タカラノツノ 第3話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
《山ぐらし》
猟師だったこともあったが、捨て子だったせいか、捨丸は里の人々といつもいっしょにいるということはなく、一日のほとんどを山ですごした。かあちゃんとタカとで住むようになってからの捨丸は、里に下りる回数をへらして、しっかり用心するようになった。そのおかげで、タカの角のことは三人のひみつにしていることができた。
里の人々は、捨丸が人ぎらいなことをよくわかっていて、捨丸のもとにやって来た母子づれのことを、ねほりはほり聞きださなかった。けれどかあちゃんはどんなふうに自分たちのことを話せばいいかをよく知っていた。かあちゃんは自分から里に下り、自分たちが捨丸とくらすようになったいきさつを話して、いぶかしむ里の人々の気持ちを晴らした。もちろん、タカの角のことは話さなかったけれど。
そのときタカについては、ひどく内気な子どもだというかあちゃんが話しておいてくれたので、里の人はそれほどむりやりタカには話しかけないようにしてくれた。
そうはいってもタカもごくたまに、捨丸やかあちゃんについて里におりた。けれどにぎやかに話す人々の顔を見ているだけなのに、ときどきふっと自分の角を見たおばさんの顔や、あちこちで鬼だと言われたことが胸によみがえってしまうことがあった。だからタカは、自分から里におりて人々と言葉をかわしたいとは、めったに思わなかった。たのしそうにあそぶこどもたちを見て、たまにどうしようもなくさびしくなることもあったが、そんなときでも物かげからこっそりとそのようすをのぞくだけにしていた。
―そうやってまたたくまに七年の時がすぎた。
その間、捨丸はかあちゃんのことも大事にしたけれど、タカのことも色々とめんどう見てくれた。
タカは捨丸から落とし穴の作り方や、わなのしかけ方や、弓矢を使った狩りのしかたをおそわった。イノシシは大きすぎたけれど、シカやウサギの肉ならさばけるようになり、火をおこして、かあちゃんとはまた味のちがった料理も作るやり方もおぼえた。
何かに夢中になることが、タカにはたのしかった。狩りをひっしで学んでいると、あそんでいる里の子たちを見ていた時に感じていたさびしさが、太陽の強い光に霧が散っていくように、たちまちどこかに消えてしまった。タカは捨丸もおどろくほどに、めきめきと猟の腕を上げていった。
そんなタカを、捨丸はかあちゃんとうれしそうにながめやり、時々、タカの角を見たがった。そして「おまえの角はほうせきみたいにきれいだなぁ。これはきっとたからの角だよ。」とつぶやくのだった。そんなとき、タカは角を持って生まれたことも悪くない、と自分のことを思うことができた。そしてその思いは体の内がわからお湯がわきあがってくるように、タカの体をあたためるのだった。
《いくさとわなにかかった子ども》
タカにとってかあちゃんと捨丸との三人ぐらしは、しあわせで、いつまでも続いてくれないかと心そこねがうようなものだった。
だが、生きていればいいこともあれば悪いこともおとずれる。
タカの国の殿さまが、自分の国の人々くらしがこれいじょうまずしくならないよう、となりの国といくさをはじめると言い出したのだ。国のくらしがまずしくなっていたのはほんとうだ。ほんの先ごろ、しとめたイノシシの肉を売りに里に下りた捨丸に、タカがついていくと、ものほしげにその肉をながめる人たちがずいぶんとふえていた。中には何かおこぼれがもらえないかと、こっそりタカたちのあとについてきた子どももいた。もともと米や作物がたくさんとれる里ではなかったが、それまでいじょうにくらしはまずしくなっているようだった。
でもいくさになれば、殿さまのためにたたかう兵として、里の男手が取り上げられていく。いくさのため、と米もいつもよりたくさん城におさめられなければならない。里びとたちはそのことを知っていて、殿さまのそのやり方には顔をくもらせた。「殿さまは、ほんとうにいくさで国がゆたかになると思っているのかねぇ。」とひそひそ話でうたがった。タカはかあちゃんと旅をしてきたけれど、国がいくさをやりあうようなところにはいたことがなかったから、正直なところ、よくわからない。
でも、そんなみんなの気持ちなどおかまいなしに、殿さまの命令でいくさははじまってしまった。
あんのじょう、弓矢をうまくあつかえる捨丸はまっ先にいくさにかり出された。かあちゃんは泣いた。タカはもう、泣きさけぶ年ではなかったが、わかれの悲しみと、二度と捨丸に会えなくなるのではないかという不安に涙が出た。
「お前の角を、もう一度だけ見せておくれ。」旅立つ日の朝、捨丸はタカにねだった。タカが言うとおりにすると、捨丸は、目をほそめて角を見つめ、ふれた。それまではただ白いだけだった角はまた大きくなっていて、先の方は朝日をあびると水晶のようにきらりととうめいにかがやいていた。
「やっぱりこの角は鬼の角なんかじゃない。たからの角だ。これさえ思い出せば、どこにいたって、おれのたましいはかあちゃんとお前のもとに帰れるよ。」そう言って、いくさに出かけて行った。
その日から、タカは捨丸のかわりに狩りに出かけた。猟師の狩り方をおぼえ、体もいぜんより大きくなったとはいえ、タカはまだ子どもだったから、クマのような大きなえものはとれなかったけれど、二人で食べるのにはどうにかこまらないくらいの狩りはできるようになっていた。かあちゃんも自分の畑で作ったいもや、竹であんだかごを売りに、前よりひんぱんに里におりて、捨丸のいない、二人きりのくらしをたすけた。
そんなある日、タカがしかけた落とし穴を見まわりに行くと、まるで昔のタカのように、その中で子どもがうずくまって泣いているのを見つけた。
「おや、おどろいたな。今日のえものは人間の子どもだぞ!」あの時の捨丸とまったく同じことを言いながら、タカは子どもをひっぱり上げた。ただ、タカはあの時の捨丸ほどの大人ではなかったから、子どもを穴から引き上げるのにはそれよりずっと手こずったけれど。
お日さまの下で見るとタカの思ったとおり、その子どもは三つか四つくらいの女の子だった。
「こわかったろ。ケガはない?」女の子はしゃくりあげながらうなずく。
「お前はここあたりの子かい?」あまり里に下りないタカは、今でも全部の里の子どもの顔をおぼえてはいないから、そうたずねた。
大泣きしないかわりに、女の子の涙としゃくりあげる声はなかなか止まらなかった。タカの問いかけにもただかぶりをふるだけで返事をしない。どうやら遠くから来た子どもらしいことしかわからない。タカは大いに困った。
ケガはない、と言っていたけれど、その子の足には大きなすり傷ができていたので、タカは森の中のあたたかいひだまりにつれて行って、持って来ていた水とうの水で女の子のきずを洗い、布をまいてやった。
そのころ女の子はようやく泣きやんで、自分を助けてくれたタカの顔をまともに見た。そして、「わあ、きれい。」と声を上げて手をたたいた。その目の先にあるものに、タカは気がついて、あわてて頭に手をやった。いつのまにか手ぬぐいはゆるんでおり、角の先に自分の手がふれた。
けれど女の子が笑ってくれたのは気分がよかったので、いっしゅん、タカはこの子がよろこぶなら、もっとふつうに話せるまでこのまま自分の角をこの子に見せつづてあげようかとも思った。そうしたら、きずがいたいのもわすれてくれるかもしれない。
でも、すぐに思い直した。とうちゃんもかあちゃんもタカの角のことはかくしていたし、捨丸もほめてはくれたが、里の人にはけっして見せてはいけない、と強くタカに言いわたしていた。
タカとかあちゃんが捨丸に会うまでの旅のとちゅうでも、一度、通りがかった村の子どもたちにからかわれて手ぬぐいを取られたことがあった。そのときのかたくこおりついたような子どもたちのまなざしがわすれられない。
じつはこの山の中でも一、二度、角をさらしたままのタカの影を里の人々に見られたことがあった。さすがにまともにすがたを見られたわけではないから、タカもかあちゃんも山を出ていかなくてすんだが、その時ですら「山に鬼が出た」と里は大さわぎになった。そのときのとげとげしい空気も、タカは忘れていなかった。あの時はタカもかあちゃんも捨丸もひやりとしたものだ。
たださいわい、女の子は生まれてこのかた、鬼を見たことがなかったようだ。タカの角を見ても、まったくおそれていなかった。それでも親がむかえに来たら、と思うとぐずぐずはしていられない。
「さあ、泣きすぎてのどがかわいたろう。さっき水を使ってしまったから、おれが沢まで行ってくんで来よう。」と言いのこしてその場をはなれた。
手ぬぐいをまき直し、タカが水をくんでかえろうとする先の道で、ざわざわとやぶをかく音とともに、二人の男たちが道を歩いているのに出くわしそうになった。タカは見つからないようにしずかに身をかくした。おかしなことにさむらいのなりをした男たちは、あたりにだれもいないようすなのに、まるで聞いている者がそこにいるかのように、耳のするどいタカにも聞き取れないような、ぼそぼそとした小さな声で話をしていた。
やがて、さらに遠くの方から、女の子のうれしそうな声が聞こえてきた。
(ああ、あれがあの子のおむかえなんだな。)タカはほっと胸をなでおろした。角を見られてしまったからには、あまりかかわりたくない、とも思っていたからだ。女の子の身なりはお姫さまのようなよい着物ではなかったが、きっと何かのおしのびなのかもしれない、とタカは思った。ならば、あのさむらいたちのこそこそぶりもなっとくできる。
その考えは正しい、というかのように、二人をやりすごしたタカがさっきの場所にもどると、女の子はあとかたもなく消えていた。ただ、タカが女の子のきずにまいてやった布だけが、むぞうさになげすてられていた。そのことにはいい気分にはなれなかったが、むかえが来てくれたことと、どうやら里の子ではなかったことに、タカはほっとしたのだった。
それから雪のきせつをむかえるころ、タカとかあちゃんにうれしいできごとが起きた。
二人のもとに捨丸が帰ってきたのだ―。
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