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良い研究アイデアであることを示そう [Imbackプロジェクトその6]

目の前の仕事で手が止まってしまいました。同様の状況下で科研費の申請書を書き上げておられる諸先生方へ、深い敬意を表したいと思います。また、簡潔に書くつもりでしたが、やはりここが研究費申請の肝であると考え、また長くなりますが、どうぞお付き合いください。

あなたが良いと思ったことが良い研究アイデア

いつも以上に個人的な見解となりますが、申請段階で研究アイデアの良し悪しを客観的に見分ける方法はない、と私は思います[1]。ただ、研究アイデアの良し悪し自体は、科研費の評価システム上も、私自身の経験からも、専門家は感じ取っていると思います。つまりそれは、申請書の段階では専門的な知識や経験から「感じ取る」レベルのはずです。そのアイデアを実際に試すための資金を得るために、申請書を書くのですから。

そうすると、その研究について世界で一番の専門家であるあなた自身が、誰よりも適切かつ鋭敏に、良い研究アイデアかどうかを感じとれているはずです。あなたがそれを良い研究アイデアだと思うことができれば、良い研究アイデアなのです[2]。


研究アイデアを良くみせるには - 自信をもつこと

さて、あなたは良い研究アイデアを持っています。そして、それを実際に試す(検討・検証・実験・調査等)ため科研費に申請します[3]。この時、実験等の結果が出ていないため、その研究アイデアが良いと思い込むのは、根拠のあまりない自信かもしれません。しかし、その自信の有無は評価者に割と伝わるもので、とても重要です。逆に言えば、申請者にとって自信のない研究アイデアに、資金を提供したいとは誰も思わない、ということです。

我々の多くは、その研究アイデアについて、さらに言えば研究者として、自信が持てなくなっているかもしれません。研究者としての自信は一旦置くとして[4]、研究アイデアに自信を持つためには、二つの手段が考えられます。一つ目は、学会活動が重要になります。関連する内容で学会誌に論文を書いていることは、この自信に、何よりの根拠を与えるでしょう。論文までいかなくとも、学会で発表しているだけでも違うと感じます[5]。発表していなくとも、学会に参加して分野全体動きを掴んでいるだけでも、少しは自信につながるかもしれません。二つ目は、予備検討の結果などを得ておくことです。さらにいえば、申請書を書く直前に、少しでも(例え数時間であっても)実際にデータ等を得たり、資料に直接触れることです。科研費の申請書上で、図表として載せるところまで行けば何よりですが、そこまで行かなくとも、その研究アイデアの自信に(多分想像以上に)つながります。


研究アイデアを良くみせるには – 「批判的」であること

気を付けたいのは、批判的(critical)なことも、科研費の申請書では重要となります[6]。自信を持つことと批判的であることは両立できますが、逆向きに働くことも多く、申請書の文章上でその間のバランスをとることが大切になります。ただ、特に予備的な結果が手元にない状態では、バランスをとることが難しいのも確かです。結果がないので、幾らでも批判的に書けますし、時に否定的にもなります。否定的まで行くと採択されません。そのため申請書を作成する段階では、根拠はそれ程ないかもしれませんが、その研究アイデアについての自信を心のどこかで常に持ちつつ、批判的に書くことを意識すると良いかと思います。


研究アイデアを良くみせるには – 話を絞ること

少しでも魅力的に見せる努力は大切なのですが、研究アイデアを過剰に広く、大きく見せようとしたり、大きな問題を解決できるかのように書くと、逆効果となることが多いです。我々が提案する予定の基盤C・若手は、提案時で最大500万円であり、その金額でできることには大いに限りがあります。また、特に社会的に大きな課題については、大抵の場合、すでに一桁、二桁異なる資金を用いて、時にその分野の総力をあげて、研究が行われています。そんな中で、その問題が300万円程度[7]の研究で解決できるとなれば、提案が魅力的にみえる前に、評価者はまず内容を疑う気持ちになるのでは、と思います。その300万円程度の研究が、結果として大きな問題の解決に結びつくことは実際にあっても、申請段階で見込める具体的な成果(いわゆるアウトプット)としては、説得力に欠けるのです。

基本的には、検証する内容、調査対象、実験手法などをよく絞り込み、その分しっかりとした結果が得られると見える方が、基盤C・若手に出す研究アイデアとして魅力的に見えます。また、そうして得られた研究結果は、想定した結果と異なったとしても、良い論文になりやすいと思います。その研究提案を採択した意義も深まります[8]。

一方で、絞り過ぎると小さくみえてしまうことも、確かにあります。ただその場合は、その研究で想定される成果が得られた場合に何が起こるか(その他の研究や、研究分野に直接的に与えうる影響。いわゆるアウトカム)や、波及効果(間接的な影響。いわゆるインパクト)がしっかりと書かれていないことがほとんどです。この二点をある程度膨らませて書くことで、大抵は解決できます。


研究アイデアを良くみせるには – 初めて試す研究アイデアであること

「その4」の最後に書いたことと被るのですが、すでに試された研究アイデアは、厳しく評価されます。ここで強調したいのは、試していないアイデアであることを評価者が納得すれば、それだけでも研究アイデアは魅力的になる、ということです。一番わかりやすいのは、開発されたばかりの研究手法の別の対象への適用で、特に自身が開発した手法であれば、まず試していない研究アイデアだと自然に伝わります。研究対象が見つかったばかりのものも、同じようなことが言えるでしょう。

別な言い方をすれば、どこが新しい部分なのかを、論文などの根拠を出した上で明示することで、研究アイデアが魅力的になります。ただし、これまでやられていない、というだけでは、不十分です。分野にもよりますが、その研究の直接的な影響や波及効果として、(大きな・長年の)問題の解明や解決に結びつく可能性があることと合わせて記述することで、より魅力的な「今試すべき研究アイデア」となります。



[1] 研究の結果、偶然出てくる成果は当然予想できませんし、偶然の成果を見込んで研究を行うこともできません。なお、ここでは科学哲学上の議論を考えているのではなく、「申請書に明記することは難しく、また説得力をもって記述するのは困難である」というくらいの意味です。アイデアの良し悪しの判断は、研究の結果に基づくべきだと私は考えており、そのため申請段階では客観的にはわからないと考えます。なお、「発見」するタイプの研究をされている方は、提案段階では蓋然性や実績に頼るしかなく、特に研究アイデアの良さを示す際には不利になっていると思います。仮説検証・論理実証的に書けるのであれば、その方が申請書上は有利です。

[2] なお、私は科研費申請書のチェックの仕事をするにあたり、その申請書が良い研究アイデアに基づいて書かれていることを前提としています。私にも自分の研究してきた分野があり、それ以外の分野の申請書に違和感のあることも多々ありますが、「この分野はこれを良しとする」と考えるようにしています。同業の方(いわゆるURAですね)には、研究アイデアの良し悪しに立ち入る方もいるように思いますが、これから試すアイデアの良し悪しは専門外からではまずわからないこと、大きな可能性の芽をつぶしかねないこと、研究の主体性を損ねかねないことの三点から、私には申請前の取捨選択が基礎研究活動全般において良い方向に働くと思えないのです。

[3] 当たり前すぎるように思われるかもしれませんが、この話の流れは資金申請にあたって重要です。この部分がずれてしまい、何を求めているのかわからない申請書というのは、実は数多くみかけます。実際のところ、我々の中には、科研費の申請書を書かねばならないから書く方も多くおられると思いますが、その時は、この話の流れに立ち戻って頂けたらと思います。

[4] とはいえ、研究者として活動をしていくためには、とても大切なことです。英国vitaeなどでも、アカデミックキャリアで成功するための個人の資質の一つとして挙げています(例えばhttps://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekVitaeInformation )。ただ、自信をつける(私の立場から言えば「自信を与える」)ことは、とても難しいことです。ここでは、一時しのぎに過ぎないかもしれませんが、「自身の研究者としての自信を有限のものと捉え、これ以上自信を削られないように心がけてください」ということをお伝えしたいと思います。自信は無限に湧いてくるものではありません。また削られないようにすることだけでも、研究者が多様な評価にさらされる現在、簡単なことではありません。それでも、しのいでいる間に何とか研究費(科研費)を得て、実際に研究結果を得て、(論文)発表し、次の研究費を獲得するといった研究のサイクルを回し、自然と研究者としての自信を持つことができるのではないか、と私は考えている次第です。

[5] 学会の一部ではネガティブな方向に議論をしがちだと見聞きしますし、そのことは大きな問題です。しかしそれは、学会の中、つまりその研究者コミュニティの中からしか改善できないのだと思います。外部からすれば、その学会の会員数の減少、研究アイデアの減少、分野に入って来る研究資金の減少、そして学会の衰退につながるだけのことだと思います。言ってしまえば、我々の自信につながらない学会からは、距離を取って良いと思います。研究分野からみれば、その分野をある程度カバーしている学会が他にあることも多く、その中で良い学会を選ぶ行為が、個人の研究キャリアのためであり、また将来的に学会の健全化にも役立つと個人的には思います。

[6] 科研費がピアレビューで評価が行われるため。論文のレビュープロセスにおいて、研究結果を厳しく見つめることが重視されるのと同様に、研究アイデアについても、他の研究などを参照にしつつ厳しく検討を重ねることは、説得力を増すことにつながります。

[7] 充足率を60%とすれば。

[8] 資金交付側からすると、その研究アイデアが良くなかったとわかることも、一つの大きな成果です。一番困るのは、良かったのか悪かったのかわからない、続きを行うべきかの判断に資する情報もない、というパターンです。何かしらは研究が前進して欲しいですし、「やったらこうなった」より、良し悪しのつく方が良いです。その研究分野・学会からみても、人も資金も限られていることを考えれば、同じではないかと思います。


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