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タカラノツノ 第7話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門

《その日が来た》
 どんなに強いけものでも、年をとればおとろえ、若い者にたおされたり、ほかのけものに食われたりする。どんなに美しい花でもいつかはしわしわとかれていく。いくさで力をけずりながらゆたかになったタカの国にも、同じように“ほろび”が足音をしのばせてやって来ていた。

 その負けいくさは、もともと殿さまがコマ姫の生まれた南の国に、むほんのうたがいあり、としかけたものだった。
 しかし、むほんなどおこすつもりもなく、コマ姫まで人質(ひとじち)どうぜんで嫁に出し、自分の国の安全を守っていたはずだった南の国の殿さまは、それを知ってだまってはいなかった。「姫をさし出せば自分の国をせめない、というやくそくをやぶっただけでなく、むほんを起こしたと言いがかりをつけられた。」と南の国の殿さまは、タカたちの国の殿さまにこうぎをもうし入れた。ところがそれが聞き入れられないどころか、いくさをしかけられたというわけだった。

 いつも通り、タカの角にいのりをささげて出陣(しゅつじん)した殿さまの軍ぜいは、さいしょのうちはちょうしよく、勝ちなのりを上げていった。だが、そこからはいっこうに、いくさが終わるけはいが見えない。南の国の兵たちはけっして殿さまに「こうさんした。」とは言わなかったからだ。それどころか、しだいにいくさの勝ちはじめたのは、南の国の方だった。
それにはわけがあった。

 そのころにはタカの国の殿さまは、つねに自分からたたかいをしかける暴君(ぼうくん)として、まわりの国からおそれられていた。だが、たたかいにやぶれた国の人々は、ただおびえ、おそれている人たちばかりではなかった。南の国のように、言いがかかりをつけられ、いくさに持ちこんだ殿さまのからくりに気づき、くるしめられた人たちが、こうぎの声にはげまされ、ぞくぞくと南の国にあつまって来ていたのだ。
 そういった人たちは、タカの国の殿さまのようにいくさ上手、というわけではなかった。だが自分が生きのびることで、殿さまのたたかい方を命がけで学んだ者たちでもあったから、殿さまがどんな策(さく)を使ってくるのかを、前もって南の殿さまに教えることができた。
 そしてそんな人たちがそのまま兵となった軍隊(ぐんたい)は、数こそ多くなかったが、ふつうの兵とは“きがい”がまったくちがった。
 「あの殿さまなら、どんな理由をつけてもいずれはいくさをしかけてくる。起こす気もないむほんを起こす気があった、言いがかりをつけ、それをみとめなくても、みとめても、たたかいをしかけてきた。
 わが国の殿さまなどはそんな言いがかりをむりやりみとめさせられ、そのあと、どんなに礼(れい)をつくしても、けっきょくはいくさをしかけられた。どちらにころんでもあの殿さまが何かを言い出したら殺されるばかりだ。
 泣きねいりして、何もできずに死んでいくのはごめんだ。同じ死ぬなら命のかぎり、たたかう方がいい。」
 こまかいじじょうはそれぞれちがっても、南の国にあつまったのは、だいたいがこんないきさつで国をなくした、すて身の兵ばかりだった。だから自分の命はかえりみず、むちゃなことをいくらでもした。
 一方タカの国の兵は、いくらほうびをもらえるとはいえ、そこまで命をかけるかくごはない百姓が多かった。
 その上、悪いことにタカの国の殿さまは、いくさに勝ち続けた分、国を広げすぎてしまった。そのため、自分の元からおさめていた土地の民にはあつくほうびを取らせても、いくさに負けて自分のものにしたた国からやって来た兵には、じゅうぶんなほうびがゆきとどかなくなってしまっていたのだった。それに不満(ふまん)を持ちはじめた兵の中には、南の国にねがえる者もあらわれはじめた。

 ―こうやっていくさは殿さまが思っていたよりさらに長引き、タカたちの国の旗色(はたいろ)がだんだん悪くなっていった。

 いくさが不利になってくると、“いくさ神”としてまつられたタカにも、ぎもんをいだく者が出てきた。
 「タカラノツノさま、どうしてわれわれを勝たせていただけないのですか?」そんなふうに半分は泣き、半分はおこりながら、やしろにうったえに来る者のかずがふえた。いくさで城にはいない殿さまの代わりに、こんな時こそ不安ないくさの先行きを、タカの力でかえてもらおうとしたのだ。
今のところはまだ、占い師の言葉で引き下がってくれているが、このままではそのかずはふえる一方だろう。
 タカの心配はそれだけですまなかった。このままなら、そのうちいくさがうまくいかないことを、人びとはタカ一人のせいにしていくだろう。もしもその不満が、かあちゃんと捨丸にまで向けられたら、とタカは氷水につき落とされたようにふるえた。
 こんな手のひらをかえすような人の心がわりは、捨丸のもとにたどり着くまで、タカと母ちゃんをさんざん苦しめてきたものだった。それをほねのずいまで知っているからこそ、タカはもう、そんなもののぎせいになるのはごめんだと思った。
 そもそもタカには、いくさの勝ち負けを左右するような力などない。そのことは自分自身がいやというほど知っていた。ただ角のせいで、人から鬼と言われていたのが、今回は占いの言葉一つで神にもされた。それだけのことだ。タカの気持ちもじじょうなどだれ一人わかろうとするはずがなかった。(これいじょう、そんなものにつきあうことなんかない。すきを見て、にげるんだ。かあちゃんも、捨丸もつれて―。)今までの苦しいけいけんが、タカにそう耳打ちした。

 だがその決意はすでにおそかった。その夜、タカの休んでいるやしろに、不意(ふい)打ちのように男たちが何人もふみこんできたのだ。そうなると足かせをされてしまっているタカにはひとたまりもない。たちまちのうちにしばり上げられ、足かせをこわされてさらわれた。「何がタカラノツノさまだ!よくも今までおれたちをだましてくれたな!」男たちのうちの一人が、小さな声でにがにがしげに、そうはきすてるのを聞きながら。
 あとからわかったことだったが、この男たちは昼、やしろにうったえに来ていた者の仲間だった。自分たちのねがいが聞き入れられなかったことと、かねてからのうたがいをぬぐいさることができなかったのとでその後、占い師をつかまえてふくろだたきにし、力づくでとうとうタカがいくさ神などではないことを、はくじょうさせていたのだった。
 城の中にたてられたとはいえ、タカのいるやしろは、おまいりするのためなら出入りが自由だったのと、いくさで見回りに人手がさけないことがわざわいした。男たちはやすやすとやしろにしのびこみ、タカをつかまえることができたのだ。

 よく朝、タカは、しばられたまま城下町(じょうかまち)のまん中にある広場につれていかれ、大ぜいの人たちの前に引き出された。そこにいたのはこれまでタカをいくさ神とあがめ、ありがたいと手を合わせた人たちだった。そこにはおさむらいもいたし、商人も、百姓もいた。その前で、男たちはタカの髪(かみ)をつかんで、ぐい、と顔を上げさせてから声を上げた。
「こいつはな、勝ちいくさをもたらしてくれる神さまなんかじゃない!タカラノツノさまなんて言われてその気になって、おれたちは汗をながして取ってきたえものを、ずっとこいつにみつぎものとしてさし出してきたが、こいつはいくさ神なんかじゃなかったんだ!この占い師がとうとうそう言いやがった!」それまで気づかなかったが、タカのとなりには占い師もいた。だが、顔ははれあがり、荷物のようにぐんにゃりとして、男たちがタカのようにすわらせようとしても、それができないほど、いためつけられていた。おれもこうされるのか。タカはしんそこふるえあがった。
 いっぽう、その言葉に広場にあつまったぜんいんが、とまどったようにざわざわとさわぎはじめた。べつの男が言葉をついだ。
 「なぁ、みんな!目をさませ!ほんとうにこいつがいくさ神さまなら、どうして今度いくさはこんなに長びくんだ?いくさで死んじまったかずもばかにならねぇ!
 そう思っておれはなんべんもタカラノツノさまに勝たせてくれ、っておねがいに行った。でも、どうだ?どんなにおねがいしてるのに、こんどのいくさはおれたちが負けそうだぞ?おれの出てきた村にも、今は南の国の兵たちがおしよせてるって、知らせが来たんだ!殿さまはタカラノツノさまがいればかならず勝てるっていつも言っていたけど、もうしんようならねぇ!」その声に、一部の人びとからはうおお!というさけびが上がりだした。それは人々が心のかたすみで、ひそかにいだいていたうたがいそのものだったのだ。そのことだけはタカにもよくわかった。そして、それは同時にタカ自身がくまざむらいの言葉から考えすすめていって、たどりついていた言葉だった。その一方で残った者はまだ、これを信じていいかどうかさえ、わからないようすでとまどっていた。
 だが、そのうちおたけびの中からべつの声が上がった。
 「じゃあ待てよ、だったらこいつは何なんだ?いくさ神じゃないなら、こいつは鬼なんじゃないか?たたられたらどうする?」おたけびはたちまちまた、ざわめきにかわった。でも、今度のものは不安と恐怖(きょうふ)にいろどられていた。
 かたわらにころがされたタカの心は、こんどはこの言葉を聞いてすうっとひえかたまっていった。タカの角を見た時のおどろき方は、百姓だろうが殿さまだろうがほんとうに変わらない。どこに行っても同じだ。身分の高い低いもタカの角を見たとたんに消えうせる。みんな同じ人間なのだ。ここに、この時にかぎらず。タカはいつでもそう思い知らされる。ひえてかたまった心はそのままつめたい、いかりにかわった。
 タカは口を開いた。
 「ちがう、おれは人間だ。ただ、角を持って生まれてしまった。それだけだ。」
どなりつけていたら、人びとはいっそうこうふんして、大さわぎになったかもしれない。だが、ひょうしぬけするほどしずかなタカの声にみんないっしゅん、しん、と聞き入ってしまった。
 それでも、「うそをつけ!」とだれかが言い出し、またざわめきが広がった。
 「だったら聞く。おれの手足のつめは人をひき裂けるような作りになっているか?口の中に牙は生えているか?お前たちの中にのろわれて死んでいる者はいるか?たしかめてみればいい。」そう言って、ニイッと歯をむき出して見せた。人びとのざわめきはまた、とまどいのひびきにかわった。
 だが今度、それをしずめたのはタカが会ったことのある人物だった。
 「鬼ではない、と医者は言っていた。それとこいつの角はほうせきの水晶だ。それだけはおれがこの目でたしかめた。」はじめて城に来たときに、医者や学者といっしょにタカの角をしらべた、石工だった。
 「それはほんとうか?」タカをつかまえた男の一人がねんを押した。
 「まちがいない。」石工もたいこばんを押した。それを聞いた男たちの顔が、いやな笑い方でゆがんだ。タカにとびかかって動けないように押さえつけると、「だったらこわくも何ともねぇな。だれか、金づちをもってないか?」と呼びかけた。石工が金づちをわたすやいなや、男の一人が、タカの頭にガーン‼と力いっぱい、金づちをふりおろした。タカの脳天(のうてん)から、はげしいいたみが全身に走った。
 タカはつんざくようなさけび声を上げて地面をのたうちまわった。そのあいだにも、男たちとタカをとりかこむ人のむれが、かわるがわるタカの目に入った。男たちはタカの角を人々に向かってかかげ、こうふんしたように笑いつづけていた。その角と、男たちと、苦しむタカを見る人々も熱にうかされたようなけもののようにさけんでいた。タカがおぼえているのはそこまでだった。

#創作大賞2024

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