あたしはてんさいだから

 あたしはてんさいだから。なんでもできます。ほうっておいて。あたしはひとりでだいじょうぶ。たにんにきょうみはないの。あたしはあたしのことがだいすきで、あたしさえいればもんだいない。せかいはきょうもうつくしく、あたしをかがやかせてくれる。それを、自己肯定感の化け物だと、あなたは言うのでしょう。
 あたしはてんさいなので。ひとまえでなみだはみせません。ながすひつようがありません。なやみはあるけれど、だれかにいうひつようはありません。なみだはながさないので。だれかにさんどうしてほしいわけではないので。あたしは、あたしのことだけをわかっていればいい。あたしは、あたしのせきにんだけとればいい。あたしは、あたしのすきなようにいきて、好きなように、死ぬ。
 私は天才なので、間違いだと言われても気にしません。私は何も変わりません。変える必要がないのです。ほら、耳を澄ましてみて。声が聞こえるの。そう、貴方には聞こえないでしょうね。知らない何かが、知らない誰かが、私に教えてくれるのです。こうしたら良いって、その声に従えば、私は上手くいくのです。世の中ってやつを、泥一つない道を、足跡一つ残さず、綺麗に歩いていける。そうやって、私は生きてきた。そんな私を、誰もが、天才と、呼ぶ。

 私は、孤独で。孤独で、天才だ。天才なのだ。私ってやつは。きっと、それは自己肯定感の化け物で、好きなように生きて、好きなように死ぬのだ。そういう風に、見えるのだ。でも、誰も私の身体を巣食う苦しみはわからない。いや、苦しみではない。これは、何だ。この、指先から肘まで巣食う、真っ黒なこびりつく泥のような、何かは。搔きむしっても消えない。それなのに、真っ赤な跡だけ残る。その泥のような得体の知れない何かは、いつかは心臓に至るだろう。胸元が、肺が、違う、心臓が、その奥が痒い。痒くて堪らない。何かが疼く。皮膚じゃなく、もっと奥が疼いている。でも、それをどうして良いかわからない。どうしたら、もっと幸せに、けんこうてきに、生きていけるだろうか。そんな風に思ったこともある。
 私は、天才だ。そう、疑ったことはない。私は天才なのだ。だから、何をしても良いんだ、って、そんな風に思ったことは一度もなくて。ただ、生きていたかっただけで。それでも、私は、天才だ。そんなことを、繰り返し、繰り返し、それを頼りに、縋って、思っては。

 自分は、ただの凡人だったのだ、と。そう思うようになったのは、天才が生まれてから十年後のことだった。

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