行政がオープンソースに投資すべき理由
先日、経済産業省が「IMIコンポーネントツール」なるツールをひっそりとサイト上で公開しました。
サイトには、以下のように書かれています。
・・・これだけ見ても、「なんじゃこりゃ」と思う人は多いでしょう。しかし、注目すべきは、このツールがオープンソースとして提供されているということです。経済産業省のこの動き(行政がオープンソースソフトウェアに投資をすること)は、日本の知的資本を増加させる上で、とても重要なことです。どう重要なのか、を解説していきたいと思います。
理由1:進めたい政策の理解や発展につながる
このIMIコンポーネントツールは、住所や法人種別名、電話番号といった文字列の表記ゆれを修正したり、正規化してくれるツールです。IMI(Infrastructure for Multilayer Interoperability:情報共有基盤)という基盤にフォーマットを合わせることで、異なるデータソース間の相互互換性を高めることができます。が、ここで注目したいのはこのツールの機能そのものではなく、公開後即座に様々な活用が始まっていることです。現在確認できているだけでも、使い方を詳しく説明するブログや、ES対応、Dockerize など、様々な反応が出ています。(この間公開から2日)
(2020年6月1日 15:55 追記)
なんと、ジオコーダーまで作られちゃいました。
(追記終わり)
実は、IMI関連のライブラリというのは、公式サイトで去年からも公開されていたのですが、今回はデータ正規化に使える npm モジュールという利用しやすい形で公開されたことが良かったのだと思います。(配布サイトが別なのは不思議ですが、色々事情があるのでしょう)
中の人によると、今後 GitHub での公開も予定されているそうなので、一般からの改善提案なども行えるようになると期待します。(6月4日追記:GitHub で公開されました!)
IMI は「語彙基盤」という少々難しい分野の仕組みで少々取っつきにくかったのですが、今回のように一般開発者でも使いやすいツールが普及することで、より一般的な形で広がっていく可能性があります。難しい概念をカプセル化し、扱いやすくしていくことはソフトウェアの発展において大変重要なことです。
利用データに大字・町丁目レベル位置参照情報を使っているので商用のジオコーディングサービスに比べるとデータの精度に欠けますが、これを機にジオコーディングサービスを提供している会社がIMI対応などを検討するとベストですね。
理由2:自治体ごとに同じようなシステムを個別に作らなくて良い
行政のオープンソース活用で記憶に新しいのは、東京都の新型コロナウイルス対策サイトです。MITライセンスでオープンソース公開したところ、全国の自治体に波及しました。
すでに様々なメディアで紹介されており、具体的な中身についてはぜひ下記の記事などをご覧いただければと思います。
GitHub にソースを公開しオープンに提案を受け付けたことで、3週間の間に 224 名が改善に協力、750 件の提案があり、671 件が取り入れられるという効果を生みました。さらに、このソースコードを活用したサイトは全国の都道府県に広がり活用されています。
中には公式サイトとして活用した都道府県もあります。このようなサイトを各自治体が個別に開発したと想定してみてください。各自治体ごとに、予算化し、仕様書を作り、調達を行い、開発のマネジメントをし、受け入れ試験を行う必要があります。すべてゼロから行ったとして、どれだけのコストがかかるでしょうか。更に、サイトごとに操作性や見た目も変わってしまい、利用者にとっても使いにくいものになった可能性があります。東京都のソースコードをベースにすることで、多くの工数を削減できます。
また、同じコードベースを使うことで知識の交換も容易です。他県で行われた改善を東京都のサイトで取り入れたこともありましたし、その逆もありました。運用に関わっている各地のエンジニア同士が Code for Japan の Slack で情報交換を行ってもいます。
理由3:社会的な知的資本の蓄積に繋がる
オープンソースソフトウェアへ投資することは、社会全体の知的資本を強化することにつながります。著名なオープンソースソフトウェア開発者である Paul Ramsey 氏は、「Open Source for/by Government」というブログの中で、以下のように言っています。
オープンソース技術への投資は知的資本を創出するための潜在的な金鉱ですが、政府は長年にわたってこれを無視してきました。最初にこのゲームに参入する政府は、大きな先行優位性を持つことでしょう。
(中略)
知的資本は大学だけで作られているわけではありませんし、民間は知財以外にも目を向けるべきです。少し混ぜてみましょう。
良く言われているメリットである「ベンダーロックインが防げる」という話だけではないのです。税金を使って構築したシステムが特定のベンダーの知的財産としてブラックボックス化されるのではなく、社会の誰もが使える知的資産となり、長い目で見ればコストが下がるだけでなく、人材育成や共有財の蓄積に繋がるのです。
実際、前述の各地のコロナウイルス特設サイトに積極的に貢献しているメンバーには高校生や大学生が目立ちます。(中には中学生もいます。)彼らにとっては今回のサイトは生きた教材であり、プログラミング技術だけでなく、プロジェクトマネジメントの方法、他者とのコミュニケーションの方法、コロナウイルスに関する知識の蓄積や、社会への参画の仕方など、様々な事を学んでいるはずです。
東京都特設サイトのフォーク数(コピーされた数)は1,300を超えていますし、様々な技術解説ブログも生まれています。まさに知的資本が蓄積しているわけです。
オープンソースを活用し、行政分野で活躍する人たちを増やそう
私は、時々講演で以下のようなスライドを使います。
自治体には、このように他の自治体向けにソースコードを公開してほしいし、その逆も期待します。これから公共サービスやまちづくりに関わる企業は、青い部分で活躍していただくことを望みます。
Code for Japan としてリリースに至らなかった接触確認アプリのソースコードや知見をオープンに公開するのも、それが知的資本として社会に残ると信じているからです。
EUでは、公共部門のコスト削減、国内のソフトウェア業界の活性化、プロプライエタリなソフトの制約のない相互接続性の促進のために、第5次フレームワークプログラム(1998-2002)以降戦略的にオープンソース振興策を取ってきました。オープンソースプロジェクトへの研究資金の提供を始め、EU域内の地図・空間情報の統合・共有化を目指すINSPIRE指令(2006)や、加盟国間でオープンソースソフトウェアのベストプラクティスを共有するための Open Source Observatory and Repository(OSOR)の立ち上げ(2006)、総額3億ユーロ(約390億円)を投資し、オープンな情報共有基盤であるFIWAREを生み出したプロジェクト、 FI-PPP(2011-2016)など、積極的な投資を続けています。
結果として、各都市で多様な競争が生まれつつも基盤としての相互互換性は保たれている状況が生まれています。FIWARE のサイトによると、170以上の都市で使われ1000以上の企業が参加していることがわかります。
一方、日本では行政システムはオープン化やクラウド化の波に乗れず、公共システム開発に関われる会社は残念ながら少数の大手企業が中心となってしまいました。政府と自治体を合わせた年間IT予算は約1兆円とも言われていますが、この一部でもオープンソース公開を前提として発注し、1700以上ある自治体でオープンソースエコシステムを作っていたら、日本のIT企業群の姿はもっと変わっていたかもしれません。
(数少ない例外として、国土地理院はgithubでソースコードを公開してきました。若干贔屓目線ですが、日本のオープンソースGISコミュニティは活発だと感じます。)
日本でも情報共有基盤に FIWARE を採用する都市が出てきています。今こそ、オープンな共創が必要なタイミングです。企業間のオープンソース連携があまり無い日本でEUのようなエコシステムを生みだすには多くの時間と投資がかかるとは思いますが、これを機会に変えていこうではありませんか。
行政こそ、オープンソースの活用を
経済産業省グッジョブ、と思って応援しようと思ったら、思いの外長いエントリとなってしまいました。ここまで読んでいただきありがとうございます。
これを読んだ行政の方、ぜひ次に調達仕様書を書くときには、「オープンソースとして公開すること」という条件を入れることを検討していただければと思います。その投資は日本の知的資本に変わり、より多くの企業や市民が行政に関わる事ができるようになります。「企業が対応してくれない?」「どう仕様を書けば良いかわからない?」そんな時はぜひCode for Japanにご相談ください。「ともに考え、ともにつくる」姿勢で、いつでもお待ちしております。