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タカラノツノ 第10話 #創作大賞2024#ファンタジー小説部門

《ふたたび城へ》
 次の日の朝、女にあつくおれいを言って、タカは里を出た。「行くあてはあるのかい?」とたずねた女に、タカは「あっちだ。」と、城のある方を指さした。すると女は城下町まで行くという商人を道づれにつけてくれた。「この国ははじめてだろう?とちゅうまででもいっしょに行くといいさ。」というのがその言い分だった。タカはかさねて礼を言って、たびじについた。
 しかしタカは、と石をかりて捨丸の山刀をとがせてもらうと、みじかく礼を言って、すぐに商人とはわかれた。城に向かうことを知られたくなかったからだ。
 タカは山や森、時には里や村をたどって、ふたたび城下町の門までたどりついた。けれど、くまざむらいがいっしょにつれてきた兵(へい)が門をがっちりとかためていて、町に入る者を前よりもきびしくあらためていた。出るときはよかったが、もう一度、城に入ることはむずかしそうだった。
 (さて、こまったぞ。)タカは大きく息をはいた。

 だがタカが気にやむひつようはなかった。南の国の殿さまが、こっそり城下町のちかくまでしのばせていた兵たちが、ほどなく、城をおそったのだった―。

 門の外へとにげまどう人のながれにさからって、タカはやすやすと城下町に、つづいて城に入ることができた。見はりのたいていたたいまつを一本手に取ったタカは、まだ城を守っているはずのくまざむらいのすがたをさがし求め、ひた走った。

 むりやりつれて来られてから三年ちかく、タカはここで過ごした。鬼とおそれられるかわりにいくさ神として手あつくむかえ入れられ、それまでは向けられることのなかった、かんしゃとそんけいのまなざしをあびた。食べる物にも着る物にも不自由をしないくらしをさせてもらった。
 それでも、とタカは思った。城の者たちもそれまで旅してきた村や里の者たちも、何もかわりはしない。

 タカは自分でほしいと思ったわけでもないのに、角を持って生まれた。それに何かとくべつな力があるわけではなかった。ただ、絵にかかれたり、むかし話で話される鬼にすがたがにていたというだけだ。けれど人はそうは思わなかった。生まれた村では稲がかれ、はやりやまいで人が死んだことを、村のみんなはタカの角のせいにした。
 タカの目の前がふいに明るくなった。敵のだれかがどこかに火をつけたようだ。

 旅した先で、いたずらしてやろうとタカの手ぬぐいをむりやりとった子どもは、タカの角におどろいて、自分でひっくりかえってけがをした。そのことまでタカのせいにされた。タカだって手ぬぐいを取られて、こまりはてて泣いていたのに。
 右の方にまた一つ、火の手が上がった。

 けっきょく、タカをきらった者もあがめた者も、角をもったタカを、自分のつごうのいい者にしたてあげただけだった。ただ地面をてらす太陽を、ひたすらにふる雨を、そのときどきでありがたがったりうとんじたりする百姓と同じだ。

 自分と同じようなのに、ちょっとちがったかっこうをした者がなんでこの世にいるのかわからないから、きみ悪がってそんなことをするのだ、とむかし、捨丸が言ったことがあった。だからだいたいはゆるしてやれ、と。
 そうかもしれない。そしてタカがゆるしてやれば、そいつの心は安らぐだろう。でもおれは?そしてかあちゃんは?捨丸は?おれたちの安らぎというのはいったいどこにあるのだろう。それともおれたちはゆるされなくても安らげなくてもいい者だと思われているのだろうか?おれはそこまで悪いことをしたろうか。だれかをきずつけようと思ったことはあったろうか。おれはふつうの人間とそんなにもちがう者だろうか。タカは心の中の捨丸にそう聞いてみた。捨丸からの答えはなかった。
 (おれにはやっぱりわからないよ、捨丸。)

 いっそ、城も町も里もぜんぶ、燃えてしまえばいいと思った。

 火の手があらたに上がって、大きくなった。けむりもいせいよく上がって、息ができなくなりそうだった。その時、城の守りのそなえとして作られた、兵がかくれるためのみぞが目に入った。とっさにタカはそこにとびこんだ。

 「タカラノツノさま、なぜもどってきた?」
 そこにとびこむやいなや、ふりかかってきた聞きおぼえのある声に、ぎょっとしてふりむいた。そこには頭のしんがくらくらするほど思いつめた、かあちゃんと捨丸のかたき・くまざむらいがいた―。
タカは山刀を背中でにぎりなおした。
 くまざむらいはしばらくタカの答えを待っていたが、タカの怒りにらんらんとかがやく目を見ると、なっとくがいった、というような顔をした。「黒森山を、見てきたんだな?」タカはそれには答えなかった。
 「なぜ、かあちゃんと捨丸は殺された?」くまざむらいもまた、しばしだまりこんだ。けれど、タカの問いかけには答えた。
 「お前をいくさ神としてまつると決めたとき、殿が二人を殺せ、とおれにお命じになった。“神”でありながら、人から生まれた、と知れてはいくさ神を信じない者も出てくるからだ。
 ―そしておれは、それを受けた。それが、さむらいの仕事だからだ。」ああ、やはり。とタカは思った。
 それからまたしばらくだまりこんでから、くまざむらいが口をひらいた。
 「…じつはな、おれはお前のようなやつに会うのは、はじめてではない。
―ここの城に上がるまでは、おれは海のそばにある、ここよりもっといなかの村にいた。」とつぜんはじまった、くまざむらいの何のかんけいもないようなむかしがたりに、タカはめんくらった。だが、くまざむらいはかまわずつづけた。
 「そこにもお前のような子どもが生まれた。そいつはやはり男の子で、せなかとうでに、生まれつきうろこがはえていた。
 だがな、おれのいたその村にはある言い伝えがあった。体にうろこをもった、魚のような人間の肉を食べると、年をとらずにえいえんに生きることができる、と。それを知っている者たちが何をしたか、お前にならわかるだろう?」くまざむらいはそこで大きく息を吸った。タカは目を見はった。
 「そう、その子どもを大きくなるまで育て、それから食べてしまったのさ。もし、その子がふつうの人間だったら、とんでもないことをしでかした、と青ざめるだろうが、その子にうろこが生えていて、えいえんの命が手に入る、と聞いてしまった人たちにはそんなことはどうでもよくなる。
 食べたやつはみんな、こいつはうろこが生えているから人間じゃない。だからいいんだ、とか、うちの子は三つまでしか生きられないと言われてしまったから、一口でもいい、その肉を食べさせてやってくれ、とか―。だれもが自分たちにいいわけできるような、つごうのいい理屈(りくつ)をつけて、母親が泣いて止めるのも聞かず、その子の肉を食べたよ。そしてだれも、えいえんに生きられないどころか、明日もなく殺されていくその子のことは考えなかったんだ。…おそろしいだろう?
 しかも、そんなにまでして食べたのに、えいえんに生きたやつも、年をとらなかったやつもいなかった。その母親のいう通り、その子はただの、うろこが生えてしまっただけの子どもだったのがわかっただけだった。…そのきょうぐうがお前とよくにていた。」くまざむらいはそこで一度、何かを思い出すかのように口をとざした。けれど、また思いなおしたように言葉をついだ。
 「それなのに、おれはそんなことはすっかり忘れて…いや、あまりにむごいきおくでわすれようとしてしまった。けっきょくは殿のお命じだからと、お前の父母をきるまでは、な。あの子の母親と同じことを言った、お前の母親を…。
 だから、城にもどるとちゅうで、にせのいくさ神だ、とやり玉にあげられているお前を見て、だまっていられなかった。あの時、おれはお前を心そこあわれに思った、と自分ではそう思っていた。だが、今思うとそのようなものではなかった。それまでおれはそのむかしの思い出の中の自分の声を、聞かないふりでやりすごしてきた。だが、そのままではもう、おれ自身がこわれてしまう。それをいやだと思っただけだったのかもしれない―と。
 お前がやしろを焼いてにげたときは、いっそこのままにげのびてくれればいい、と思った。けれど、きっとお前は父母のもとをたずねるだろう。こうやってあだうちにかえってくることも考えていた。そこで討(う)たれてやるのもいいかもしれない、とも。
 だが、見ろ。いくさはもう、とりかえしのつかないところまできている。どんないくさ神さまも殿を助けることはできない。」その言葉に答えるように、みぞの外では何人かのさけび声が聞こえた。
 「あらためて言おう。タカ、ここからにげろ。さらばだ。」

 はじめてタカ、とほんとうの名前で自分をよんだくまざむらいは、いきおいよくみぞから飛びだしていった。「おうおう!嵯峨野(さがの)宗右衛門はここにいるぞ!」という声とともに、刀と刀がぶつかり合う音がしばらくつづいて、とおざかり、そしてしずかになった。

 そうなっても、タカはしばらくその場を動けなかった。かたきと思って、きりきりととがらせていたにくしみが、みるみるうちに、きりになって消えてしまった。くまざむらいが自分を助けたほんとうの理由。話していたその声に、おもくるしくながれていたかなしみ。それまでずっと、うたがい、にくしみつづけていた自分。そしてくまざむらいはおそらく今も、死ぬつもりでタカのにげ道を開きに行った―。
 くまざむらいから受け取った、思いもよらない言葉や思いが、タカの中にあふれかえってこぼれおち、すくいきれなくなってしまった。くまざむらいのすべてゆるせた、と言えばちがう。だがもう、この男の命をうばいたいとねがう、ねつっぽい気持ちはなくなってしまった。あとにのこったのは、そのさいごの言葉だけ。

 「にげろ。」そうだ。くまざむらいを殺しかえしたいとは思わなくなった今、ここにいる理由はなくなった。けれど一方で、殿さまへのにくしみがなくなったわけでもなかった。くまざむらいから話を聞いたことで、かあちゃんと捨丸を殺すように命じたのが、殿さまであることははっきりした。こちらにこそ決着(けっちゃく)をつけなければならない、とタカはあらためて思った。
 タカは、みぞからあたりをうかがい、人がいないのをたしかめると、いっきに走り出した。とちゅう、くまざむらいが、ひたいをわられて、天をにらみつけたままたおれて死んでいるのが目に入った。タカは泣きたいような気持でそれを見やったが、足をとめずに走りつづけるしかなかった。

 火にあぶられながら、タカは門をめざした。

 そのタカの耳が、ほのおの向こうに聞きおぼえのある泣き声をとらえた。それは今となってはとおい昔、落とし穴の中で泣いていた女の子のことをあっという間に思い出させた。
 (コマ姫!)
 さいごに会ってから少し背がのびて、ほっそりしていたけれど、それはまぎれもなくコマ姫だった。タカはさいしょ、姫がとほうにくれて、どこににげたらいいのかすらわからなくなったのかと思った。が、そうではなかった。コマ姫の足には、むかしのタカと同じように、足かせががっちりとはめられていた―。
 はずれたか、焼けたかしたのだろう。足かせはもうどこにも打ちつけられていはいなかっていたが、くさりがくずれた板の間にはさまって、はずれなくなってしまっていた。
 タカはかけよると、山刀を取り出し、その板に力いっぱいふりおろした。
 コマ姫の方はそんなことをする者がいることに、まずはぼうぜんとしたようだったが、それがだれかに気づたところで、おどろいたように「タカ…。」とその名を呼んだ。だがタカは答えなかった。かわりに足かせに目をやり、「いつから?」とだけたずねた。
 「だんなさまがこんどのいくさに行って、すぐ。」その言葉でなんとなく、タカにはコマ姫がこうなるまでのいきさつが見えてきた。
 ある時からぷっつりとコマ姫がタカのところに来なくなったのは、自分がいよいよいくさ神としてまつり上げられ、人前に顔を出すようになったことで、やしろへの出入りを禁じられたからだろう、と思っていた。それでなくても、いかに幼いとはいえ、コマ姫は若殿のもとに、とついできたのだから、タカと気やすく話すことはよく思われないにちがいない、と気にもしていなかった。
 もちろん、はじめのうちはそうだったろうが、そればかりではないだろう。おそらく負けいくさのにおいがただよいはじめたあたりで、いよいよコマ姫を、いざというときの南の殿さまへの切り札として使おうとした殿さまか若殿が、にげられてはいちだいじ、とこれをつけたのだ。
 (だからといって!)けれど同時に、タカの中に出口を見つけたように、いかりがいきおいよくふきだした。
 (だからといって、なんてひどいことを!)とうのむかしに外れたはずの足かせの重みが、あの時のいきぐるしい不自由さといっしょに、ふたたび自分の足にかかったような気がした。ふりおろした山刀がガツン!とひときわ大きな音を立てた。そしてとうとう、くさりがわれた板からはずれた。
 「走れる?」くさりを引きずらずにすむようにたぐりよせながら、タカはコマ姫に聞いた。姫がうなずくのを見て、手を引いてふたたび走り出した。火の手はまだとおい。くさりつきでも、足さえじゆうになれば、また、にげられるはずだ。

 しかし、二人がにげきることは、とうとうかなわなかった。城を出て、もう少しで城下町の門までたどりつく、というところで二人は何人もの男たちに行く手をさえぎられてしまったからだ。その背中にひるがえるのぼりには、殿さまのものでなく、南の国のしるしが入っていた。

 この日、殿さまの城は、とうとう南の国の殿さまの手に落ちたのだった。

#創作大賞2024

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