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No.001_指揮者 濱本広洋

2018年7月6日に公開された記事です。


「音楽と言葉の重層的な関係を読み解くと、より深い理解へ到達することができる。これがオペラの面白さです」

初回は、はまぷろの音楽の核を担う指揮者の濱本広洋さんにインタビュー。
ご自身の活動からオペラの魅力、ミュージカルでの指揮経験、はまぷろの今後に至るまで、全3回にわたってお届けします。(聞き手:吉野良祐/編集:安田ひとみ)


濱本広洋(指揮者)

撮影:K.yahagi

オペラとの出会い

吉野:今日は、HAMA projectの指揮者である濱本広洋さんに、ご自身の活動やオペラづくりの魅力についてお話しいただきます。まず、東京音大在籍時代の勉強やオペラとの関わりについて教えてください。

濱本:私は東京音楽大学入学時トロンボーン科でしたが、指揮は入学前から時任康文先生に見てもらっていました。当時は声楽科の中にオペラコースというものがあり、1年に一度オペラの上演をしていて、そこで指導していた時任先生に『愛の妙薬』や『ヘンゼルとグレーテル』に誘ってもらったんです。

吉野:トロンボーン科でオペラというと、オーケストラピットに入って…?

濱本:いえ、「合唱のテノールが足りないから歌わないか?」と誘われたんです。周りの合唱は声楽科の学生たちでしたが、当時私はトロンボーン科の1年生だったので、オペラの詳しいことは何も分からなくて、全てが初体験でした。
稽古もたくさんあるわけではないですし、イタリア語を勉強してきていなかったので、とにかく歌詞はカタカナ読みで必死に覚えて何とか舞台に立つので精一杯でした。演技も、それこそ小学校の学芸会以来で、右も左も分からない状態でした。

吉野:なかなかエキサイティングなオペラとの出会いですね(笑)。

濱本:2年次の『ヘンゼルとグレーテル』は、児童合唱のみだったため、合唱ではなくカッコーのオカリナを舞台裏で吹きました。今思い返せば、このようにオペラに関わったのは、「現場を経験しておけ」という時任先生からのメッセージだったと思います。

吉野:オペラの現場を、様々な参加者の視点で経験できたんですね。指揮者としてのオペラの勉強はどのようにはじめましたか?

濱本:1,2年生の時は、第2副科として汐澤安彦先生にベートーヴェンやモーツァルトなどの古典派シンフォニーを中心に見てもらっていました。
3年生から再び時任先生に指揮を習い始め、指揮の個人レッスンに声楽科の学生を呼び、《椿姫》や《ラ・ボエーム》、《コジ・ファン・トゥッテ》、《ドン・パスクワーレ》などのアリアやアンサンブルの指揮レッスンを受けました。学生のうちからこういうレッスンが受けられたのは、自分の中で貴重な経験だったと思います。

副指揮者としての現場経験

吉野:東京音楽大学卒業後のオペラへの携わり方について教えて下さい。

濱本:東京音楽大学を卒業してからは、時任先生の紹介で「東京オペラプロデュース」というオペラ団体で副指揮者を任されるようになりました。
副指揮者は、楽譜の準備、バンダや合唱の指揮、劇場に入ってからは聞こえ方のチェック、飲み会のセッティングなど、あらゆることをやらなくてはいけません。東京オペラプロデュースは若手の育成も念頭に置いている団体で、私が呼ばれたのもそういう意味合いがあったのかも知れませんね。

吉野: またしても、いろいろな角度から現場に関わっていたんですね。

濱本:そういう仕事をしているうちに、新国立劇場に副指揮者として呼ばれるようになりました。2015年の《トスカ》からのことです。他にも《ラ・ボエーム》、《アイーダ》に携わりました。新国立劇場は今シーズンの《トスカ》にも副指揮者として参加しています。机上でスコアと対峙するだけでなく、とにかく現場をみて勉強している最中です。

オペラを学ぶ面白さ

吉野:日本を代表する歌劇場に関わる中で、制作側や指揮者から見たオペラの面白さを教えてください。

濱本:オペラはとにかく情報量が多いです。歌詞の意味と音楽の意味が重層的に存在しています。スコアのテキストには、言葉と音楽の次元があり、すべてに意味があるのです。したがって、勉強すればするほど、より深い理解に到達することができます。
例えば、 歌手が何を考えて歌っているのかが見えてくるようになります。日常生活で人が言葉を発する際には、その言葉に何らかの感情や意味が内包されていると思います。同じように、歌手が歌う言葉にも、必ず感情が乗るのです。
歌手は言葉を発する前に、この言葉をどのように歌うか、どんな感情を込めるべきなのか思考します。なので、「本当にすごい歌手というのは、本当にすごいんだ」ということを実感できるようになりました。そういう人の演奏は、隅々まで全部考え尽くされているのです。
スコアの言葉、音楽、ト書きを読み込んで行くと、言葉と音楽の関係を作曲家がどのような意図で作っているかが分かるようになってきます。これはオペラのより深い理解に繋がるので非常に面白いです。

吉野:前回HAMA projectで取り組んだ《フィガロの結婚》でも、芝居や台本について考えながら音楽づくりをされている姿が印象的でした。
一方で、シンフォニーなどと比べて、指揮者の思い通りにはならない部分もあると思いますが、それについてはどう考えていますか?

撮影:奥山茂亮

濱本:たしかに、自分が事前に考えていたことが全て通ることはないですね。オペラは指揮者一人で音楽の方向性を決められる訳ではありません。演出家の意図に合わせなくてはいけない場面もありますし、歌手の考える役柄像にも寄り添わなくてはいけません。
それでも、その枠の中で、周囲の人々や環境と擦り合わせながら、最善の解を求めるのに魅力を感じています。オペラとシンフォニーが指揮者としての活動の両輪だと思っているので、今はどちらも携わることができて幸せです。

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