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原子力の有効活用と石炭火力退出への道─エネルギー・トランジションをめぐる2024年4~6月の動き(3)


はじめに

2024年4〜6月にも、エネルギー・トランジションをめぐって、いろいろな動きがあった。本書(橘川武郞『エネルギー・トランジション 2050年カーボンニュートラル実現への道』白桃書房、2024年3月31日)で詳しく取り上げた閣議決定「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針 〜今後10年を見据えたロードマップ〜」(2023年2月)にもとづき、2024年5月17日、水素社会促進法(「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」)とCCS事業法(二酸化炭素の貯留事業に関する法律)が同時に成立した。その2日前の5月15日には、総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会で、第7次エネルギー基本計画の策定をめざす審議が本格的に始まった。

しかし、その検討が前途多難で、しかも岸田政権の姿勢に問題があることは「第7次エネルギー基本計画策定をめぐる岸田政権の混乱─エネルギー・トランジションをめぐる2024年4~6月の動き(1)」で触れた。

そもそも、2021年に策定された第6次エネルギー基本計画が野心的に過ぎ、それを元にした第7次エネルギー基本計画はほとんど空想的なものとなりかねないことを、「第7次エネルギー基本計画の実現は野心的というより空想的─エネルギー・トランジションをめぐる2024年4~6月の動き(2)」に示した。

そこで本稿では、空想的な計画を現実的なものにする隘路を示すのとともに、国際会議などで批判されることの多い日本のエネルギー政策についても建設的な対案を示す。

(1)原子力によるカーボンフリー水素供給が「空想化」回避の鍵

2040年度の電源構成見通しの「空想化」を回避する道はあるのか。一つだけある。それは、原子力を、狭い意味での電源としてとらえるだけでなく、二酸化炭素を排出せずに作るカーボンフリー水素の供給源としても位置づけることである。

カーボンフリー水素は、カーボンニュートラルを実現するうえで、必要不可欠な基幹的な原燃料である。ガス火力を水素火力に転換し、水素と二酸化炭素で合成燃料(e-メタンやe-フュエル、グリーンLPガスなど)を製造し、鉄鋼業に水素還元製鉄を導入しない限り、カーボンニュートラルは達成されない。「カーボンフリー水素なくしてカーボンニュートラルなし」は、もはや「世界の常識」だとさえ言える。

カーボンフリー水素としては、通常、太陽光発電や風力発電で生産された電力(グリーン電力)を使い水の電気分解を行って得る、いわゆる「グリーン水素」が想定される。しかし、グリーン水素には、太陽光発電や風力発電の稼働率が低いため、電気分解装置の稼働率も下がってしまい、それがコスト高につながるという「泣き所」がある。

それに対して原子力発電は、ベースロード電源として使えるものであり、高い稼働率を維持することが可能である。原子力発電所からの電力で水の電気分解を行えば、電気分解装置の稼働率も高水準に保つことができる。カーボンフリー水素をめぐる重大な高コスト要因の一つが、取り除かれるのである。なお、原子力から作る水素について「ピンク水素」という呼称が使われることがあるが、この言葉は意味不明であるし、一種の悪意を感じさせる。より広い概念ではあるが、「カーボンフリー水素」という言葉を使う方が、実態を理解しやすい。

カーボンフリー水素であるグリーン水素や、CCS(二酸化炭素回収・貯留)を使って得るブルー水素を作るコストは、海外の方が安い。グリーン電力のコストだけでなく、多くの場合、油・ガス田を貯留場所とするCCSのコストが、海外の方が割安だからである。したがって、日本の場合、今のままでは大半のカーボンフリー水素を海外から輸入することになる。これではエネルギー自給率は向上しないし、カーボンフリー水素の海上輸送費も高くつく

国内の原子力発電所をカーボンフリー水素の供給源にすれば、この問題も解決する。カーボンフリー水素の国産化が実現するのである。

さらに、原子力発電所の発生電力の一部を水素生産用に回せば、その分だけ従来型の電力供給量を減らすことができ、再生可能エネルギー電源の「出力制御」を抑制することができる。ともにカーボンフリーであるという共通の特徴をもつ再生可能エネルギーと原子力との共存が、実現するのである。

第7次エネルギー基本計画の電源構成見通しにおける原子力の比率を高めるためには、原子力を従来型の電源ととらえるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源とも位置づけられる、新しい視点を導入するしかない。この視点が打ち出されるならば、国民の原子力に対する評価も、かなり好転する可能性がある

(2)第7次エネルギー基本計画における原子力発電をめぐる論点

ここからは、第7次エネルギー基本計画の策定にあたって、注目されるいくつかの個別的論点に目を向けよう。はじめに原子力発電をめぐる論点を取り上げ、次に火力発電をめぐる論点に言及する。

原子力発電をめぐる第1の論点は、「次世代革新炉の建設」が明記されるかである。この点については、原子力推進派が圧倒的多数を占める基本政策分科会の委員構成からみて、明記される可能性が高い。

しかし、たとえ明記されたとしても、実効性はほとんどない。そもそも、原子炉建設のリードタイムは数十年に及ぶから、今、決めても、2040年には間に合わない。次世代革新炉は、2040年度の電源構成見通しには織り込まれようがないのである。

また、岸田政権の掛け声とは裏腹に、次世代革新炉の建設については具体的な方針が示されないままであり、現実には、既設炉の運転期間延長だけがどんどん進行している。既設炉の運転延長ができるのであれば、電気事業者がわざわざ高いコストをかけて、次世代革新炉を建設するはずはないのである。この点について詳しくは、『エネルギー・トランジション』の第4章を参照されたい。

また、同書の第2章で紹介したように、政府資料の「GX実現に向けた基本方針 参考資料」(2023年2月)によれば、向こう10年間で150兆円にのぼるとされるGX関連の官民投資のなかで、原子力(次世代革新炉)関連の投資は、わずか1兆円にとどまる見込みである。つまり、「150兆円のうちの1兆円」、「150分の1」の位置づけに過ぎないのであり、実際には次世代革新炉は、あまり「頼りにされていない」存在なのである。

原子力発電をめぐる第2の論点は、2011年の東京電力・福島第一原子力発電所事故以降策定された第4次・第5次・第6次エネルギー基本計画で受け継がれてきた「可能な限り原子力依存度を低減する」という表記が、削除されるかである。この点についても、基本政策分科会の委員構成からみて、削除される可能性が高い。

すでに述べたように、第7次エネルギー基本計画が示す2040年度の電源構成見通しでは、原子力の比率は25~30%程度とされるであろう。この数値は、福島事故以前の原子力依存度と、ほぼ同水準である。

(3)第7次エネルギー基本計画における火力発電をめぐる論点

一方、火力発電をめぐる第1の論点は、天然ガスの確保をどう書き込むかである。

本書の第1章で詳述したように、第6次エネルギー基本計画では、GHGの46%削減目標との帳尻合わせのために、2030年度の電源構成見通しにおけるLNG(液化天然ガス)火力の比率は、第5次基本計画に比べて7ポイントも引き下げられて、20%とされた。そのこともあって、日本の2030年における天然ガス消費量は年間5500万トン未満にとどまる見込みとなった。これは、日本の2020年のLNG輸入量が7450万トンだった事実を想起すれば、2000万トン近く、大幅に減少させることを意味した。

この第6次エネルギー基本計画の誤った判断は、その後、日本がカタールなどで多くのLNG調達の長期契約を失い、天然ガスの「買い負け」を経験する大きな原因となった。とくに2022年2月のロシアのウクライナ侵略を機に本格化した天然ガス争奪戦のもとでは、この「買い負け」がもつ意味は深刻であった。

第7次エネルギー基本計画では、第6次基本計画の過ちを繰り返してはならない。そのためには、少なくとも2040年度の電源構成見通しにおいて、LNG火力の比率を減らすことなく、20%を維持すべきであろう。

火力発電をめぐる第2の論点は、石炭火力をどうするかである。

日本とドイツを比較すると、電源構成に占める石炭火力の比率は大差がなく、2022年にはドイツが32%で日本が31%、2023年にはドイツが26%で日本が29%であった(自然エネルギー財団「統計 国際エネルギー」)。しかし、石炭火力をめぐる両国への国際的評価は、対照的と言っていいほどの違いがある。ドイツは、COPやG7などの国際会議で、石炭火力をたたむ「正義の味方」のように振る舞っている。一方日本は、石炭火力にしがみつく「悪者」であるかのような扱いを受け、毎年のように、不名誉な「化石賞」を与えられる羽目に陥っている

同じように石炭火力を使っているのにもかかわらず、日本とドイツで、なぜこれほどまでに評価の違いが生じるのか。その理由はたった一つ、ドイツが石炭火力を廃止する時期を明示しているのに対して、日本がそれを明示していないからである。

ドイツは、アンゲラ・メルケル政権時代には、2038年に国内の石炭火力を運転停止するとしていた。その後、緑の党が連立与党に加わった現在のオラフ・ショルツ政権では、石炭火力の廃止時期を2030年に前倒ししたが、ウクライナ戦争開始後にドイツが石炭火力への依存を相当程度維持している実情を踏まえれば、廃止時期は2038年に戻される可能性がある。

それでは、日本は、いつ石炭火力をたたむことができるのか。

日本政府は、2020年代後半には、石炭火力に20%程度のアンモニアを混焼する方針である。また、日本最大で世界有数の火力発電会社であるJERAは、2022年5月に発表した「2035年に向けた新たなビジョンと環境目標」のなかで、石炭火力へのアンモニア50%以上の高混焼について、2030年代前半に商用運転を開始すると宣言した。アンモニア混焼率が50%を超え100%のアンモニア専焼に近づくと、もはや石炭火力とは呼べなくなり、ガス火力とみなすべき状態に達する。この時点が、日本が石炭火力をたたむタイミングとなる。それは、2040年ごろになると言って、問題なかろう。

じつは世界のなかで、石炭火力の建設的なたたみ方、つまり石炭火力のアンモニア火力への転換を提示しているのは、日本だけである。にもかかわらず、わが国の評判は、すこぶる悪い。このような閉塞状態を打開するために、日本政府は、第7次エネルギー基本計画において、2040年に石炭火力をたたむと世界へ向けて宣言すべきである。そうすれば、国際社会から、「石炭火力の延命のためにアンモニアを持ち出している」と揶揄されることもなくなる。日本は、大手を振って、2040年まで石炭火力を使い続けることができるのである。

なお、この石炭火力をめぐる議論について詳しくは、本書の第5章を参照されたい。

おわりに─原子力を従来型の電源ととらえるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源に

本稿では(1)~(3)までを通して、2024年5月に策定に向けて審議が始まった第7次エネルギー基本計画について、『エネルギー・トランジション』での議論を踏まえ、焦点となる2040年度の電源構成見通しを中心に展望した。「2035年GHG排出2019年比60%削減」という厳しい前提条件をクリアしようとすると、このままでは、第7次エネルギー基本計画の2040年度電源構成見通しは、「野心的」を超えて「空想的」なものとなる。

第7次エネルギー基本計画の「空想化」を回避する方策は、一つしかない。それは、原子力を従来型の電源ととらえるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源とも位置づける、新しい視点を導入することである。

2024年7月20日記
橘川武郎(国際大学学長、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授)

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