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爪のキレイな男性

 『おいしいごはんが食べられますように』で芥川賞を獲った作家の高瀬隼子さんが日経夕刊にエッセイを連載していた。もう終了してしまったが、これが面白かったのだ。
 
 ある回はざっくりこんな話だ。
 
 自宅近くの書店で自分の作品が掲載された文芸誌を買った後、見知らぬ男性に「書店で見かけたのですが、もしかして」と声をかけられたという。「賞を獲って写真が世に出たから作家とわかったのか」と思ったら、「かわいいな、と思って。もしかして、お時間あるかな」というナンパで、「むかついた」という。そう、高瀬さんはかなり美人なのだ。それをハナにかけていない筆致に好感が持てる。
 
 別の回では「自分は爪が丸くて不格好」とコボす。そこで職場の先輩に誘われてジェルネイルをした。「ネイルをすると爪は素敵になるけれど、いつものリズムで小説が書けなくなるという支障も出た。書くものが妙に前向きになってしまうのだ。(中略)小説を書くわたしにとっては致命的にまずく感じられる、独特の弊害だった」。作家さんならではのこのような感覚、面白いものだ。
 
 爪といえば、思い出す。
 
 15年ほど前だろうか、大阪にある兄弟会社の記者さんと対面で打ち合わせをしていた際に、彼の爪がしっかり手入れされていることに気がついた。ツヤツヤと瑞々しいその爪は惚れ惚れするほど美しく、「ああ、これは絶対にカネをかけて手入れをしているなあ」と思ったもの。服装などはごく普通のおっさんだっただけに、独特のこだわりだったのだろう。高瀬さんのように「前向きになる」という作用を感じていたのかもしれない。
 
 しばらく彼に会っていないが、爪のお手入れはいまも続けているのだろうか。
(23/8/4)

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