公邸料理人の包丁研ぎ考


前書き

こんにちは

在セルビア公邸料理人の盛戸と申します。
ネット上ではHALと名乗っておりますが、特に理由はありません。

肩書以外の情報は最低限で結構ですのでお好きにお呼びください。

なお、この活動は皆様に少しでも公邸料理人に興味を持ってもらう為の、言わば草の根活動のような物で雑記であり、メモです。

また、料理を知らない人に料理を説く様なものではございませんこともお断りいたします。

それでもいい。そういった方にお付き合い頂けたら幸いです。

はじめに

さて、今回は包丁研ぎに関しての記事となります。

と言いますのも

実は私、かなりの包丁マニアでございます。

頂き物、購入したもの、合わせて50本を超え、まあまあ多くの種類を扱って参りました。

そのため、Twitterにおける私のアカウントではそれなりの頻度で包丁に関したツイートを行なっており、フォロワー様などから質問もよく頂くのです。

が、個別対応では何度同じ話をする羽目になるのかわからない。

流石にそれはもう辛いので今回、記事を用意させていただく事としました。

1まずは結論から

『濡れた砥石で砥石を持ち上げられるくらい面をフラットにすればほぼほぼ問題は解決する』

時間のない方、長文が苦手の方はここまでで結構です。これだけやっておけばあなたの包丁が悪くなる事は少なくともありません。

ここから問題はややこしくなっていきますので、覚悟を決めてお進みください。


厳密には要因は様々あり、これひとつで全てがどうにかなる事はありません。やり方次第ではフラットでなくても十分研ぎ上げることが可能です。研ぎ師の砥石が必ずしもフラットでないのはそのためです。

しかしそれこそ技術が必要で、後述する要穴ありきの話となりますので一旦、これを結論とさせて頂くのです。

2研ぎとは

研ぎとは『包丁の刃を荒らし傷つける行為である』

なんだ!?と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、これが研ぎの役割です。

インターネットの写真などで見ていただきたいのですが、研いだ包丁の刃をマイクロスコープで見てみると細かい傷がつき、刃はガタガタ、これ本当に切れるの?と聞きたくなるほど荒れているように見えます。

なんとなくのイメージで、分子まで切り込むかのような滑らかな先端が切れ味だと思っていた方は結構驚かれたのではないでしょうか?

本当の切れ味を構成する要素は目に見えない細かな傷で構成された『極小目のノコギリ』ともいえる物なのです。

この目に見えないギザギザが食材に鋭く食い込む事で、あの美しい切断面が生まれるのです。

この極小目の傷を包丁の刃渡り全面につけるのが研ぎの目標です。

2何故やり方が違うのか

目標は定まった。さあ研ぎだ!

YouTubeなど多くの包丁研ぎ動画を見たり、先輩や有識者の指導を受けたあなたは気づいてしまいます。

『みんな言ってる事違うんだけど、、』

目標は決まっている。なのにその道筋は人によって、驚くほど違う。どころか真逆なのです。

例としては

・砥粒は流せ!流すな!

・糸引はしろ!するな!

・裏はしっかり砥げ!裏は最後に番手の高い石で少しやれ!

・包丁は最初に、研ぐ前に磨け!磨きは最後、終わった後だ!

・研ぎは力を入れるな、最小限でやれ!しっかり角度を固定しろ絞るように砥げ!

こんなのはまだまだ一部。細かく分類したらキリがない

その問題を解決するため、正しい研ぎを身に付けるため、私は各地の研ぎ師、包丁鍛冶を渡り歩いて訪ね回ることとしました。

関連施設合計約30軒ほど。色々な職人に話を聞いてきました。(とはいえ出身地北陸に偏る)

その結果

『やっぱり全員違う!』でした。本当に全く違いました。

とはいえ、収穫はあります。大多数の職人の共通項。それは

『砥石の使い方』です

私は砥石を面で使い、切先、刃先、刃元の3箇所に分け研ぎ上げていたのですが、職人は砥石を線で使い長くストロークをとって、一つ一つ刃を起こすように研ぎ上げる人がほとんどでした。

このやり方であれば自然で美しい包丁の反りを作ることも容易で、砥石のフラットな面取りも重要ではないのです。それどころか、伝説クラスの職人はわざわざ凸型砥石を特注して『点』で砥ぎあげる事もあるそうです。

また、その中で私が気づいた仮説があります。

職人の仕事これだけやり方が違うのに、完成はどれも素晴らしい。なら工程そのものは重要ではないのではないだろうか?もしかしたら、

やっていることではなく、『やっていない事』に意味があるのではないか?と。

3やってはいけない事

そう思って確認した所、確かに共通して『やっていない事』は存在しました。

それを『やってはいけない事』と定義して、いくつか紹介します。

『砥粒をたっぷり使うな』

砥粒は流すな。と教わる方は多いのではないかと思います。しかし、まるで泥のような砥粒の中で砥いでいると、包丁と砥石の接地が不安定になり、歪みの原因となります。鎬の狂った包丁は恐らくこれが原因かと思います。特に中砥、荒砥で起きやすいので、適度に砥粒は流して包丁に付着した砥粒のみで研ぎ上げるくらいがいいのかなと。逆に仕上げ砥石は砥粒が出にくいので絶対に流さず、使う前に出しておいてもいいくらいです。

『力を不安定にするな』

研ぐ時に力を抜けという人も、力で固定しろという人も両方いましたが、長時間一つの包丁を研ぐ人はいませんでした。もちろん仕事です、時間を取られすぎては商売になりません。だからともいえるのですが、数人の職人は疲れが刃付けを狂わせると言っていました。また、刃を抑える手は大半が一本指。逆の手は柄を小指で固定し二点で支える持ち方で無駄な力を加えないよう最小限の固定を行なっていました。ここから、研ぐ力は常に一定であれと工夫されていたのだと思います。実際に研ぐ力は一定だと注意する職人はかなりいました。

『糸引はするな』

ぶっちゃけ私が行ったところで糸引きをやってた職人はいませんでした。蛤刃なんて馬鹿らしいと言ってた人もいました。ただし、2人の職人が関西の職人は糸引きを好んで使うと教えてくれたのでデータの偏りは否めない以上、これは強く言えません。個人的には比較的硬度の低い出刃、牛刀の仕立てなのかなと理解しています。

以上ここまで

思い出したら追記します。

これからやるべき事

『砥石を線で使う』はかなり難しいですが、面で使ってるうちに到達できる地続きの技術です。ですので、とにかく経験値稼ぎのため面使いを繰り返すのが結局近道なのです。

であるなら、面使いの効果を最大限生かすため、砥石をフラットにしようと言う事を結論とさせていただきました。その上で、『やってはいけない事』を参考にして頂けたらなお良いのかなと思っております。

また、これだけ言ってきましたが正直な所やり方云々が正しかろうと間違ってようと、包丁は切れればいいと言われてしまったら何もいう事はないのです。

大半の包丁鍛冶は『道具は好きに使っていい』と言ってましたし、研ぎ師はだから『俺たちが居る』のだと言っていました。

我々は日々不都合なく使えるレベルを維持できていれば十分なのです。

もちろん。切れるなら切れるに越した事は無いのですが、時代はアウトソーシング。プロを利用するのは間違ったことでは無いのです。

あくまで私の自己満足の世界。各自やり方はお好きにどうぞ。が前提でもあるのです

これが正しいと言うつもりも、そもそも大した確証も無いので、あなたはこの記事を参考にしてもしなくても良いのです。

上手く包丁と付き合って、今できる範囲でのメンテナンスこそやるべき事かと思います。

以上です

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