういうことではないんです。ただ少し気になって話しかけてみました。本当に図々しくて申し訳ないんですが、一つだけお願いがあるんですけど、聞いてもらえないですか? 」

「はい、何でしょうか?」 僕は恐る恐る尋ねてみた。

女性「私をモデルに絵を描いてくれないでしょうか?」

僕「え、いいんですか。わかりました。パステル画でよければ描きます。」

女性「ありがとうございます!」

それから流れた時間はすごく不思議な時間だった。 おそらく1時間もかからないうちに彼女の絵を描き終えたとは思うが、それは長くも短くも感じられなかった。ただ、彼女の瞳はとても美しかったことだけ覚えてる。

全てを描き終えた後に絵を彼女に渡した。

僕 「終わりました。僕の力ではこれぐらいですけれども、できる限りやってみたので、ぜひ受け取ってもらえるとありがたいです。」

女性「ありがとうございました。今手持ちはあまりないんですが、ある分だけお渡しします!」

僕 「え、全部ですか? そんなことしなくていいです。というかお代はいただきませんので。 僕の絵を欲しがってくれる人がいてくれるだけでも非常に嬉しかったですし。」

女性「そうんですか…。ではお言葉に甘えて。あっ!最後に一つだけお願いしたいんですけどいいですか?」

僕 「はい、何ですか?」

女性「絵の裏にメッセージを書いて欲しいんですよ。」

僕 「わかりました。なんて書けばいいですか? 」

女性「『カレンへ』って書いてください」

僕 「はぁ、わかりました。」

カレン?
彼女にとってその人が特別な人であるか聞いてみたかったが、それはやめといた。とても興味はあったが、もし彼女にとって辛い出来事であることに関する人物であれば、それは彼女の悪い記憶を呼び起こしてしまう。

僕 「はい。名前書きました。これでよろしいですか? 」

女性「はい。ありがとうございます。では、私はこれで失礼したいとおもいます。」

僕 「あの…、すいません。ついでに、僕からも1点聞きたいことがあるんですけれどもいいでしょうか? 」

女性「はい、何ですか? 」

僕「どうして僕に絵を描いてもらおうと思ったんでしょうか? やっぱり、たまたま僕がここにいたからですか?」

女性「お願いした理由はあなたのおっしゃる通り、たまたまそこいらっしゃったからです。ただ、人が描いた絵で自分を残したかった理由に関してはいろいろあります。その1点だけ言わせてもらえるのであれば、第一印象で私は人からどのように見えているのかを知りたかったんです。」

僕「それは僕である必要はありましたか?」

女性「それはないです。逆に、あなたはなぜ私の絵を描いて頂けたのでしょうか?私以外の人だと断りましたか?」

僕「いえ、そんなことはないと思います。」

女性「そうですよね!?すべてに意味があること、すべてが合理的であることに、私って全然興味ないんですよ。テキトーなんで!ごめんなさい。」

彼女は、最後まで笑顔のままで、その場を離れていった。


結局、川辺の絵は描けなかった。いや、描かなかった。
帰り道、僕は意を決して友人に電話を入れた。彼は、いつもと同じ調子で声が大きい。

やっぱりなんかとっつきにくい人間だなぁと改めて思いつつ。
僕は友人からの仕事を受けることにした。

帰り道に茂っていた草木は西日を力強く浴びて生き生きと映えていた。
その光景は確かどこかで見た気がした。


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