家族という難問を考える【ヤクザと家族 The Family】映画感想

ヤクザと家族を見ました。理由はヤクザの綾野剛が見たかったからです。
きっかけは『カラオケ行こ!』を鑑賞したことでした。

「綾野剛ともなるとヤクザが堂に入ってますなぁ」と思っていたのですが、なんとヤクザ役は2回目とのこと(嘘でしょ?)

なにはともあれ、ヤーさん役の綾野氏を片っ端から見てやろうと思っていたのでこれ幸いと「ヤクザと家族」の鑑賞を決めました。
(というか綾野氏の芝居に飢えて「怒り」と「MIU404」も見ました)

結果部屋でひとり号泣することと相成りましたので、その気持ちを徒然なるままに書いてみようかな、と思いPCを立ち上げています。


前半の感想

全体として「家族って何だろう」という気持ちが想起される作品ですが、始めに一つの答えとして「帰る場所」が提示されているように思います。
父を亡くし、仲間はいても一人だった山本が新たに父を得るシーンはとても印象的でした。
自分の頑張りを認め、「行くとこあんのか」と気にかけてくれる存在に心をあずける様子、その心の動きがありありと分かる場面だと思います。

あと親子血縁杯の儀式のところ、よくわかんないけどめっちゃ興奮しました。
すっげーよくね?(語彙力↓)

由香に出会うところもすごく良かった。
怖じ気づかず、媚びもしない由香はどんなに特異な存在だったでしょう。
山本の純粋さというか、幼稚さというか、由香を前にしたときだけ表れる表情も愛らしかったです。

その後の展開では「どうしたら良かったんだろう」とずっと思いながら鑑賞していました。

面子もあるだろう、義理人情もあるだろう。でも抗争はできないし、法もある。
反社会勢力である時点でどうしようもないことばかり。

本当に暗澹たる気持ちで暗転を迎えました。

後半の感想


ずーーーーっと「どうしたらいいん???」
ささやかな幸せの日々パートは救いである一方で、その後が辛すぎる。

あと私はポンコツなので翼のタトゥーを見ても翼くんだと気づけなかった。悲しいです。

もう、あらゆる言葉が軽薄になりそうなので、どうしても書きたいところだけ。

ラストシーン、磯村勇斗氏の目の芝居がめちゃくちゃ良かった。
感情の波が視線と表情とで全て表れている。
余計なセリフを入れなかった脚本も素晴らしいと思います。役者への信頼ですね。
「少し話そっか」で引くほど泣きました。

あとガチの蛇足ですが、山本の留守電そんな長く入るかな、大丈夫かな?って心配になってました。
映画に集中してほしいですね自分。

全体の感想


頭を撫でること、抱きしめることがとても印象的な使われ方をしていたな、と思います。
尊敬や親愛のきっかけ、言ってみれば家族になる儀式としてスキンシップが用いられているのではないかと感じました。

また、「家族とはなんだろう」ということをたくさん考えさせられた作品でした。
そして愛に溢れた作品だと思いました。

愛するから、家族だから、大切に思い、手放し、傷ついてしまう。
そういった、ある種普遍的な物語なのではないかと感じました。

millennium parade/FAMILIA の感想

 

「そうだ、ヤクザと家族見よう」と思ったときに、とりあえず曲からと思ってYouTubeを開いたのですが、瞬時に「これは見てからのやつ!!」と感じてブラウザバックしました。正解。

磯村氏のおかげで号泣していた私に追い打ちをかけた作品がこちらです。

その人の人生を振り返る瞬間って結婚式か葬式か、と言われていますが、やっぱり葬式は故人がどんな人だったかで大分変わる気がします。

心から悼み、思いをはせる人がいるかどうかは、その人の生き様に関わっていると思います。
だからこそ、葬列が見えたとき本当に胸がいっぱいになってしまいました。

細野が若かったり、翼が黒髪だったりと、「山本の心象風景なのかな?」という気持ちもあるのですが、それでも彼の死を悼む人が多くいることに、どうしようもない感傷に浸ってしまいます。

ヤクザ映画へのスタンス

駄文をつらつらと書いてきましたが、わたしは「ヤクザ」という存在を完全に否定的に捉えていることをお伝えしておきたいと思います。

ヤクザはある意味でセーフティーネット的な役割を担ってきたのでしょうが、昨今ではそれも難しいでしょう。「カタギには手を出さないのがヤクザだ」なんて言説はファンタジーの領分です。

一方で、社会の隙間でもがいている人がいる、ということも純然たる事実です。
わたしは、その人を救うのは福祉であるべきだと思っています。

社会には綺麗も汚いも必要、という話は詭弁ではないかと思います。福祉は美しい夢物語ではありません。

福祉とは「お前はこう生きろ」と。あるいは「自分はこう生きるしかない」と、そういうしがらみから抜け出そうと必死に叫んできた人の声が形になったものだと思っています。

今はセーフティーネットをもっと広げようと、網目を細かくしようとしている真っ最中です。
「社会には暗いところも必要だよね」という結論に至るには早すぎる、わたしはそう考えています。

ヤクザを取り扱う作品に心から感動し、人間の営みを礼賛することと、現実の反社会勢力を混同することを、わたしはしません。

「ヤクザと家族」という映画に感動した気持ちも本物ですし、現実の反社は全く支持できないという気持ちも本物だということをここに記しておきたいと思います。

最後に


なんか小難しいことを書いてしまいましたが、総括すると「ヤクザと家族ってすっげー最高の映画じゃん……」ということです。
苦しくて辛くて悲しいのに、こんなにも愛しい。
家族という単位は実に多様な解釈と実態をもつ不思議なものです。
だからこそ、創作は何度も家族というテーマを語り続けているのかもしれません。

この映画に出会えて本当に良かったです。

あと、もし他にもヤクザの綾野剛を隠し持っている人がいたら今すぐ教えてください。

以上、お付き合いいただきありがとうございました!


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