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「負け組」の「愛される」という勝ち方~ハルウララとダンスセイバー~

「負け組の星」

 113戦113連敗。その記録とキュートな名前が話題となり、競馬ファン以外の人々からも日本中で愛された「ハルウララ」

 擬人化されて出演した「ウマ娘プリティーダービー」の大ヒットもあり、その名前は今でも多くの人々から愛されています。


 しかし、実は同じく連敗に次ぐ連敗でハルウララを超える出走数と敗北を重ねる競走馬も少なくありません。それでもハルウララほどの話題と知名度を得ることがないまま陰で走り続ける競走馬たちもいます。


北海道の"負け組"、「ダンスセイバー」

 2020年、ホッカイドウ競馬にてとある記録が樹立されました。

 200戦200敗。

 中央、地方ともに最長連敗記録、更には1勝もせずに走り続けた馬としては最も多い連敗数の記録です。

 その記録を樹立したのは、2011年に生まれ、2021年現在も馬としては高齢の10歳という歳ながら走り続ける、「ダンスセイバー」という牝馬です。

 父は96年菊花賞を制した、サンデーサイレンス産駒の「ダンスインザダーク」。ダンスインザダークはスペシャルウィークでダービーを制した武豊曰く"日本総大将であるスペシャルウィークにとてもよく似ている馬だった"らしく、サンデーサイレンスの後継種牡馬としても期待されていた馬でした。重賞を制する馬を何頭も輩出しており、血統は申し分ありません。

 しかし、血統だけで勝てないのが真剣勝負の競馬の世界。

 ダート馬として2013年5月に門別の新馬戦で8頭中8位の最下位からのデビューという点は、ハルウララと似ています(ハルウララも新馬戦5頭立てで5位からのデビューだった)。

 それからは1度の芝1600出走を除けばダート1000m~1700mのレースをひたすらに走り負け続け、2020年10月20日の門別5Rでは9頭立ての最下位で200連敗という記録を樹立。しかし怪我だけはせずに、現在もホッカイドウ競馬で走り続けています。

 なぜハルウララやダンスセイバーは、たとえ負け続けても走り続けるのでしょうか。


なぜ負け続けても走り続けるのか?

  競馬というのは、負け続ければ生き残ることすらままならない。そんなイメージがあります。それはある意味ではもちろん事実でもあります。

 基本的な話ですが、競馬には毎週末に開催される「中央競馬」と、期間中毎日各地の競馬場で行われる「地方競馬」があり、それぞれに全く違うルールがあります。

 中央競馬は、賞金は地方競馬とは段違いですが、中央の大きな舞台に立つには「未勝利」競争から「オープン」競争まで勝ち星を重ねて出世していかなければいけません。しかし未勝利はどんな馬であっても3歳後半で打ち止めであり、9位以下を3回繰り返せば2ヶ月の出場停止処分となります。出場停止処分と言いますが、これは中央の暗黙ルールとして「引退」と全く同じ意味です。

 これでは当然、ハルウララやダンスセイバーは生き残れない。その先の運命は、馬たちにとっても明るいものではないかもしれません。

 しかし、地方競馬は違います。地方競馬は稼いだ「賞金」を重視し、たとえ1着にならなくても賞金を稼いでいけばグレードが上がっていく仕組みになっています。そのため、上位に食い込んで賞金は稼げたものの今まで勝ったことがなかった。だけど重賞で勝つことができて初勝利が重賞制覇……なんていう馬もかつていました。

 まあ野球の一軍、二軍のようなものでしょうか。

 しかしそんな地方の中でも格差はもちろんあります。地方競馬の中でも高レベルとされる大井、船橋、浦和、川崎(いわゆる南関)と名古屋では年齢で定められた賞金額を稼げていない馬は中央と同じく出走できない決まりがあります。もちろんこれでもまた、上位入賞も難しかったハルウララやダンスセイバーは生き残れないでしょう。

 ただハルウララがいた高知と、ダンスセイバーがいる北海道などは違いました。馬が走り、馬主や調教師が諦めない限りは走り続けられる。それが彼女らが「負け組」でいられる理由でした。


走るしかない、彼女たち

 それでは負け続けても大丈夫だから、ハルウララやダンスセイバーは何の心配もなく走れるか。……と言われると必ずしもそうではありません。

 競走馬は育成や調教は当然馬主自身が全て行うものではありません。馬主は馬の育成や調教をする調教師に「預託料」というものを支払い、馬の育成や世話をお願いします。ハルウララの場合、預託料が年間130~140万円ほどでした。つまりこの預託料分は最低でも稼げなければその馬は生き残ることさえ難しく、実際にハルウララの馬主さんはその分の賞金を稼ぐことができなければ引退させる考えだったようです。

 余談ですが、この預託料も中央と地方では段違いで、中央では年間1000万円ほどかかります。これもまたハルウララやダンスセイバーが地方だからこそ生き残れたと言えます。

 とはいえ賞金は稼がなければならない。ではハルウララやダンスセイバーはどのようにして100や200といった出走数を繰り返し、ここまで生き残ってこれたか。それは「出走手当」という制度によるものでした。

 例えばハルウララなら、当時の高知競馬では「出走手当」として一走ごとに6万円が支給されました。ハルウララの年間預託料は130~140万円。実はハルウララは賞金が出る5着以内に入るのは珍しくはなかったので必ずしも出走手当だけを基準にできないとしても、大きな賞金獲得は難しく賞金獲得のチャンスを増やしたいと願われたハルウララは、年間20走はレースに出て走り続けなければいけませんでした。

 簡単に20走と言いますが、これだけ走り続ければもちろん怪我などのリスクが高まります。普通の地方馬でも年間5走から10走ほどですから、いかに多く出走していたかが分かります。

 ハルウララの凄さは、そんな状況下にも関わらず大きな怪我なく100回以上走り続けたところにあります。そしてその結果、怪我無く諦めず走り続けた彼女は新聞やテレビに取り上げられるようになり、日本中にその名が知られ愛されることになりました。

 この予算確保のための大量出走という状況はダンスセイバーも同じで、ダンスセイバーは2020年の出走数が24回。それ以前も年間20回を超える出走を続けています。恐らく今年2021年も、彼女は走り続けるでしょう。


「負け組」になるとは、どういうことか

 さて、そのように「走り続けなければいけない」彼女たち。

 そんな中でも「負け組の星」として輝いたハルウララは、驚異的とも言える知名度を獲得し、愛されました。

 当時、バブル崩壊による大不況によって沢山の人々が不況に嘆き、絶望していた時期だったと言います。それは正に「負け組」への転落。高知競馬場もその影響によって経営すら危うい状況でした。

 だけどそんな中でも負け続けようと諦めずに頑張って走る「星」。

 それがハルウララでした。

 きっと彼女が走る姿は、多くの人にとって眩しく、けれど勇気づけられたのでしょう。運が良かったと言えるかもしれない。それでも彼女が走る姿が多くの人を魅了したのは本当のことでした。


 しかし、「負け組の星」となった彼女について、当時こんなことが囁かれていました。

 「勝ってはいけない」

 「負け組の星」として話題になった彼女について、調教師である宗石さんの知人のほとんどはそう言ったといいます。

 事実、ハルウララで注目されたのはその連敗数。最初は「一回は勝とうな」という題で話題になったハルウララですが、だんだんその記録がどこまで更新されるのか……ということを期待して取り上げられていったことも事実でしょう。

 そんな中で、調教師の宗石さんはより「勝たせてやりたい」という思いも強まったそうです。

 程度はあるとはいえ、「勝利を期待されない」中で走る彼女の心境はどのようなものだったのか。

 競走馬はその血が重要視される世界です。当時ハルウララが話題になっても、ハルウララを生んだニッポーテイオーやヒロインの産駒たちの競走馬としての評価はどうなったのか。

 「競走馬としての勝ちを贈りたい」のか、「ブームの中の星として走らせたい」のか……ハルウララの関係者たちのそんな葛藤はハルウララの情報を見て行ってもあちこちに見られます。

 「勝ちを止められる」……それは「競走馬」としては屈辱とも言えるかもしれません。


「愛される」という勝ち方

 「負け組の星」が良いのか悪いのか。その答えは恐らく出ないでしょう。

 しかし一つ言えるのは、ハルウララは「愛された」


 この惑星には 「愛されるという勝ち方がある」


 缶コーヒー「BOSS」のCMで、宇宙人・ジョーンズが発した有名な1フレーズ。以前からこの言葉について私は、ハルウララのことのように思えてならないのです。

 私は普段競馬雑誌というものをあまり買わないのですが、以前何となく手に取った競馬雑誌「優駿」の一ページが衝撃的だったのを今も覚えています。その一ページには、300を優に超えるその月に抹消された競走馬たちの名前がずらりと並んでいました。その名前を辿っていきましたが、私が知る馬の名前はほとんどありませんでした。

 もしかしたらハルウララも、境遇が少しでも違えば、その中に早く名前が載っていたかもしれません。もちろん彼女が走り続けなければいけなかったこと、そしてその後の境遇は手放しに喜べることではないことだけはご理解ください。

 けれど彼女は諦めず走り続け、怪我をするかもしれない環境と戦い、そこから這い上がってどんな中央G1優勝馬よりも沢山の人々に知られ、愛されることができました。美しいか美しくないかはとにかく、そういう"意味"での話ではまさしく彼女にとっての勝利だったと思います。


「勝て」、ダンスセイバー

 そんなハルウララの連敗記録を優に超える連敗を記録し、今もなお走り続けているダンスセイバー。

 しかし、その名前を知る人は多くありません。

 ハルウララの二番煎じといえばその通りですが、それでも彼女もまた連敗に次ぐ連敗にもかかわらず怪我無く、今現在も走り続けています。先ほど述べた通り、ダンスセイバーもハルウララと同じく過酷な出走スケジュールの中で、です。

 そんな彼女が行きつく先はどうなるのか……私自身競馬を好きになった道民として、少しだけ気になってしまうのは確かです。

 ですが、ハルウララのように「負け組の星」になることを望んでいるわけではありません。

ただ、ハルウララだけではない。

0勝192連敗「ハルウララ超え」のマイネアトリーチェ

0勝189連敗のスピードオーバー

0勝159連敗の国営競馬の"負け組"・サシカタ

沢山の競走馬たち。

そして今現在も、

負け続けても諦めずに走り続ける馬がそこにいる。

そしてそんな馬が少しでも知られて、どうか無事に、

最後まで走り、どんな勝ち方でも良いから勝ってほしい。

 ダンスセイバーに限らず、全ての競走馬たちに願うことでもあります。


 ダンスセイバーはこれからも門別で行われるホッカイドウ競馬で走り続けるでしょう。しかしもう10歳ですから、どこまで無事に走れるのかわかりません。

 今も走り続けるダンスセイバー、一度でも良いので応援してみませんか?


※2021/5/29追記

 ハルウララやダンスセイバー、彼女たちの走りについては様々な意見が飛び交っています。そんな彼女たちが走ることについて、そしてどのように応援するのが良いか、について個人の意見を書きました。よろしければこちらもご覧ください。


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