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嫌いじゃないわ。《カラス》

 これについては好き嫌いがハッキリ分かれている上に、好きな人は割と情熱的に好きなので、このカテゴリーに入れるかは迷ったけれど、トライしてみようと思う。

 カラス。この鳥が嫌いな人の意見に耳を傾けると、一言で言って「不気味」。
 確かにクチバシ、羽色、足の先までが漆黒。美しいとは言えない鳴き声。ゴミだけでなく、死肉にも群れで集(たか)る映像もよく目にする。映画やドラマでも曇り空を背景にコイツらがギャアギャアと鳴けば、それだけで不吉な展開の幕開けであることを観ている側に印象づけられる。
 頭もいいけど狡賢そう。人のご飯を掠め取ったりする話もよく聞くし、私自身も実際、この鳥が自分より弱い水鳥をいじめているのを目撃したこともあったりして、さすがにそこには好印象は抱かなかった。

 頭がいい、と言えばアパートで一人暮らしをしていた時、ヤツに物干し用にぶら下げていたハンガーをパクられた。
 当時、住んでいた所は中学生くらいになると半数ぐらいの子がヤンチャになるのがスタンダードな町だったので、最初はてっきりそういう子たちの仕業かと思っていた。なぜってそんなものを盗ったところで何の役にも立たないのだから。愉快犯以外の何ものでもないだろう、と考えたのだ。
 とは言え、貧乏暮らしをしていた私には、どんなにチャチな針金ハンガーでも立派に洗濯を干し上げてくれる、貴重な戦力だった。なので手始めに、ハンガーをガムテープで固定した。

 翌日、ガムテープを引きちぎって、ハンガーは盗られていた。警察に盗難届を出してもあまり取り合ってもらえなさそうだ。
(ううむ、彼奴ら、そこを狙っていたずらしてるな!)と、何ともモヤモヤした怒りを抱えたまま就寝したその明け方。
 ガタガタッと派手な音に目を覚まし、慌ててベランダに出ると、まさにヤツ(カラス)が1羽、器用に脚でガムテープを押さえながら針金ハンガーを引きちぎっている現場に出くわした!
 私が出て来たのでさすがに犯行は未遂に終わったが、当時はカラスがハンガーで巣を作る、という報道は出たばかりくらいの頃だったので、カラスってこんなこともするのか、とえらくビックリした。
そして同時に心の中で、想像の中で膨れ上がっていた幻のヤンキー像に謝った。
ーーーごめん、疑ったりして…。

 と、こんな目にも遭ったのに、ヤツらが公園で私の弁当を遠巻きに、且つ物欲しげに眺める、キラキラした眼を覗き込む機会が増えるごとに、その中にチラチラっと愛嬌が見え隠れして、ちょっと微笑んでしまうのだ。
 そしてそんなヤツらに「ダメだよ、ここでご飯あげちゃったらアンタたち、他の人からも取っちゃうでしょ。」と言って聞かせると案外、無理矢理に食料を強奪しないところもカワイイな、と思っちゃったりする。

 そして葉を落とした冬枯れのケヤキの枝の、てっぺん近くにハンガー細工の不恰好なヤツらの巣を見つけるたびに「嫌いじゃないわ。」と胸の内でこっそり呟くのだ。

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