『そのとき日本は何人養える?』への築論(1)

はじめに

先日出版された@ShinShinoharaさんの『そのとき日本は何人養える?』を読みまして、少し感想めいたものと、特にエネルギーについて何点か「築論」を試みたいと思いまして久しぶりに更新します。

私自身は主にエネルギーと気候変動を主戦場にしていまして、それゆえに持続可能な社会のあり方にずっと関心を寄せています。

日本に関して、食料自給率が低いことは問題意識として持ってはいましたが、それほど掘り下げて理解してはいなかったので、その点で本書によって大いに理解を進めてもらえました。

「日本は結局、3000万人以上の人口を食料やエネルギーの輸入なしに養えた歴史がありません」という指摘は非常に重要だと思います。

産業革命以降、あるいはハーバー・ボッシュ法以降、農業による食料生産の効率(単位面積あたりの収量)は飛躍的に向上しましたが、同時にエネルギー集約的になり、現在では投入したエネルギーの半分程度しか食糧として収穫できないといいます(コメの例)。

国土が狭い日本で1億人前後の人口を維持するためにはエネルギー集約的な農業を行うほかなく、本書で提起されている「エネルギーベース自給率」を向上させるためには、そもそもエネルギー自給率を向上させる必要があると理解しました。

そこで本書では化石燃料以外のエネルギー供給手段として再エネが取り上げられていますが、本書での再エネに関する議論はやや不十分で、最新の知見や情報で発展させる余地がありそうです。

そこで本稿以降では、
・本書で取り上げられている電気自動車の開発に関する3つの論点それぞれについて補足的な視点・情報の提供を行う
・本書で取り上げられていない視点から化石燃料依存からの脱却(≒脱炭素化)について情報提供を行う
ことをそれぞれ試みてみたいと思います。

1つの論点だけで思ったより長くなってしまったので、論点ごとに分けて記事にしようと思います。
本稿では輸送分野での電池開発の必要性、あるいは現在の輸送分野の電化の進捗状況について取り上げます。

輸送分野での電池開発の必要性

本書では石油とくらべて既存の電池のエネルギー密度が低く、自動車などの輸送分野で自然エネルギーが化石燃料を完全に代替するためには、現存するよりも遥かに「軽くて大容量の電池」が必要だといいます。
本当にそうでしょうか。

乗用車

乗用車に関してはすでに多くのメーカーが電気自動車を開発、販売しており、現存の蓄電池でさしあたり必要な性能は満たしていると考えてよいでしょう。
航続距離や充電時間に関する懸念も予想されますが、一般的な利用方法では気にならないと思います(詳しくはこちらのEVのFAQ、11ページ以降をご覧ください)。

路線バス

路線バスについてもすでに蓄電池のみを搭載した電動バスは実用化、商用販売されており、実際に稼働している地域もあります(例えばこちらのnote「ドイツの電気バス事情」をご参照ください)。
こちらもやはり、現存の蓄電池でさしあたり必要な性能は満たしていると考えてよいでしょう。

運送用のトラック

トラックについては、近距離用の配送トラックのようなものについては蓄電池の性能について一般の乗用車とそれほど大きく違わないと考えられますので、問題ないでしょう。
電気のみでの稼働を考えたとき、課題があると思われるのは長距離輸送用のトラックです。
これについては確かに他の自動車より蓄電池のみをエネルギー源とするのはハードルが高いようですが、その場合には燃料電池車という選択肢もあります。
燃料電池車は水素と酸素を化学反応させて得た電気でモーターを動かして走行するもので、電気を直接電池に貯めておくのではなく、水素の形で貯めておく点が電気自動車と異なります。
エネルギーを水素の形で貯めておくため、重量あたりのエネルギー密度は蓄電池より高く(蓄電池より燃料タンクが軽い)、燃料の補給も充電ではなく水素を直接充填すればよいので短い時間で済み、長距離輸送では電気自動車より優位な面があります。
水素は水の電気分解で製造できますので、エネルギー効率は落ちるものの、自然エネルギーから生産することが可能です。
商用トラックについてはこちらのリンク先にあるように、メーカーによって電気自動車に注力するところと燃料電池車に注力するところに分かれているようですが、電気自動車以外の選択肢もあることは押さえておいた方がよいと思います。

飛行機(航空輸送)

飛行機の電化が難しいのは本書での指摘の通りだと思います。
脱炭素社会のビジョンでは、飛行機に関して電化を想定することはあまりなく、ほとんどの場合、化石燃料を合成燃料で代替することを想定しています。
飛行機用の合成燃料(バイオジェット燃料)についてはすでに実用化されたものもあります。
合成燃料で国内、あるいは世界の航空輸送に必要なエネルギーをどのようにまかなうか、それが飛行機の電化より(技術的、社会的、金銭的)に難しいかどうかは検討が必要ですが、トラックと同様に電化以外の選択肢があることは認識しておいた方がよいと思います。

農業用機械

農業用機械について、特に大型でパワーが必要なものについては本書で指摘されている通り電化は難しいと考えられているようです。
ただしその場合も長距離輸送用のトラックと同様に燃料電池という選択肢はありうるでしょう。

まとめ

様々な面で今後も電池について技術開発が行われ、効率のよい、便利な、移動・運送手段が今後も発展していくことが望ましい未来だと思います。
ただし、脱化石燃料のためには必ずしも「夢のような」飛躍的な発展がどうしても必要というわけではなく、現存の技術でも輸送分野のかなりの割合を脱化石燃料化(自然エネルギー化)できそうです。

運輸部門のエネルギー利用内訳

ちなみに国内の運輸部門におけるエネルギー利用の内訳を見ると、約88%が自動車(旅客自動車、バス、二輪車、貨物自動車)となっています。
貨物自動車のうち長距離輸送用のトラックがどのくらいかは分かりませんが、仮に半分が長距離輸送用で電化が難しいとしても、運輸部門の70%くらいは電化できる計算になります。

次回予告

次回は輸送分野で必要な電力の供給について取り上げたいと思います。
要旨としては「輸送分野で必要な電力は、電化が進んでも全体から見ればそれほど大きくない」「輸送分野だけでなく、産業分野も含めて脱化石燃料化(≒電化)が進み、国内の電力需要が増加したとしても、国内の自然エネルギーだけで電力需要を十分まかなえるだけのポテンシャルがある」といったことになりそうです。
詳しい根拠、データ等はまた記事中でご紹介します。
よろしければ引き続きおつきあいください。

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