タカラノツノ 第2話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
《はぐれ猟師・捨丸》
二人はあたたかい風を追いかけるように、南へ、南へと進んでいった。「南の人たちの方が、おおらかでやさしい人が多いって、昔、とうちゃんが言ってたからね。」かあちゃんはそう言った。
でもその話が本当とは言いがたかった。若い母親と幼い子どもだけでさすらうのを見て、あわれに思ってくれる人たちもいた。そんな人たちがいる、いごごちがよさそうな村や里はいくつかあったが、手ぬぐいをまいたタカの頭のことは、いずれ人々のうわさとなり、さいごにタカの角のことがわかると、たいていの人びとのたいどはかわった。そのことだけは北だろうと南だろうとかわらなかった。ごくわずかに、タカが悪さをするのでも、わざわいをもたらすようなものではない、とわかってくれる者もいたが、それでも大ぜいの声にはかなわなかった。
自分のことを言われているらしい、“鬼”とはどんなものなのか、とタカはさいしょのうち、よくかあちゃんにたずねた。かあちゃんははじめ、答にしぶっていたが、タカがあんまり聞きたがるので、あるとき鬼の絵があるというお寺で、たのみこんで鬼の絵を見せてもらった。顔はタカににてもにつかないゆがんだものだったが、頭に角が一本、二本、生えているところはタカと同じだった。タカにはもう一度ありありと、とうちゃんのおそうしきの時のおばさんや村のみんなの目を思い出した。
「かあちゃんやおまえがそうは思わなくても、人の心はあやういものよ。鬼ではないお前を鬼だ、という人もたくさんいるわ。だから、ほかの人がなんと言ってもお前を鬼だと思わない人だとわかるまでは、その角は見せてはいけないよ。」かあちゃんが言った言葉がほねみにしみた。
だからかあちゃんもタカも、人のうわさにはひどくびんかんになった。それでも、うわさして、こわがるだけならまだましな方だと言わなければならなかった。中には鬼の首を取ってその国の殿さまにささげ、武勲(ぶくん)をあげてやろうとたくらむ者までいたからだ。さいわい、そのときには二人がにげのびるのを助けてくれる者がいた。二人をにがし、そいつにはタカとかあちゃんはがけから落ちて死んでしまった、とうそをついてくれたのだ。けれどそれからというもの、二人はいっそう用心して、人の多いところはさけるように旅をするようになった。
でも、そんなあつかいを受けても、かあちゃんは決してタカを手ばなそうとはしなかった。「お前は鬼じゃない、ふつうの子だよ。」とまわりの声に引きずられそうになるタカの気持ちを、押し止めていてくれた。もしもそれがなかったら、タカは人を心そこにくむ、本物の鬼になっていたかもしれなかった。そんなかあちゃんの力強さとやさしさが、タカの心をいつも支えてくれた。
こうして二人はどこかの村や里にとどまっては旅立つくらしをくりかえした。北の村を出てからもう、二年と少しの月日がたっていたその間にも、二人はずいぶんと南に下って来た。生まれた北の地ではとんがっていた木の葉がしだいに丸みをおびはじめ、野宿でもしようものならたえられないほどさむい冬も、南の地ではどうにかやりすごせるようになっていた。
そんなとある南の山の中で、かあちゃんは足をすべらせ、足をくじいてそこから動けなくなった。自分で山はだをはい上がろうとして、すべって、を何度もやってみてから、とうとうかあちゃんが言った。
「タカ。すまないけれどさっきの村までもどって人を呼んできておくれ。」こんな思わぬできごとにはずいぶんなれっこになっていたタカは、頭のてぬぐいをしっかりまき直し、ずきんをかぶり、角が見えないように用心しながらさっき通って来た近くの村を目ざした。かあちゃんを引き上げてくれそうな男の人を呼び、お医者さまにみせれば、かあちゃんをなおしてもらえることも知っていた。
だが、昼に通りすぎた村までの道を、見失わないようにもどっていたはずだったのに、気がつくといつのまにかタカは、自分より背の高いやぶの中を歩いていた。
(きっと道をまちがえたんだ。)と思って元の道にもどろうと足をふみ出すと、そこに何もなかった。
「ひゃっ!!」と声が出て、どすん!とおしりから穴におちていた。はい上がろうとしても、さっきのかあちゃんと同じに、すべってしまって上までたどりつけない。タカは猟師(りょうし)の作った落とし穴にひっかかってしまったのだった。
これではかあちゃんを助けに行けない。どうしようもなくなったタカはとうとう、おおん、おおん、と声を上げて泣き出した。
「おや、おどろいたな。今日のえものは人間の子どもだぞ!」涙で目の前も見えなくなっていたタカの頭の上からいきなり、大きな低い声がふって来た。びっくりしてタカが見上げると、人かげが穴から中をのぞき込んでいた。そしてそれと同時にタカはひょいっとそのかげに持ち上げられた。
「どこの子どもだ?ここらでは見かけないな。」それは、わなの見回りに来たこの山の猟師だった。
タカが泣きながらかあちゃんのけがの話をすると、猟師はすぐにかあちゃんのもとにかけつけてくれた。そしてタカにしたのと同じようにあっというまにかあちゃんを引っぱり上げ、持っていた布でかあちゃんのくじいた足を、ぐらつかないようにしばってくれた。
そうしてかあちゃんをおぶい、タカをこわきにかかえて自分の小屋までつれていき、かいほうしてくれたのだった。
猟師の名は捨丸(すてまる)といった。「捨てられていた子だから捨丸じゃ。」と笑いながら自分のことを話した。捨丸は、細っこい体つきをしていたけれど、すばしっこくておそろしく目がよかった。小さすぎてみんなが見えない夜の星でも、捨丸なら見つけることができた。だから一人で山を歩けるような年になると、捨丸はすぐに育て親の元をはなれて猟師になったのだと言った。
捨丸はとうちゃんほどおしゃべりではなかったけれど、よく笑顔を見せる男で、かあちゃんやタカが何かを言ったりしたりすると、ちょっとしたおもしろいところを見つけては、笑った。かあちゃんもタカもすぐにそんな捨丸のことが好きになった。
一方、捨丸もかあちゃんをかんびょうするうちに、かしこくて明るいかあちゃんがすっかり気に入ってしまったようだった。かあちゃんのケガがなおっても「ずっとここにいないか?」と、すすめた。かあちゃんははじめのうちはかたくなにことわった。捨丸のことをきらいではなかったけれど、タカの角をどう思われるかが心配だった。これまでの旅してきた村や里の人たちのことを思い出すと、捨丸のねっしんさとはうらはらに二人の決心はにぶった。
でも何べんも捨丸が「ここにいろ。」とすすめるので、かあちゃんは最後にとうとう、タカの角のことを打ち明けた。捨丸はその話を聞いて少しだけだまりこんだ。それから長い指で、タカの手ぬぐいを取って、じぃっとその角を見つめた。角はタカの前より大きくなっていて、白くかがやきながら頭の上でピンと立ち上がっていた。それを見た捨丸は「それがどうしたっていうんだ。」と口を開いた。
「わなに落ちたときからお前のこともずっと見ていた。昔のおれの目つきにちょっとにていたよ。お前の目は人からはじかれたことがあるやつがする目だ。でも…そういうわけか。」それから一度、捨丸は何かを思い返すように目を閉じ、もう一度開いた時は、その目に明るい光をともしていた。
「シカにだってヤギにだって角はあるが悪さはしないぞ。お前のかあちゃんだってとうちゃんだって人間だ。それにお前は、母親を助けようとしておれのわなに落ちたじゃないか。その心があるかぎり、お前もまちがいなく人間だ。」そう言って、いつものように笑った。
それを聞いて安心した二人は、ここで捨丸といっしょにくらすことに決めたのだった―。
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