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『キバの唄』第2話 正体

「キバの唄っ!?」
「ばっ…!声が大きい…っ!」

突然声量を上げた仲間の肩を、少女は、反射的に小突いていた。
小突かれたほうは、ここぞとばかりに大袈裟に肩を押さえて痛がってみせ、彼女を睨む。

「ってぇ…!んだよ、暴力反対!キーリール!見ただろ?今の!ひどくない!?」
「悪い。銃の手入れしてたから見てなかった。」
「はぁっ!?」

実際に銃の手入れをしている仲間に、少年もそれ以上巻き込むことができないと悟り舌打ちする。顔を上げると、にまりと勝ち誇った笑顔を浮かべる暴力の根源と目が合った。溜息をつく。

「ミカ。残念。諦めな。」
「くっそー!んだよ、だって気になるだろ!自分たちのことが唄になってんだぜ?やばくない?正体ちゃんと隠してんのにさぁ!」
「だから、もっと声のトーンを落とせって言ってんだよ。カシラは。」

今度はキリルに武器の手入れに使っていた細い金属の棒で小突かれ、ミカ―ミハイルはキリルの棒を掴み、反撃しようとする。

「その唄に、具体的な描写はないよ。」

その反撃を制止するような凛とした声で、少女が言い放つ。
ミカも「え…」と思わず動きを止めた。その間にキリルに棒を奪い返され、悔しがっている。

「でも、確かに俺らの行動が噂されるのは不本意だな。」

別の銃に手を伸ばし、キリルはゆっくりと解体しながら呟いた。少女も頷いて理解を示す。
自分たちの目的の為には、正体は可能な限り隠す必要がある。しかし、それには限界があることも少女は理解していた。
善意、悪意に関わらず、自分以外の人間の行動を完全に制することなど不可能だ。

「本意じゃないのは『正義の狼』とも言われてること。」
「え…?」
「これさ、絶対ミカが調子乗って狼の声真似するからだと思うんだよね…」

ぎくりと顔を強張らせるミハイルをわざと冷たく横目に睨み、少女は悪戯に笑う。

「今度やったら稽古時間、2倍に増やす。」

がくんと肩を落とすミハイルに、満足げにほほ笑むと少女はぐびっと持っていた器を傾けて街で仕入れた生姜の欠片の入った炭酸飲料を一気に飲み干した。
彼らに特定の住まいは無い。
一定期間過ごすと、痕跡を完全に消して移動する。今は、森奥にある集落のはずれにあった持ち主のいない古民家に全員で一緒に暮らしていた。

「あ、レオ帰ってきた…!エルも!」

居心地の悪い思いをしていたミハイルは、今日の調達係である二人の姿を窓の外に確認するなり飛び上がって入口へ駆け出した。

「おかえり!どうだった?」

待ちきれずにミハイルが出迎えて質問すると、レオ―レオニードが食料の入った紙袋をミハイルの頭上に乗せて別室へ黙々と消えていく。一方的に置かれた大きな紙袋を慌てて押さえ、文句を言いながら中身を片付けるミハイルを尻目に、少女がエル―ガブリエルに向き直る。

「エル。収穫は?」
「うん。キリル、カーテンも閉めてもらえる?」

ガブリエルは、この集団のなかで最も中性的な顔立ちで、その柔和な雰囲気と整った顔立ちでは街中に行くと目立つため、普段は日中の買い出しには殆ど参加しない。
しかし、今日は特別だった。その街の情報は、そこで生活する者たちに直接聞くに限る。
どんなに警戒心の強い者でも、ガブリエルは懐柔してしまう。
少女は、彼が腰を下ろすなり「で、結果は?」と性急に尋ねた。
ガブリエルは得意満面に少女のほうに顔を向けて頷いて見せる。

「まっくろ!大当たりだよ、カシラ。」

キリルは、手入れの済んだ銃を丁寧に片付けると再び腰を下ろし、ガブリエルの話に耳を傾けた。

「この街を仕切っているのはルシアン帝国に忠誠を誓った者で間違いないね。でも、うまく隠してるんだ。ここ数年で王国軍の取り締まりや警察機関の取り調べには一回も引っ掛かった事がないらしい。それ以上は、ガードが固くて。」

ガブリエルの言葉に、すぐにキリルが首を傾げる。

「おかしいな…王国軍の警備体制は抜け目ない。それに取り仕切ってるのは、あのキース宰相だぞ?見落とすとは思えない。」

「そう。僕もそう思ったから、レオに連絡して確認してもらった♪」

ヒュッと高音の口笛をミハイルが吹く。隣に座っていたキリルが「茶化すな」と冷たい視線を送って釘を刺した。別室から戻ってきたレオニードが部屋が完全に閉ざされているのを素早く確認するなり、タブレットを全員に見せる。画面には、現在のオルカラド王国の王国軍関係者と王族の写真が並んでいた。

「簡単だ。王国軍の取り締まり対象外にされていたか、実施済として処理され回避していたか、そのどちらかだろう。」

ガブリエルは、レオニードの言葉に深く頷いて見せ、タブレットに映し出された王国軍の面々を細い指でなぞりながらキラリと目を悪戯に光らせる。

「そう。問題は誰が、その"協力者"なのかってこと。」

質素な仮の住まいに流れる静けさを破ったのは、少女だった。

「まず、ルシアンの息が掛かってるなら、そこをマークしよう。エル、一日でよくやったよ。ありがと。」
「カシラ」
「ん…」

少女が視線を上げてガブリエルを捉えたとき、彼は華やかにほほ笑み、口を開いた。
「ひとつ、気になるイベントがあったよ。」
「えっイベント?」
ミハイルが楽しそうに声を上げる。全員がガブリエルに注目するなかで、彼が取り出した紙面の文面に目を奪われる。くすりと笑うガブリエルに、キリルが尋ねる。

「ポーカー?」
「うん。今夜、その施設内にある賭場で会員限定のポーカー大会があるみたい。これ、かなり物騒だと思わない?」

キリルが果物の皮を器用に剥きながら、首を傾げる。

「別にこの地域じゃよくある娯楽だろ。それに、この地域だと賭け事は違法じゃない。」
「いいから。よく見て。主催者のな、ま、え♪」

全員が、ガブリエルの指し示した文字を覗き込んだ。


オルカラド王国ゴルバス地方のはずれにある街角のバー。
日が完全に暮れると、一層冷えた空気が漂い始める。
表からでは質素な、よくある酒場にも見える作りの施設だが、続々と高級車が停車しては、次から次へと高級スーツに身を包んだ男たちが警備の黒服男達のチェックを受けて店の奥へと入っていく。
ガブリエルの仕入れた店の平面図や設備図など建物内の情報は全員が暗記済みだが、念のため既にガブリエルは先に潜入していた。

「次のやつで最後だな…」

愉快そうに呟くミハイルをレオニードが小突く。
彼らは、道路を挟んだ向かい側の一室から無人を装って監視していた。

「おい。ミカ、気を引き締めろ。これは…」
「分かってるって…!」

レオニードの小言を遮り、武器の位置や装備を確認するなり、ミハイルは早々に立ち上がる。落ち着きなく眼下に捉えた店前に立つ黒服に身を包んだ男たちの様子に溜息をついた。

「レオの見立てはちゃんと分かってるって。でもさぁ、こんだけ奥広で出入口一つってのがさぁ、少しめんど…」

バキッ…ッ!

「っ痛ぇ!」
「うるさい。少しは集中しろ。エルが中にいるんだぞ。」
「ほーい…」

真顔で佇むキリルの一言に、さすがに黙り込む。

「時間になった。エルから連絡は?」

レオニードは何も受信しない小型の通信機を見せ、首を振った。
全員が顔を見合わすなか、少女が、瞳の奥を揺らして静かに告げる。

「いくよ」


口内に溜まった唾液混じりの血を吐く。頭も痛い。
黒服の男達に両脇をそれぞれ抱え上げられ、強制的に立たされた。
後ろ手に手錠をかけられたまま一方的に殴られた顔や体は、カシラに昔食らった一発に比べたら全然大したことはない。
ここまで殴られても物足りなさまで感じるなんて、俺は、相当ドМの素質がある。

「お前には、がっかりだぜぇ…ココちゃんよぉ…」
「へへ…顔だけはやめて欲しかったんだけどなぁ…僕、お母さんに怒られちゃう。」
「てっめぇ…!」

今度は腹に一発。

「やっぱり、罠だったんだね。僕たちが助けた人の名前を主催者に使うなんてさ。」
「なにヘラヘラしてんだよ!気持ち悪ぃな。もう一発食らいてぇのか!」

そりゃ、笑うさ。お前ら、何も分かってないから。

「良かった。アナトールが無事なら、それでいい。」

俺は、それだけが気になってたから。やつがまた無様に悪いやつに利用されるのだけは嫌だった。
罠でも、俺はどうしても確認しておきたかった。
カシラ達は、そんな俺のわがままを難なく呑んでくれたんだ。

ぱつんぱつんの白いストライプ柄のスーツを着た中年男が黒服の男たちの間から悠々と登場し、人のことを舐めるように一瞥して鼻で笑う。不快な視線だ。

「お前、男がいけるのか?」
「んーーどうだろうね?どっちがいい?」

ふらりと笑って、ひらりと適当にごまかすと、腕を掴んでいた両脇の男達が更に力を込めて俺を跪かせようとしたので、もがいて抵抗した。

「生意気だが…使い道は多そうだ。連れていけ。キバのことを吐かせろ。体はこれ以上傷つけるなよ、薬を使え。」

頷いた男達が、俺をどこかへ引き摺って行こうとする。されるがまま、引き摺られながら笑い返した。出入口が一つしかない施設で、最奥のこの部屋は、袋小路と一緒だ。逃げ道なんてない。

「キバなんていないよ。あれは、ただの噂話。」
「あ…?今なんて…」

ぴたりと男達の足が止まる。説明しろ、という顔。

「だって…僕が知ってる人たちはね…」

200メートル先でパリンとガラスの割れる音がした。男達はまだ気が付いていない。
お前達なんて何も怖くない。俺には、仲間がいるんだ。


「もっと、恐ろしいから」


バッ…ンッ!!!ガシャンッ!ガシャッ…ン!
ガシャ……アンッ!!!

突如、凄まじい爆発音が天井から響いて、自分の目の前に、低い天井が天井裏の空調機器の配管ごと崩れ落ちてきた。ストライプスーツの男や取り巻きの黒服男達も、突然のことに頭を隠しながら崩落した天井から逃げるようにその場を離れた。

胸が高鳴る。
土埃と火薬混じりの白煙が部屋に充満するなか、その人は、いつもと変わることなく、凛とした佇まいで立っていた。

「遅い。どれだけ待たせるんだよ。」

自分が良いものと信じる作品作りを心がけています。妥協はしません。夢に向けて多方面でグレードアップ中です。応援、宜しくお願いします。