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「狗」Ch.4 by Priest(翻訳)

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※誤訳、意訳あります。
※晋江文学城で無料公開されているP先生の作品の素人翻訳です。
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  夜を徹しての捜査にも関わらず、何も成果は得られなかった。
 「趙さんにお聞きしたいことがあります」
 趙家ではまだ捜査が続いている。黎永皓は趙社長邸の暖炉に寄りかかり、徹夜の顔に朝日を浴びながら訪ねた。
 「昨日の午後は不在でしたが、どこにいて、誰といたか、お聞かせ願えますか?」

 失踪した趙暁華の父親、趙立書は茫然としながら返答した。
 「昨日は会社にいて……」
 「そうですかね?」
 黎永皓は冷徹に言葉を遮った。
 「えー、ようくお考えになった方がいいのでは?」

 陸翊はちらりと黎永皓を見た。このもってまわったような口調は、テレビドラマの特殊工作員のつもりなのか。往年の役者のように(※1)スバラシイ。

 「いいえ、本当に会社にいましたが」
 趙立書は夜通しの捜査に怯え、疲労困憊していた。そう返答しながら、彼は鼻梁を軽く擦った。
 「秘書が証言してくれますから、彼女に確認してください」
 「秘書?」
 黎永皓は聞き返した。彼の口から出ると、「秘書」とはなぜか淫靡な言葉に聞こえる。

 趙立書は携帯電話の連絡先を差し示した。
 「ええ、これが彼女の番号です」
 「あいにくですが、この陳さんはあなたの証人にはなれないと思いますね」
 黎永皓は遠慮なく彼を遮った。
 「あなたと彼女の私的な関係は、議論の余地がありますから」

 趙立書の顔色が一変した。

 またその言葉に、突然息を吹き返した人がいた。息も絶え絶えになっていた趙夫人は、警察の前で猫を被るのをやめ(※2) 猛虎のように血のように赤い爪を光らせ、その顔を切り裂かんばかりに(※3)雷のような速さで夫にくってかかった。
 「あなた!あなたのせいでしょう!あの恥知らずの泥棒猫が!あなたとその女のせいで、あの子がこんな目に!」 

 趙夫人は演技過剰で、笑ったり泣いたりの一つひとつが仰々しい。(※4)

 趙立書は警察の前でこの気の触れた妻を引きずり回すような無粋はせず、仕方なしに趙夫人の手首を掴んでいなした。
 「一体どうしたんだ?ちょっと君、おかしいぞ」

 趙夫人の泣き腫らした赤い目の、かつての哀れな貴婦人の姿はどこかへ消え去った。瞬く間に趙立書の顔にいくつかのミミズ腫れのような痕が浮き上がり、まるで豪華絢爛、春うららといったところだ。(※5)

 黎永皓はちょっとだけこのハートウォーミングなファミリードラマの続きを見てみたかったが、行方不明の子どもが生死不明のまま、被害者の家族が上演することを放っておくわけにはいかず、隣の婦警に「ほら、何をしてるんだ。引き離したまえよ」と軽く咳払いをした。

 夢から醒めたようにはっとした婦警は、「なんで私が」と上司をひどく軽蔑する視線で睨みつけた。

 婦警はタイミングを見計らってえいやっと踏み出し、女性同士である利点を活かして趙夫人の腰を抱き抱え、この気が触れた女を引き剥がしたのである。この狂女は眼窩から飛び出そうなほど目玉を剥いて見開き、顎を突き出しながら夫を睨みつけていた。

 彼女は趙立書を指差して罵った。
 「ねえ、刑事さん、捜査するまでもないわ。道徳的に堕落したのは私の夫。外では愛人と乱れた男女関係を楽しんでるのよ!私のあの子を連れ去ったのは、あいつとあの売女に違いないわ!私のために正義を取り戻してください!」

 趙立書は狼狽して自分のコートを振りながら、激怒した。
 「ここは私の家なんだぞ。私の家、行方不明になったのは自分の息子だ。なんでわざわざ、わが子を誘拐する必要があるんだ!むしろ君の方が、盗人猛々しいってやつじゃないか!息子が庭で遊んでいたときに目の届くところにいたんだから、君の監督不行届きだろうが!子どもが行方不明だ?君の品行を知らないとでも思ってくれるな!ハンサムな男が来たらすぐ媚を売るんだからな。大方、隣の王医師にでも夢中になってたんだろう。いますぐ離婚訴訟を起こして、君の親権を剥奪してやろうか?どうだ?」

 趙夫人は必死で婦警の手を振り解き、その趙立書に再び襲い掛かり、三百回打ちまくり、さらにおかわりとばかりに三百回追加でお見舞いした。(※6)

 「もういい!」
 黎永皓が一喝し、趙立書の方を振り向いた。
 「趙さん、奥さんから聞いたんですが、あなたと秘書との不倫関係の話は、確かですか?」

 趙立書は痺れを切らして口を開いた。顔には青あざが、緑、赤、青と変化している。ソファにソファに座り込み、両手で顔を覆った。それからしばらくして、力なく頷いた。
 「実は私たちは……」

 黎永皓は手を上げて彼の話を中断し、素早く同僚に電話をかけた。
 「陳萍を調べろ。令状を取って家に行け。彼女がいたら任意で引っ張って来い。それから不動産屋に防犯カメラの録画を提出させて、陳萍の姿が映っていないか調べろ」

 趙立書は膝から崩れ落ちた。

 「趙さん、息子さんのために、よく考えてから私の質問にお答えください。あなたたちの特別な関係からみて、陳萍が息子さんを誘拐する動機があったと思いますか?昨日の午後、1時から4時までの間、どこにいたんです?ずっと陳萍と一緒でしたか?」 

 趙立書は何も言えずにいたが、夫人が冷ややかに笑った。
 「言えないんでしょう?黎隊長、あなたはご存じないでしょうけど、この人がプライベートでどれだけ手汚いか、知れたものではないわ。この人が陳萍一人だけを囲っているとお思い?」

 爪の伸びた指が髪に食い込み、自分の長い髪を無造作に何本か引き抜くと、乱れたヘアスタイルを残酷なまでに整え、姿勢を正して貴婦人らしい姿を取り戻した。
 その全容はまるでドラマのようだ。感情の変化が起伏に富み、何とも見応えがある。

 「あの陳萍って女は、アタマおかしいのよ」
 趙夫人は医者の不養生のようなプロ意識で鑑定し始めた。
 「私、何回か外で会ったことがありますが、いつみてもコソコソして、、いわゆる『仕事のために来ました』って素振りをするのよ。夫の送り迎えをすることもあって、近所の警備員はみんな彼女のことを知っているから、もし社用車を運転していたとしても、気に止めなかったと思うわ。きっとあの女が、息子を誘拐したのよ。私たち家族を不幸な目に遭わせてやろうって。ありえないわ!」

 「そうなんですか?趙さん?」
 黎永皓は趙立書へ視線を向けた。

 趙立書は顔面蒼白でしばらく黙っていたが、しぶしぶ頷いて虚しく説明した。
 「もし……私と陳萍とを不適切な関係と言うのであれば、少し、一線を越えたことは認めます。しかしこのこととは別です。昨日、私は臨時的に、別の人と少し話しただけです。あまり説明はしたくないんですが……その……」

 「趙さん、仕事のことで奥さんに説明できないことはないでしょう」
 黎永皓は口を挟んだ。
 「当然、我々もそんなことに関心があるわけではありません。ただ、二つの質問にお答えください。一つ、昨日の午後1時から4時まで、あなたは陳萍と一緒でしたか?二つ、彼女が頻繁に近所をうろついていることについて何かご存知ですか?ポイントは、彼女にあなたの息子を誘拐する動機があったかどうかです」

 趙立書は立ち止まり、躊躇いがちに頭を振り、両手で顔を覆った。
 「私には分からない……」

 「分かりました」
 黎永皓は携帯電話を取り出した。
 「今から全力で陳萍を探し出せ——ロブ、行くぞ!」
 

※1 原文「韻を踏んだ詩文のように素晴らしい」
※2 「装鶉鶉」?
※3 「九阴白骨爪」=金庸の武侠小説の技
※4 「此时泼妇扮相本色出演,更加精准到位」(アバズレ女は本来の面目通りに出演し、さらにその精度をあげた?分からないので割愛)
※5  「奼紫嫣紅又一春」という詩がある???
※6 「三碗不过岗」(水滸伝)峠の茶屋で三杯飲めば山越えできない、という看板を掲げる店があった。男は三杯飲み干した。さらに三杯追加で頼んだところ、店員が「度数が強くておすすめしません」と言うが、男は気にせず飲み干した(中文の説明を見たので誤訳しているかもしれません)ことから、腕っぷしに自信があり、お代わりすることとして意訳。

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