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『天間荘の三姉妹』 忘れない、ということ

三姉妹と寺島しのぶ、そして永瀬正敏の配役しか知らないで鑑賞するという態度だと、いきなり柴咲コウが出てきてそれで十分驚きなのに、さらに驚かされる設定を主人公のたまえに告げる。そういう映画だとは思いもせず、イズコがたまえに「まだよくわからないと思うけど、そのうち理解するようになるから」と言うのは、観客にも向けられたものだ。

原作の世界観も知らないまま、謎は謎のままというのは別に珍しい映画体験でもないので気にならない。主人公が異世界に、ということでわかりやすいのはジブリのアレ。しかしこの物語でユニークなのは家族のことだろう。現世で孤独だったたまえが天間荘という異世界で腹違いの姉と父親の前妻と暮らす、という状況のハードさも加わって緊張感も出てくる。
下手をすると「スピリチュアル」な作品になりそうで、頼むからそっちには行って欲しく無いと思いながら観ていた。もちろん杞憂に終わるわけで、今作は「あの重大な災害が背景にある」ことを抜きにしても、十分に家族や女性たちの物語として強度がある。それは俳優陣の確かさが寄与していると思える。

のん、門脇麦、大島優子という三姉妹のアンサンブルも期待以上で、特に多くの時間で2人のシーンがあったのんと門脇のやりとりは見どころと言える。さらにイルカの調教や「競演」まであって、そこも楽しい。調べると原作のかなえは旅館の板前で、そこは映画的な配慮でもって良い改変がなされたということだ。2013年8月から翌年にかけて連載された原作マンガは、まさに放送中だった『あまちゃん』の影響下にあって、たまえは当時の能年玲奈をイメージして描かれたというから、のんの配役は必然だし、彼女にしか担えないものになっている。ちなみにのんをイメージしたというたまえよりも、のぞみと大島優子の方が似ているのはちょっと面白い。

そういうタイムラインを自覚するようにのんは天間荘で天真爛漫に振る舞う。あえてアキに寄せているのだし、どうやら本人の意向で当初の脚本と違うキャラクターにして、原作にも寄せた。おそらく脚本では全体を見渡しての判断で控えめな人物にしていたのだろう。だからこのたまえは共演時の三田佳子にも心配されるほど複雑なキャラクターになった。いい度胸してるなと思うし、俳優の資質として重要なところではないだろうか。

天間荘での元気なたまえは事故にあう前の彼女と違うわけで、時折見せる暗い表情が孤独だった頃の素の人格だろう。そこは涙を誘うものだが、あまり暗いトーンにならないのが今作のメッセージでもあると感じる。
臨死状態の女性たちが現世での痛みを癒し合うというのはとてもユニークなので、受け止めも難しい。しかしこの仕掛けがなければ触れ合うこともなかった。そう思うとこの天間荘のあり方を受け入れられるし、それはイズコの想いなのだ。三ツ瀬のあり方にも区切りをつけなければならず、あたかもたまえはそのために呼ばれたようなもので、「事故は偶然だったのか」とか考えるとキリがないのでやめておく。原作読んだ方がいいのかな。

結果的に区切りはつき、現世に戻った女性たちは救われた。こんなに泣いた作品は久しぶりだし、ファンタジーにカテゴライズされるものだとかなり珍しい。長尺の作品で、そこ要るのかと思えるものもありながら、それらもまた「忘れない」というメッセージなのだ。とても優しい作品で良作だなと強く思う。

最後に。あの奇跡的なラストショットの仕上がりは、それだけを繰り返し観たいほどで、どうやって撮ったのか気になって仕方ない。

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