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「狗」Ch.2 by Priest(翻訳)


「狗」第2章


 警備員は黎隊長の前を歩き、陸翊はその背後からフラフラと幽霊のようについて行った。引きこもりオタクが真夜中に人探しに来たいものか。しかし残念ながら、彼のささやかな抵抗は黎永皓によって何度も無慈悲に抑圧されたのだった。

 陸翊はしわがれたナスか、はたまたしょんぼりした幽霊のようになっていた。目の前の二人の話を黙って聞いていたが、ふと頭を上げたときに、たまたま街頭のカメラを見た。

 もちろん、別荘のオーナーのプライバシー保護のため、自宅付近には死角がある。誰だって自宅の庭が一日中モニターに監視されているのは嫌なものだ。

 黎永皓はちょうど振り返ったとき、陸翊の視線の先を見た。
 「無駄だ。最初に映像を確認したんだが、この地域のカメラの多くは実は見せかけだけの代物だ。ずっと壊れていて修理もされていない。被害者の家は正面玄関と裏口しか撮れてなくて、子どもは裏庭にはいなかったしな」

 別荘の警備員は冷や汗をかき、緊張した面持ちで言った。
 「はい……私たちの落ち度ですが、こんなことが起こるなんて想像だにしませんでしたから。趙さんのお子さんが殊更に腕白というわけではありませんが、いたずら盛りの年頃ですから、暴れ出したら大人だって手をつけられませんよ。隣家で飼われている鳥が十数羽殺されたことがありました。私たちに苦情を言いにきて調査するよう要求し、親を探しました。母親以外、誰もあの子をコントロールできませんよ……こんな幼い子がなんだって誘拐されるんでしょうね?」

 陸翊は警備員をチラッと見て、また家の庭に茂っている植物を見て、それから頭を下げて庭の端にある家主が踏んだ泥の足跡を真剣に観察した。

 人間観察の得意な黎永皓は、まるで陸翊の腹の中にいる回虫のように彼の考えをすぐさま悟った。
 「庭に足跡はなかったか?」
 「こんな小さな庭の場合、まだ足跡痕もあるだろうけど、残念ながらこの家は前庭に大きな植木鉢があるだけで、裏庭はすべてスレートだね」
 現場から来た警官が小走りで迎えにやって来て、指で遠くを指し示しながら口を挟んだ。
 「あそこが被害者の家です」

 陸翊が目を細めて見渡すと、それは典型的なタウンハウス式の別荘だった。いわゆる「タウンハウス」とは、一棟の建物の中で二つの世帯が完全に区分けされた住居のことだ。それぞれ玄関が別にあり、庭は人の目の高さ程度の石壁と柵で仕切られているが、ちょっと目を凝らすと隣の庭にどんな花が植えられているのかが見える。

 「行方不明の男子の名前は趙暁華。七歳六か月。小学校2年生。家族構成は比較的単純で、両親と本人、それと家政婦。家政婦は都市部に学生の息子がいて、毎月定期的に休みを取って訪ねに行き、それが今日だったらしい。ああ、すでにアリバイは確認した。父親は午前中は車で出かけ、母親が午後に警察に電話したときまで戻って来なかったと証言してる。事件を聞きつけて戻ってきたらしい。家で息子を見ていたのは、母親一人だった」

 そう話しながら彼らは被害者宅の玄関まで歩いてきた。周囲はイエローテープで貼りめぐされている。おそらく鑑識も何も目ぼしいものは見つけられなかったのか、最後の仕上げをしているようだった。

 別荘の中庭の扉と門が開いていて、リビングの家具や、人がいるのが見えた。困惑した中年の男性がぐるぐる歩き回り、ソファの上の女性が泣き崩れそうになり、それに付き添う婦警が黎永皓の方を見て、なす術もないと言わんばかりに肩をすくめた。

 その小さな別荘には正面玄関が二つあり、玄関を入ると居間だ。裏庭は少し低くなっていて地下の裏口と繋がっている。二階建てプラス屋根裏部屋の構造だ。屋根裏には大きなテラスがあり、日当たりのいい書斎にリフォームされていて、日傘、雑誌、茶器などが片付けられないまま置きっぱなしになっている。

 「当時、趙暁華の母親がそのテラスにいたらしい。実際そこで試してみたところ、テラスからは家の周りがほとんど見渡せて、何が起こったのかも分かる」
 黎永皓は頭をあげて陸翊を指差した。

 「俺がこんなに説明してんだから、ちょっとは質問してくれてもいいんだが?」
 陸翊は黎永皓を一瞥するだけだった。

 黎永皓は襟首を掴んだ。
 「なあ!」
 「ああ、それなら」
 陸翊はついに考えざるを得ず、面倒臭そうに手を伸ばして隣家を指差した。

 「そのとき、あの家には誰かいたのか?」
 「ああ」
 黎永皓は満足げに陸翊の襟首を放し、道端の反射板に向かって髪を整えると説明しだした。

 「誰か、というより、重要な証人がいた。俺がお前にここに来させたのは、その隣人と話をするのに手伝って欲しいからなんだ。俺たちだと埒があかなくてさ」
 陸翊が眉を顰めた。
 「その人がここに……」

 黎永皓は自分のこめかみを指差した。
 「ちょっと普通じゃなくてな。攻撃的ではないんだが、治療を受けている。事件当日、たまたま午後、彼の精神科医が往診に来て、二人は庭に小さなテーブルを置いて話しをしていたそうだ。精神科医によると、向かいの家の男の子が昼過ぎに中庭で遊んでいて、しばらくすると姿が見えなかったが、特に気にせず、どこかに行ったんだろうと思っていたらしい。午後四時頃になって帰ろうとしたら、子どもの母親が心配そうに『子どもを見なかったか』と聞いてきたそうだ」

 陸翊の目がようやく醒めたようだ。
 「それはつまり、隣人を容疑者から排除できるということか?」 
 一瞬目を丸くした陸翊が自発的に質問を投げかけた。

 「基本的には、そうなる」
 黎永皓が頷いた。

 「だが、ワンパク小僧が外で暴れる以外は、彼らの近所付き合いはかなり良かったそうだ。隣の秦さんは頭がちょっとイカれてるが、暴行癖や小児性愛の前歴はない。しかも秦さんと精神科医の二人とも、その間誰も家に出入りしてないと互いに証言してる。母親はちょっと錯乱してるが、その証言は取れてる」

 陸翊は視界の隅で隣の家を見た。
 「彼女は隣人とその客がずっと庭にいるのは知っていたのに、自分の子どもが消えた時は気づかなかったのか?」

 「あの女はかなりどうかしてるだって言ったろう?」
 黎永皓が続ける。 
 「まあ……会えばわかる。なんていうか、アレなんだ。午後に来た医者は若くてシュッとしてるから、趙夫人は目がお花畑になってたんだろうな。子育てなんかには興味がなさそうで、全く、そんな人生だから子どもがどうなろうと関係ないのかね」

 陸翊は「ふうん」と相槌を打つだけで、頭の中は考え事をしてるのか、はたまた何を考えているのか、またわからない。

 「おい」黎永皓は耳をパチパチと叩いた。
 「俺はお前に話してんだから、勝手にオフラインするんじゃねえ」

 陸翊の瞳孔は再び収縮し、真剣な顔つきで、静かに言った。
 「通信を受け取りました、人類」(※1)

 黎永皓は説明しつづけた。
 「実はもう一つ不可解なことがあるんだ。監視カメラの映像には、少しも怪しいところがなかった。これは偶然か?あるいは作為的か?もし容疑者がわざとカメラを避けたんなら、どのカメラが動いてて、どのカメラが故障中なのか、知ってるってことだろ?」

 陸翊はちょっと思った。黎永皓は自分を王様の耳はロバの耳!と叫ぶための(※2)樹の虚(うろ)として利用しているだけで、自分のリアクションなど必要ないのだ。ならば虚は虚らしく、忠実に「ふうん」とだけ相槌を打った。

 「それでいま、二つの案がある。一つは両親の社会的関係を調べること。もう一つはこの地域の警備員の犯罪記録を調べることだ。それでもし……」

 陸翊はなんとか頑張って彼の話を聞きながら、意識の片隅で行方不明の子の隣人のことを考え、ルームメイトの話を遮った。

 「その隣人と、彼の病気について相談してもいいかな?」

 「……」黎永皓はしばらくしてから返事をした。
 「ああ、だが、証人と意思疎通するためにお前の手を借りたいってことは覚えておいてくれよ」

 陸翊はすぐに言い方を変えた。
 「うん、目撃者と、事件の経緯について話したいんだ」

※1「我接到你的来電了、人類」 ここ何か引用なのか、分かりませんでした。
※2 補足のため原文に加筆


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