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タカラノツノ 第9話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門

《黒森山の土まんじゅう》
 夜が明けるのをまって、一番にタカがしたことは、国じゅうに馬を走らせる、町の伝馬屋(てんまや)に行くことだった。タカが持ち出したねまきをみじかくさいてよごし、町でそれきていても目立たないようにした。それからえりに使われていた赤い布をほそ長くさいて、はしに三つ、むすび目を作った。そうしてからそれを、黒森山の方に行く早馬(はやうま)にたくし、荷物のついでに捨丸という猟師にわたしてくれ、とことづけた。
 むすび目の三つついた赤い布は、きけんがせまっているしるし。自分がすぐにはかけつけられなくても、これが手元にとどけば、捨丸にはそれがわかるはずだった。
 いっぽう、布をあずかった伝馬屋は、この手のねがいごとを時々、字を書けない町のおかみさんや子どもからたのまれることがあったから、さほどうたがいもせず、すんなりそれを引きうけた。そして、この使いものをたのんだのが、あのタカラノツノさまだと気づくこともなかった。タカにはもう、角がなかったし、熱とけがでふせっていたおかげで、すっかりやせてほおがこけ、髪もバサバサになっていたからだ。そんな子どもが、町の広場に引きだされたいくさ神さまと同じ者だとは、夢にも思わなかった。
 それだけをやりとげると、タカはそうそうに城下町(じょうかまち)をはなれた。

 そこまではうまくいったものの、帰りの道はくるしいものだった。タカがつれて来られた時を考えても、馬でなら朝、黒森山を出て、かけどおして夕方おそくには城まで行けたはずだった。けれどもだれにも見つからないよう、人のけはいがするたびに、身をかくしながらする旅を、しかも馬も使わず歩いて、ということになるとそうはいかなかった。さらに、城で足かせをつけられたまますごした三年ちかい月日は、タカの足をすっかり弱らせていた。そのことにいらだちながら、タカがようやっと黒森山のふもとについたのは、城を出てから四日目の昼すぎのことだった。

 それまでの旅で、タカは自分のかわりはてたすがたが、かっこうのかくれみのになってくれることを学んでいた。山にいたときも、めったに里に下りなかったから、タカの顔だけで捨丸のところにいた子どもだとはしられないかもしれなかった。だがタカは、ねんにはねんを入れて、里をさけて山道をのぼったのでよけいに時間がかかった。山道もまた、タカにはきびしかった。息が止まるかと思うほどけわしく、いつまでも捨丸の小屋にはつかないような気さえした。(どうか、小屋はもぬけのからであってほしい。)ねがいながらタカは土をふみしめた。

 しかしタカは、とうとう捨丸の小屋を見つけられなかった。夕ぐれ近くになってタカが見つけたのは、小屋のあとに作られた、二つの土まんじゅうだった。その上には四日前、自分が伝馬屋にたくした結び目のついた赤い布がそえられていた―。

 間に合わなかった‼
 土まんじゅうは、このあたりのしきたりにそって作られた墓(はか)だった。
 もう一度、角をおられたか、と思うほど、タカは目の前がぐらぐらして立っていられなかった。気がつくとタカは土まんじゅうにすがりつき、けもののようにほえながら、声のかぎり泣いていた。

 どれくらいそうしていたろう。ふたたびぼうっとあたりを見回したときには、もう夜だった。ごろっとねころがると、空いっぱいに、星がちらちらとまたたいていた。
 捨丸は目がよかった。タカが見つけられない星も、捨丸になら見つけられた。そのことを思い出して、もう一度、捨丸の言っていた星をさがそうとしたけれど、やっぱりタカには見つけられなかった。もうそんなことは二度とできないのだ、と思い知らされて、なみだがいつまでも止まらなかった。

 次の朝、タカはあらためて土まんじゅうのまわりを見まわした。そうしてみると、かなしみに目がくらんでいた昨日には目に入らなかったものを、いくつか見つけることができた。
 土まんじゅうに、たけはみじかいが、しっかりと草が生えていた。そのことはこの墓(はか)が、昨日や今日に作られたものではない、ということだ。だとしたら、タカがぬのをおくるずっと前に、二人は死んでいたということではないか。いや、その前にそもそもこの土まんじゅうがかあちゃんと捨丸のものなのか。新しい発見に、タカはがくぜんとしたが、一方で新しい力がわいてきた。もし二人が死んだとしても、どんなふうに亡くなったのか。何としてでもそれをたしかめなければならない。つぎに、あとかたもなく消えていたと思った小屋の方だったが、こちらも、もやされたあとがあった。草のあいだで、黒い炭(すみ)になったはしらをタカは見つけた。では、小屋は火事で燃(も)えおちたのだ。小屋は燃やされたのか、燃やしたのか、燃えてしまったのか?
 さらに焼けあとでタカは、やぶや小枝を切りはらうために、捨丸の使っていたさびた山刀(やまがたな)と、歯がかけた、かあちゃんのくしを見つけることができた。火事のせいだろう。どちらも木のところははじっこが焼けこげていた。それでもタカは山刀をぬのにつつんで腰帯(こしおび)にさし、くしをふところにしまいこんだ。そのほかにも、いくつか使えそうな道具を持ち、ぼろぼろになっていたけれど、焼け残っていた捨丸の服を着た。それからタカは山をおりた。

 いきまいて里におりたタカだったが、いったいどうやって二人のことを聞き出せばいいかわからなくなって、里の入る前に立ち止まってしまった。
 もしタカが、「黒森山にある土まんじゅうはだれのものか?」と聞けば、里の人たちはそれに答える前に、この若者が何でそんなことを聞くのか、とうたがうだろう。それが昔、黒森山の捨丸のところにいたタカだということが知れれば、これまでのことを何かとねほりはほり聞きだそうとする者が出てくる。城をにげ出してきたタカにとって、それはいいこととは言えなかった。自分をおっている猟師に足あとをわざわざのこして、つかまえてくださいというけものがいるだろうか?それと同じくらい、おろかなことだ。
 かといって、それまでも旅ぐらしと、口をきかなくてもいい、けもの相手の猟師のくらし、城に入ったあとでも、人としゃべり合うことなどほとんどない生き方しかしてこなかったタカには、てきとうにうそを言って、うまいこと自分の聞きたいことを人から聞き出す、ということができなかった。
「おや、あんた、どうしたんだい?どこから来た?」
 声をかけられて、びっくりしてうしろをふりむくと、そこには山菜(さんさい)かきのこを取りに山に入っていたらしい、かごをかついだ女が立っていた。
 どう答えていいかわからず、こまりはてたタカが山の方を指さすと、女はしばらく考えこむように、ボロボロの服を着たタカを上から下までながめ、こう言った。
 「あんた、いくさをしている南の国からにげてきたんだね?たまにそんな人がここまでながれついて来ることがあるよ。」
 すっかり古くなった捨丸の服をなつかしんで着たことがさいわいした。どうやら女は、タカをいくさからのがれてきたみなしごか何かだと思ったらしい。そういえば、コマ姫もおしのびで南の国からこの山を通って嫁に来たのだった。そのことを思い出し、タカはただだまってうなづいた。

 さいわい、女はおしゃべりなたちで、自分が里長のところで奉公(ほうこう)していることや、ついこの間、同じように奉公している男とめおとになって、屋敷を出て自分たちだけのくらしをはじめたことなどをつれづれに話してくれた。タカは返事さえあまりかえさなかったが、女はそれすらも「いくさでひどい目にあったんだろう、むりにしゃべらなくてもいいよ。」とひとりできめて、しゃべりつづけた。
 さらにタカに同情(どうじょう)した女は、自分の物おき小屋でよければ、ひとばんくらいは寝とまりしてもいい、とまでもうし出てくれた。何一つ、すがるもののないタカは、その言葉にあまえることにした。

 それでも、かあちゃんと捨丸のことを、どうやって聞こうかと考えあぐねていたタカだったが、その夜、思わぬ問いかけから、それを知ることとなった。
 タカににぎりめしをはこんできた女が、「そういや、あんた、昨日はどこで夜明かししたんだい?」とたずねたのだ。タカはつばをごくりとのみこんでから、ただ言葉少なに黒森山を指さし、山の中のひらけたところにある塚の横だ、と答えた。
 「よくもあんなところで一晩すごしたねぇ。あれはあの山に住んでいた猟師と、そのつれあいだった奥さんのお墓さ。」女はひどくびっくりしたようすだった。
 ―ああ、やっぱりあれは捨丸とかあちゃんの墓だったんだ―。
 絶望で目の前がまた暗くなる。それでもタカはたいこのように鳴りだした胸を押さえながら、「お墓?」と聞き返した。
 女が話しはじめた。
 つらくて、何度も泣きそうになったけれど、タカは女にそれに気づかれないようにひっしに気をつけながらさいごまでその話を聞いた。それによると、タカが二人のおさむらいたちにつれさられたあと、何か月かして、そのうちの一人がふたたび捨丸をたずねたのだという。そこで何があったのかは里の人たちにもわからない。ただ、その夜、捨丸の小屋は燃えてしまった。
「捨丸、…ああ、その猟師の名だがね、あたしもあんまり会ったことがなくて、よくは知らないんだよ。ただ会ったかぎりじゃ、あんまり口もきかない、ぶあいそうな人だったよ。けど、だからってだれかにうらまれるほど悪い人じゃなかった―と思うよ。どこからか旅してながれてきた親子づれと住むようになって、それをそのまま嫁さんにしたらしいんだがね、そのつれ子が城に召し上げられたんだそうだ。ええ?それがどうしてかってのは、あたしらにはわからないさ。知ろうとすれば首がとぶからかかわるな、ってうちのだんなも里長さまからきつく言われたらしい。でも、うわさではその子が鬼だったかキツネだったかとかで…。きられたのはそれがもとだったらしいよ。こわいねぇ。
 小屋が燃えた次の日、行ってみたらもう、二人はつめたくなっていたそうだよ。けっきょく、だれもとむらってやる者がいなかったから、里長さまと何人かの男手で、あの土まんじゅうを作ったのさ。
 ああ、ごめんよ、こんなおそろしい話、聞かせるんじゃなかったねぇ。あたしもここに来たばかりのころにこんなことがあったもんだから、そりゃあ、こわかったさ。でも、あんたはこうやってぶじだったんだから、もう大丈夫だよ。」
 ぶるぶるとふるえているタカを見て、こわがらせたかとあんじた女は、あわててそう言った。しかしタカはその時、体がふるえるほどのいかりをこらえていたのだった。

 女の話にうそはないだろう。おそらく、タカをいくさ神としてまつっておきながら、あの二人のうちのどちらかが、ここにもどって来て、かあちゃんと捨丸には、しらべてみたら、やっぱりタカは鬼だったと、うそをついて殺したのだ。
 ほうびがおしくなったのかもしれない。かあちゃんたちが、タカをかえせと食い下がるのを、うとましく思ったのかもしれない。くわしいことはわからなくても、これだけはわかる。殿さまにとっては、二人が生きていることは、何かの理由でふつごうだったのだ。だから、殺したのだ。
 かあちゃんと捨丸はタカがいなくなってからは、殿さまからさらなるほうびをもらい、貢物をおさめなくてもいいようになったのだと教えられた。だからタカは、二人はさびしくともゆとりのあるくらしを手に入れたのだ、と安心していた。けれどそのころには、二人はもうこの世にはいなかったのだ。聞かされた話をうたがいもせず、まんまと信じていた自分にはらがたった。

 殿さまと、二人を殺した者をこの手で殺しかえさねば、かあちゃんと捨丸と自分、三人のたましいは決してすくわれない。タカは怒りにふるえる体を両うでで押さえこみながら、強くそう思った。

 「ねぇ、その引きかえしてきたおさむらいさまは、どんな人だった?」へんなことを聞く、とうたがわれるかもしれなくとも、タカはふるえる声でたずねずにはいられなかった。
 「そう、たしかがっちりした大男だったよ。」
タカの胸の中に、殿さまとともに、くまざむらいの顔がきざまれた。

#創作大賞2024

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