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タカラノツノ 第5話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門

《殿さま》
 くまざむらいは、タカが思うよりこまやかな男だった。見なれた里の近くまで来るとがさり、と持っていたミノをタカにかけてくれたので、里の人びとにタカの角は見られずにすんだ。これについてだけは、くまざむらいにかんしゃした。山道を下り終えるとおさむらいたちは馬にむちを入れて、いっこくをあらそうように見なれた里をかけぬけていった。

 城に着くと、さっそくタカは土蔵(どぞう)のようなところにしばられたまま押しこめられた。だが、土蔵とはいってもさすがは殿さまの持ち物だ。タカたちがくらしていた小屋よりもずっとりっぱだった。土のゆかにむしろをしいてあるだけだというのに、むしろも、土さえもやわらかい。外では何回か話し声が聞こえたが、かべがあつすぎて話の中身までは聞きとれなかった。ただ細く高い、女の子の声も聞こえたから、たぶんタカが助けたとやせざむらいが話していた「姫」さまのものかもしれない、と思っただけだ。
 タカをここにつれて来たさむらいたちは二人ともけっしておろか者ではなかった。タカがつかまる前後の話のながれからも、この先どういう風に事がころぶかタカにはまったく見当がつかない。もちろん、タカ自身もどういうことになるかわからなかったが、かあちゃんと捨丸もどうなってしまうのか。どんなにうまくいったとしても、二人についてはこれからも、タカに言うことを聞かせるための“道具”に使うにちがいない。下手をしたらその後、三人とも殺しかねない。その、最悪のてんまつからにげ出す手だてをタカはひたすら考えつづけた。その日のタカの頭の中は、自分とかあちゃんと捨丸のことでいっぱいだった。

 しかしその手だても思いつかないまま、夜が明けた。世話係(せわがかり)らしい男がやってきて、縛られたままのタカににぎりめしと水をくれたあと、たらいにつけてごしごしとタカの体を洗った。それから、小ざっぱりした着物をきせて、今度はやせざむらいが城の人々があわただしく立ち入る、土蔵よりさらにおくのたてものにタカをつれて行った。
 その中の、草のいいにおいがするたたみがしきつめられた部屋に通された。そこには頭にかざりをつけた、へんなかっこうの男がすわっていた。タカの角をさんざんにながめてから、また正面にすわりなおし、ぶつぶつといみのわからない言葉をつぶやいてから、何かの文字を書いた紙をやせざむらいにわたした。でも、字をならったことがないタカにそれは読めなかったし、そもそも何をしているのかさえまったくわからなかった。ただ、一言もまともな言葉をしゃべらないこの男をぶきみだと思った。

 そこからまた土蔵にもどされ、しばらくしてから今度は殿さまから呼び出された。
 「殿がお呼びだ。来い。」やせざむらいの言葉はつねに手みじかだった。タカはさっきつれて行かれたへんな男がいた部屋よりさらに奥に、殿さまがいる屋敷があった。
 今度はしばられていたなわをとかれて、前にやせざむらい、べつのおさむらいが刀を下げてタカの後ろについた。手を自由に動かすことができるようになって助かったかわりに、角をかくされることもなくなった。おかげで、とおりすぎる者だけでなく、物かげからもたくさんのじろじろとながめる目のけはいをかんじて、タカは歩いているだけでひどくいごこちが悪くなった。
 殿さまが来るという大広間(おおひろま)に入ると、タカはそのまん中にすわらされた。そして、殿さまのおゆるしが出るまで顔を上げるな、とやせざむらいから言いわたされた。
やがて「お前がたからの角のもちぬしか。顔を見せてみろ。」という声がした。
 さいしょタカは、「たからの角の持ち主」と言われているのが自分だとは思わなかったのでそのままひれ伏していたが、「殿のおたっしだ。顔を見せろ。」とやせざむらいに言われてやっと顔を上げた。
 そうしてはじめて見た殿さまは、神社で見ただるまにそっくりの男だった。ひじかけにひじをあずけて、そのとなりにすわった息子らしい若い男といっしょに目をうばわれたようにタカの角を見ている。ただ、さらにそのとなりにはあの時の女の子いて、きれいな着物をきてにこにこしながらすわっていた。ほら、やっぱりあの子だわ、言ったとおりでしょう、ととなりの女房(にょうぼう)にささやいて、さっそくたしなめられていた。だが、そのやり取りを見ただけで、なぜかタカはとてもやわらかな気持ちになれた。
 思えば捨丸もタカを「たからの角だ」と、たとえたことがあったが、あらためてべつの人間の口からその言葉を聞くと、ずいぶんかってな呼び方をされている気がして、またちょっといやな気分になった。だが、相手は殿さまだ。文句は言えない。
 「話の通り、うつくしい角だな。そなた、名はなんという?」
 「タカ。」名まえだけこたえると、やせざむらいが小さく「これっ」としかってタカの代わりに話をつけたした。
 「この者は先のいくさにもくわわりました、黒森山の猟師・捨丸とくらす者で、タカともうします。わたしと宗右衛門(そうえもん)が殿のほうびをとどけに捨丸のもとにでむいた先でこのタカを見つけました。はじめは捨丸のせがれかと思いましたが、里の者の話では、何年か前に母親と流れてきたのがともにくらすようになったのだとか。」あのくまざむらいは宗右衛門というらしい。ほう、と殿さまはうなった。
 いっぽう、若殿(わかとの)の方は「流れてきた、と言ったな。ならばタカよ、お前はどこで生まれた?お前のふるさとにはお前のように角が生えた者はよく生まれるのか?」とすかさず聞き返した。父親とちがい、どちらかというとやせざむらいみたいにひょろっとした体つきだ。声も子どものように高いままだが、年はタカよりはずっと上のようだ。
 「北の村だ。こことちがって冬にはどかんと雪がふる。おれみたいなのはそこにもいなかった。でもおれは四つまでしかいなかったからあんまりおぼえてない。」
 「雪ってなあに?」姫がむじゃきな声でたずねたので、話がそれて、空気がまたやわらかくなった。けれど南のこの地では雪がふらないから、まだ小さな姫さまがそうたずねるのもむりはなかった。タカはそのことにもきまじめに答えた。
 「冬にふってくる白くてつめたいもんだ。これがふるところの冬はここよりずっとさむい。でもたくさんふるとまっ白できれいだ。」タカはしゃべりながら、自分のいた村の雪を思い出そうとした。でも、あのおばさんと村の人たちのことのほかは、ほんとうにもう、あんまりおぼえてはいなかった。
 「へえ、見てみたいなぁ。」と心をひかれたようすなのに、きっと負けずぎらいなのだろう。「あ、でもここだって冬はさむいわよ。」とその後ちょっとふくれたように姫は口をとがらせた。そのようすは里のおさない子どもたちとまったくかわらない。おかしくなって、タカの口もとは思わずゆるんだ。
 「そうかもな。」と答えたら、やせざむらいが「よせっ!ぶれいだぞ。」とまたタカを小さくしかった。でも、姫が口で言うほどには気を悪くしていないのが、タカにはよくわかった。
 城に来てからというもの、タカはきれいなものにばかりかこまれていた。山の中でくらいしていたら、一生、目にすることなどないようなものばかりだ。しかし明日の自分の生き死にさえわからないタカには、そのどんなうつくしさもたのしむゆとりを持てなかった。けれどこの日、城に来てはじめて、タカは今の立場さえ忘れて、やっと心から笑うことができたのだった。

 もっともそんな気分はそこまでで、話はまたタカの角のことにもどった。やせざむらいと殿さまたちのやり取りをつなぎあわせると、どうやらタカが朝に会ったのは、殿さまが一番の信頼(しんらい)をおいている占い師だったらしい。
 その占い師によると、今回の勝ちいくさはタカの角の“れいりょく”がもたらしたものだ、というのだ。「この者をいくさ神としてまつれば、殿さまの武運(ぶうん)はつきることはありませぬ。」占い師は、かさねてそうつげたのだという。
 また、タカがコマ姫を助けた話も殿さまと若殿には伝わっており、二重によろこんだ殿さまは、タカをいくさ神としてまつり、捨丸にさらなるほうびをあたえることをやくそくした。それを聞いたタカの目の前のけしきがぐらり、とゆがんだ。それほどに気持ちがはりつめていたのだ、とその時はじめて知った。その言葉はそれほどのあんどをタカにあたえたのだった。
 「だがしかし、」殿さまがタカの顔をまっすぐに見て言った。「タカよ、お前の身がらはこれから国のあずかりとなる。つまり、一生をこの城でくらしてもらうということだ。外に出ることもまかりならん。」
 「じゃあ、かあちゃんと捨丸は?せめて会いに来てもらうことはできないの?」思わずタカは聞きかえした。しかし、殿さまの代わりに答えたやせざむらいの言葉は、ふたたびタカの心ぞうをひやりとわしづかみにした。
「ならぬ。」それはかあちゃんと捨丸にはもう二度と会えない、というのと同じだった。
 それでも、とタカは思いなおした。自分がいくさ神としての役(やく)わりさえはたせばもう、二人は殺されたりはしない。タカは生まれてはじめて、自分の角にほこりとよろこびをかんじた。今までかあちゃんにつらい思いばかりさせたこの角が、今度は二人をすくったのだ。だったらもう会えなかったとしても、何だというんだろう。さびしい気持ちはもてあますだろうけれど、二人が生きていてくれるならそれでもかまわない、とタカは思った。

#創作大賞2024

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