タカラノツノ 第11話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
《さいごの日》
タカがその場できり殺されなかったのは、ひとえにコマ姫がいっしょにいたためだった。この人は自分を助けてくれたのだ、と姫がひっしに声をしぼったからだった。
しかし、コマ姫の声が聞き入れられたのはそこまでだった。いくらコマ姫がそうではない、と言ったところで、助けるふりをして、じつは姫をさらおうとしたにちがいない、とうたがう者は決して少なくなかったからだ。いくさばかりをつづけ、だましあう殿さまたちの世界では、それはめずらしくもない考え方だった。
コマ姫はそのまま南の国につれもどされたが、一方でコマ姫といっしょにいたこの少年がどこのだれなのかと、南の国のおさむらいたちがタカのことをしらべはじめた。そしてほりょにした殿さまの兵やおさむらい、町の人に聞きまわり、タカがかつていくさ神としてまつられていた「タカラノツノさま」であることを、たちまちのうちにつきとめた。
けれど、そのことは少しもタカを助けなかった。
そのままタカの言い分を聞きとる、ということで“お取りしらべ”が行われた。
だが、いくさについては南の殿さまもじゅうぶんにかしこい男だった。タカの国の殿さまが、タカをにせのいくさ神をしたてあげて、国の民をだました、というふれこみでタカを死罪(しざい)にすれば、まだ本気でいくさ神を信じていた者はぜつぼうし、前のさわぎでタカをうたがっていた者は、だまされていたことをあらためて知って、殿さまに強いいかりを持つだろう。いくさつづきだったこの国の民は、このことで心そこ、たたかう気をなくす。そうすれば自分たちはもっとかくじつにいくさに勝てるだろう、と見こんだからこその“お取りしらべ”だったのだ。タカがコマ姫を助けようとしたかどうかなど、はじめから聞く気はなかった。
いくさなのだからそれくらいはあたりまえ。いくさをする殿さまたちにとって、勝つためなら、タカ一人の生死をそんな理由で決めるくらい、あさめしまえだった。
そのために南の殿さまも、わざわざこの“お取りしらべ”にやってきたのだった。
「お前が“タカラノツノ”か。」と役人にそうといかけられ、タカは答えた。
「城ではタカラノツノさまとかいくさ神さまとか呼ばれていた。でも、かあちゃんも言っていた。おれはただ頭に角を持って生まれただけの人間だ。」さくの向こうにつめかけた人びとがざわざわした。そんなうそはとおらないぞ、という声がそのすきまから聞こえた。
「うそじゃない。角のせいで、生まれた国でも、その国を出てどこに行っても“鬼”だと言われて、かあちゃんとにげるように旅をした。―あの国で捨丸と会うまでは。
そうやってどうにかこうにかおちついてくらせると思っていた山から、こんどはさむらいに角のことが見つかって、さらわれるように城につれて来られた。それだってはじめは、この国に鬼がいる、とうたがわれたからだ。それが、占い師が幸運(こううん)をもたらす角だ、といったおかげで話がまったくぐるり、とかわった。おれはそれから“タカラノツノ”と呼ばれるようになった。」
「では、おまえの角には勝ちいくさを呼びこむ“れいりょく”はなかったということだな。」ほら、見たことか、とざわめきの中から、また声が上がった。
「それはしらない。おれだってそうだったらいい、と思ったことはあったけれど、今、思い出しても、はじめに占い師がそう言ったきり、“れいりょく”については聞いたことがなかった。それにいざ、祭壇(さいだん)に上がってもおれは口をきいてはいけないと言われた。どうしてもお言葉を、と言われた時は、占い師がかわりにしゃべってくれた。」つぎつぎとあかされる、“タカラノツノ”さまのほんとうのじじょうを聞きたくて、人びとはしだいにタカの次の言葉を待つようになった。
「ふむ…、それがほんとうだったとしても、まずはお前には角がないではないか。お前の角はいったいどこに行った?」
ふいにそう聞いてきたのは、奥の一段高いところにすわっていた、赤ら顔の小さな男だった。それが南の殿さまだった。
この人が南の殿さまで、コマ姫のとうちゃんなのか、と思うとへんな感じがした。タカの国の殿さまはでっぷりとしていたし、若殿さまはひょろっと背が高かった。城に住むようなえらい人は、何かしら目立つ体つきをしているものだと思っていたタカにとってはひょうしぬけだった。おまけにコマ姫にもぜんぜんにていなかった。けれどそう思うと、ふしぎと少し気持ちがかるくなった。
「しらない。町の人たちに“にせのいくさ神”だと言われてせめられた時に折られた。―そのころにはおれがいても、このいくさに負けはじめていたからだ。」
南の殿さまは、ふん、と鼻を鳴らした。けれど、タカの最初の言葉にしかきょうみを持っていないのは、次の言葉でわかった。
「その角とはこれか?」そう言って南の殿さまは、家臣のおさむらいに布のかかった包みを持ってこさせ、広げて見せた。その場にいたみんなが息をのんだ。そこにはくまざむらいが見失ったはずの、折られたタカの角が、きらきらと光をはじきながらのせられていた。
「どうして…。」思わずタカはつぶやいた。南の殿さまは、そのタカを見て、自分の予想が当たったことに、まんぞくしたようだった。
「この角はわしの家来がお前の国の石工から、安く買い取ったとよろこんで、わしのところにおくられてきたものだ。うつくしく、めずらしいものだ、と言ってな。やはりお前の角だったか。」そこまで言うと、いったん考えをまとめるようにだまりこんでからまた、口を開いた。
「たしかにお前は“タカラノツノ”のようだ。話にもうそはないようだ。何よりそのようなこと、お前の国のあの殿ならやるだろう。」と言った。さくの向こうの人々の声はいかりのさけびにかわった。
「そうだったのか!あの国の殿さまは、こいつをいくさ神にでっちあげて、われらにいくさをしかけてきたのか。何というきたない手を使う殿さまだ。」南の国の殿さまのこの言葉がゆるがぬお墨(すみ)つきとなったかのように、南の国の兵たちは、タカと、タカの国の殿さま、そして国の人々をそしった。
いっぽう、「やっぱり殿さまといっしょになっておれたちをだましたんだな!」
「お前は角があっても鬼じゃなく、国では勝ちいくさを呼ぶ神として、ずいぶんと大切にされたはずだぞ!だましてそのおんをあだで返したな!」南の国からのそしりに何も言いかえせなくなったタカの国の人びとは、くやしさにかられてタカへのいかりのをいっそうふくらませた。
そればかりではない。とうとう「なあ、あいつの角は水晶だったろう?だったらあいつの骨もまた、水晶かもしれないぞ?はやく殺してたしかめて見ろよ。」と言い出す者まであらわれた。人びとのいかりのあまりくるったようにわめき、タカを殺せ、とさわぎはじめた。
そのかたわらで、タカは長いこと口をきけずにいた。いきなり目の前に出された自分の角におどろき、折った角で金をもうけたという石工にいきどおり、いかりくるう人々のざんこくな言葉に、何度目かのはげしいぜつぼうをおぼえた。
(ああ、あんたの言うとおりだ。)くまざむらいの話を思い出しながら、タカはひえびえとしたあきらめが、自分のはらの底(そこ)をながれていくのを感じた。けれど、そのながれが通りすぎてしまうと、ふしぎなことにタカの中にのこったのは、ひとつの言葉だけだった。それはいつも強い光となって自分をささえてきたものだった。それをたしかめると、タカは顔を上げてそこにいるすべての人に問いかけるた。
「じゃあ、お前たちはどうだったというんだ?」
タカから思わぬ問いを投げかけられ、人びとはつかのま、言葉を失ったようにだまりこんだ。けれどすぐに「今さら何を言うつもりだ‼︎」といくつもの声があちこちから上がった。
だがその時「しずまれ!」と声をはりあげた者がいた。南の国の紋章の入った着物を着ていたが、たしかにそれはあの、やせざむらいだった。それがどういうことなのか、すぐにタカにはわかった。が、それにはかまわず話をつづけた。
「殿さまとおれにだまされたと言ったな。たしかに殿さまは、おれの角に目をつけて、神でも鬼でもないおれを、“いくさ神”としてまつり上げ、あっちこっちに正しそうな理由をつけてはいくさをふっかけた。いくさで敵(てき)になった国の人も、おれたちの国の人も、そのおかげでおおぜい死んだ。それがいいことだとはおれも思わない。
けれどその殿さまは、いくさで国を広げて、まずしい自分の国をさかえさせるのだともおれに言った。お前たちをだましてまでしたいくさのおかげで、いっときであっても、ねがいどおり、しょっちゅううえていたこの国が、食べるのにこまらなくなったのもほんとうだ。それがお前たちのためではなかったとはおれには思えない。その気持ちまでをお前たちは悪いものだったと言いきれるのか?ほんとうにお前たちはだまされて、びんぼうくじだけを引かされていただけだったか?
いくさ神としておれを大切にしていた、と言ったな。それもほんとうだろう。おれはお前たちからも“タカラノツノさま”とよばれて、食べ物もいのりもささげられた。そのまごころをふみにじったからには鬼と呼ばれたところでしかたがないのかもしれない。
だが、ほんとうにそこにあったのはまごころだけだったか?
お前たちだって、おれがいくさ神でもないかわりに、鬼でもないと知ったとたん、おれの角を折り、売りはらって金にしたじゃないか。そして今は、おれのいる前で、平気でおれの骨までもが水晶ではないかとのぞみをかけて、早く殺せ、とさけぶ。なぁ、だとしたらおれとお前たち、いったいどちらが鬼なんだろうな?
さっきも言ったが、おれは角を持って生まれた。だからどこに行っても鬼だと言われた。だったらこの国ではその分、“タカラノツノさま”とあがめられて、いい思いをしただろうと言うか?でも今、こんなふうに言われてあらためてわかる。お前たちもおれを鬼だと言ったやつとやっぱり同じだ。
おれが生まれた村の人たちは不作でうえ、病がはやり出したら、その不幸をおれの角にたくして鬼だ、といみきらった。ほかもにたりよったりだ。それがこの国では、いくさに勝てる、という安心ほしさにおれの角を“いくさ神”にしてたよった。それだけだ。そしてそれがうまくいかなくなった今、おれだけをなじり、殺そうとしている。村の人たちもお前たちも、自分たちが安心できるように、おれを鬼と言ったか、タカラノツノさまと言ったか。―そのちがいしかない。
おれをタカラノツノと言った殿さまも、国をさかえさせるのだと、いくさのたびに正しそうな理由をつけた。あれと同じことを、お前たちもしているじゃないか。そうやって自分のかかえきれないふしあわせの理由を、おれのような、人とちがったすがたの者や、より弱い者のせいにして気持ちを晴らそうとする。そうしておきながら、自分こそがいちばんあわれな者なのだとうったえ、少しでもだれかからおこぼれにあずかることにひっしだ。
もう一度聞く。そこにあるのはほんとうにまごころだけか?
だとしたら角を持って生まれたおれ、いくさをつづける殿さま、そんなおれと殿さまにだまされ苦しめられた、となげくお前たち。ほんとうの鬼はだれだ?ほんとうに人を殺してもいいほどに、つみのない者はどこにいる?
おれだって、そうだ。おれの一言でいくさに行かなければならない人たちがいたのだから。たとえ占い師がおれの言葉を作ったとしても、おまえたちには同じことだ。だからおれは殺されるのだろう。
ただ、おれを育ててくれた捨丸は、かあちゃんを助けようとして落とし穴に落ちたおれのことを、その心があるかぎり、鬼ではない、と言ってくれた。だからさいごに守りたいと思ったコマ姫を、守りたくて走った時のおれは、鬼ではないのだ。
そのことだけがおれが人間として生きたという、だれにもこわせない、ほんとうのあかしだ。」
だれも、何も言わなったが、そこにはそうだともちがうとも言いきれないあと味の悪さがただよっていた―。
こうしてかつて国の者からタカラノツノさまと呼ばれ、あがめられたタカはその沈黙(ちんもく)を引き受けたまま、おおぜいの見ている前ではりつけにされ、槍でつかれて殺された。けれどももう、骨が水晶であるかをあばいてたしかめろ、という者はいなかった。そしてそのなきがらは、ほかの罪人たちと同じ、「つみびとの谷」と呼ばれる谷ぞこに、ごみのようにすてられた。
だが、それから数日たったのち、みょうなことを言い出す者があらわれた。それはタカの角を売った、石工だった。「つみびとの谷」の底には、世にもめずらしい、うすべに色のうつくしい水晶が、きらきらとかがやいている、というのだ。
じつはこの男、角を売った金で国を出て、しばらくはゆたかにくらしていたが、今度は自分が金をだまし取られ、たちまちのうちに、かつかつのくらしをしいられるようになった。そこで、ふたたびこの国にもどって来たという。
“タカラノツノさま”の死に方を知っているたいていの者は、その話を聞いてもきみ悪がって近づかなかった。もちろん、そんな中でも話が気になってしかたがなくなった者が何人かいて、「つみびとの谷」をのぞきに行った。だが、何も見つけられずに帰って来た。だが、石工はその話が耳からはなれなくなったかように、なおいっそう、紅水晶を手に入れたがるようになった。とうとうある日、まるでくるった人のように、目をらんらんと光らせ、「つみびとの谷」をおりていった。そして足をすべらせて谷ぞこにすいこまれ、二度ともどることはなかった。
けれどふしぎなことにそのあとも時おり、いくさがはじまり、かなしい死に方をする者が出ると、この「つみびとの谷」には、紅水晶が花のように咲いている、と言い出す者があらわれた。そしてそういった者はきまって、さそいこまれるように谷に行き、足をすべらせて命を落とすのだった。
人びとは、その見たこともない水晶を“タカラノツノ”と呼んで、そのかなしいさいごを、あわれみながらもおそれつづけた。
さあ、あとはいくらも話すことはない。タカラノツノの話もそろそろ終わりだ。
タカが殺されてからほどなく、殿さまと若殿さまが南の国の兵につかまり、そろって首を落とされた。いくさでさかえたタカの国は、そうやって、あとかたもなくほろんでしまった。けれど、その南の国のもまた長くさかえることはできなかった。世にもうつくしい水晶の角がある、と聞いたみやこの帝(みかど)が軍隊(ぐんたい)をつかわして、南の国にせめこんで来たからだ。しかし、帝の軍のさむらいたちは、水晶の角をどこにも見つけることはできなかった。南の国の殿さまの城にあったのは、角の形をしてはいても、白くにごった石のような、骨のようなものだけだった。おこった帝は南の国の城に火をかけて、あっというまにほろぼしてしまった。
タカに助けられたコマ姫さまは、いくさの道具にされてしまった人々と、自分のうんめいをうれい、幼いながらこの時すでに尼(あま)となっていた。そのためいくさにまきこまれることなく命をながらえたが、一生、寺から出ることはなかった。
それからさらに数年がすぎたある日、一人の僧が「つみびとの谷」にやってきた。やせざむらいによくにた、背の高い僧は、何日も語りかけるように念仏(ねんぶつ)をとなえてから、谷をおりていった。この僧もやはりもどってはこなかったが、それからは谷に“タカラノツノ”があらわれることもまた、ぷっつりとなくなった。
その僧の手には、白くにごった、骨のような、石のような角がしっかりにぎられていたという。
(了)
※今回の一連の記事には Shiki_haraguchi さんの画像を使わせていただきました。
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