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短歌連作「Fall Guys」

連作「Fall Guys」


あなたと私はすごく近い場所にいて、それと同時にすごく遠い場所にいる。上京してきたとき、新宿や渋谷の街を見て感じたのはそのことだった。あなたが行ったことのある街は、あなたが通ったかもしれない改札、あなたが見たかもしれない広告、あなたが触れたかもしれないもので溢れている。

しかしあなたがいるのはあくまでも「バーチャル東京」なのであって、直接私の世界と交錯することは、きっと、ない。それは単にVtuberとしての設定だとか、言葉遊びだとかいうことを超えて、はっきりとした確信を伴う事実だ。私たちに許されているのはあなたの言葉をそっくりそのまま信じることだけで、それ以外のことではない。

霞を食って生きる、という言葉があるけれど、まさにあなたは霞のような存在だと思う。あなたを食べることはできる。むしゃむしゃ、むしゃむしゃと体内に取り込んで、それで生きてゆくこともできる。あなたのおかげで生き延びているという人は世の中にたくさんいる。私だってそうだ。でもあなたはどこまでも霞のままで、多分「◾️◾️◾️◾️」という名前はあなた自身にとっても霞のような言葉なんじゃないかな。

あらゆることを疑ってみても、そこに「疑う私」が存在することは紛いのない事実なのだと言う人がいるらしい。そんな馬鹿な、と思うけれど、もし世界のすべてが嘘なのだとすれば、私たちは信じることによってしかその世界と関われないし、逆に、すべてが正しいことになってしまうんじゃないかと不安に思ったりもする。信仰の問題。あなたがこちらに向ける眼差しはあまりにも微弱なものだから、だから私はときどきあなたのことを「推し」と呼んでしまう。「推し」という言葉はこわい。たぶんそれは、私とあなたの間に一方通行の橋だけがかかっているかのような幻想を与えるからだと思う。本当はあなたから私の方に向けられた橋も、その逆も、その可能性もあるはずなのに、どうしてか私たちはこのことに目を瞑ろうとしてしまう。

私は文学に、幻による徹底的な一元的な世界を期待している。作品にべったりと張り付いた二次創作も、リアルとバーチャルの相互関係も、「中の人」が演じているキャラクターも、どれも私がみたいものではない。私はあなたがつく神経質な嘘のすべてを愛している。あなたの名前は「◾️◾️◾️◾️」で、そんなあなたは歳を取ったり取らなかったり、年齢不詳を自称してみたり、あるいは飼い猫の存在を隠していたり、「あなたは結局向こう側のひと」と歌ってみたりする。ぜんぶがほんとうで、たぶんぜんぶが嘘。

踊ってない夜を知らない 踊ってない夜が気に入らない

フレデリック「オドループ」

春の風を待つあの花のように
君という光があるのなら
巡り巡る運命を超えて
咲かせるさ 愛の花を 花束を

Awesome City Club「勿忘」

あなたみたいになれやしなくて
あの月を追いかけるように
渇いた心は満たされないまま

はるまきごはん×キタニタツヤ「月光」

「嘘」という言葉はあなたを傷つけるために選ばれている。あなたが歌ったことのある曲は、どうしようもなくあなたの曲になってしまう、なんて思ってしまうのも同じだ。恋は盲目であり、愛の前にすべての倫理は崩壊する。許してほしい。許してほしくない。ねえ明那、あなたは私のことを拒否することができるよ。





いつまでも記憶の中の宮殿は焼け落ちたって宮殿だから/「Fall Guys」より





【作品テキスト】

(あなたは毎年好き勝手に年齢を決める。いつか追いついてしまうことが怖い、)
きみの背はとっくに超えたはずなのにいつも工事中の渋谷駅

(二○二○年十二月二十五日 3Dお披露目配信)
運転が上手いあなたの助手席で、はじめてあなたの横顔を見た

画面酔い防止のために俺を見ろ、ってそれから私は煙草を吸って

(二○二一年、姫路城に登った。あなたは兵庫県出身だとか。)
リアル神戸に行ったことがあるきみはいま夜のバーチャル東京にいる。

結核じゃなかったんだと知らされて綺麗なのだろう肺の音

真っ直ぐに立つ避雷針むかしから一人で眠るのがこわかった

珈琲に氷が溶けて得なのか損なのかわからないけど 落ちる

猫と住むことは孤独を意味するか?更新されてゆくWikipedia

(「短歌における〈私性〉というのは、作品の背後に一人の人の――そう、ただ一人だけの人の顔が見えるということです。」岡井隆『現代短歌入門』)
顔の奥にたった一人の顔だけが見える あなたは防音室で

西向きの窓から差してくる光 花火に手を伸ばしてみた、ふいに

東京湾に打ち上げられた一匹の鯨かすかに風にふるえて

(「俺は俺のままがいいです」)
さまざまなテンポの曲をカバーするきみはいつからきみだったのか

それなりに美しい蜘蛛 集めれば集められるほどうれしい王冠

きみに過去、ぼくに未来のあることの揺るがなさって虹のようだね

いつまでも記憶のなかの宮殿は焼け落ちたって宮殿だから

風速の測り方から遠くない愛はこのぐらいって大きな

(「どうか、どうか幸せになっていってください」)
枝に降る季節外れの秋の日が、秋だ 大きな秋の日差しだ



(私の生涯の「推し」、三枝明那に捧ぐ)

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