informant girl_①


「情報」を制すれば戦争を制する。
「情報」を制すればビジネスを制する。
「情報」を制すれば政治を制する。

我々は「情報」を扱う、茶会の主催者である。
















「マッドハッター」
「アンバースディ」
「J・D」
「トゥインクル・バット」
私たち情報屋を差す言葉は多々あるが、そのどれもが正しく、そのどれもが不適切だ。
「情報」は最強の武器である。
故に、自分たちの正式名称であっても他人に知られれば脅威となることを私たちは知っている。

「いらっしゃいませ」
「え、えーっと……確か、その……」
そこは全国チェーンで展開している猫カフェ『Chesha』
客の多くは20代から40代の女性、それらが茶を飲みながら猫と戯れている中、少し珍しいお客が現れた。
「お客様?」
気弱そうな、眼鏡をかけた20代の男性。赤と緑の縞模様の上着の内側にはアニメイラストのTシャツが見えている。
多分、恐らく、これは「特別なお客」だろう。
「『木登り猫は、ご不在ですか?』」
ほら、やっぱり。
「こちらへご案内します」

当然ながら店の公式サイトには載ってない。
表だったSNSにも出回ってない、人伝えの口伝でしか伝わらない窓口の1つ。
第2、第3水曜日、東京池袋にある『Chesha』で黒いエプロンで眼鏡をかけた茶髪の女性……つまり私に『木登り猫』の所在を問うこと。そうすれば奥の特別室で知りたいことを教えてもらえる。
それが『私たち』の窓口の1つだ。
「ご注文は?」
「え? あ、はい……今回は――」
逸る若者が続きを言う前に人差し指で制止を促す。
「そう言う意味ではありません。お飲み物の注文をお伺いしているのです」
「では……オレンジジュースで」
「かしこまりました」
飲み物を用意するためキッチンに向かう前、ふと、ちらりと若者補足小さな両腕が、精一杯の握り拳を作っているのが見えた。
私たちに辿り着くまでにどれほどの労力をかけたのかは知らないが、多分、恐らく、彼は彼自身が抱える目的に相当な執念を抱いているのではないかと伺い知れた。

「お待たせしました」
通常の猫カフェで出すのと同じような形式でオレンジジュースを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
とお礼は述べるがそれそのものには目もくれず、私をじっと見ている。
「時間制限等はありませんから、そんなに焦らなくとも大丈夫ですよ」
「え、えぇ……分かってます。ただ、本当に……本当に貴女が、『マッドハッター』の窓口なんですか?」
『マッドハッター』今回はその名前か。なるほどなるほど。
「その名前は正式名称ではないですが、呼びやすければそれでいいでしょう」
「わ、分かりました……」
「で、ご依頼は?」
若者は「やっとこの瞬間が来た」とばかりにゴクリと唾を飲み、口を開いた。

「ハシバ製薬で行われている違法行為と、その黒幕が誰か……です」

話を聞くとこうだ。
3か月前に彼が交際していた女性が自殺した。彼女はハシバ製薬の医療事務として働いていたそうだが、ある日、何の前触れもなく首を吊ったのだという。
公には『交際していた彼との恋愛疲れから自殺』として処理されたのだが、当然付き合っていた彼からすれば、心当たりもない。酷い言われようだと思ったのは当然だ。
彼女の自殺に何か裏があると思った彼が、彼女の遺留品を軽く調べると出てきたのは
「あの人には誰も逆らえない。この会社はあの人の所有物だ」
「エメリッヒ02のためにどれだけの人が手を汚したのか」
というメモ書きだった。
当然これだけでは証拠としては不十分。
恐らくは『エメリッヒ02』と言う新薬か何かが絡んでいるのだろうが、詳しいことまでは何も分からずじまいであったため、私たちを頼ったらしい。

「エメリッヒ02……ですか」
「メモにはそうとだけ……薬剤師の方や、知ってる範囲の医療関係者に話を聞いてみたんですけど、そんな薬は聞いたことが無いって」
ハジバ製薬、エメリッヒ02、違法行為……
「分かりました。少々お待ちください」
私はそう言って席を立った。
「え? どちらへ?」
「割とすぐに、簡単に分かるかもしれないので」
この若者からすれば何十年かかっても分からないだろうことであろうが、私たちからすれば数分で片付くことだ。私たちは『情報屋』なのだから。

「ハート4、ちょっといいですか?」
『あら、どうしましたかクラブ8』
「私の記憶が正しければ、以前貴女『ハシバ製薬の新薬開発に厚労省が手を回してる』って情報を仕入れてましたよね」
『えぇ、元々その新薬は小さな私立大学の研究室が作っていたもので、その研究を横取りするために厚労省の高官がその研究室に対して「生徒に対するパワハラ行為」をでっち上げるよう取り計らい、研究室が潰れて頓挫してしまった新薬開発を、ハシバ製薬のマエハシ専務取締役が研究データも含め横取りしておりましたが……それが何か?』
「その新薬ですが『エメリッヒ02』って名前では?」
『あら、よくご存じで』
「今依頼でそれについて教えて欲しいってお客様が来てるんです」
『なるほど、ではこうも付け足してあげると良いでしょう。マエハシ専務はハシバ製薬立ち上げ当時のメンバーの一人だから、社長も株主も彼を守るために今まで何人も辞めさせてきた、って』

たった5分で片が付いた事実を若者に聞かせると彼は歯を食いしばり、両手の握り拳を更に力強く、硬くさせた。
「そう、だったんですか……よくも、よくもッ!」
「知りたいことというのは、これで十分ですか?」
「……はい、結構です。お代はこれで良いですか?」
そう言うと若者はリュックから封筒を1つ引っ張りだして差し出した。
中身を確認すると中には20万円ほどの現金が詰まっている。私たちのことを聞いて回る中で相場や値段についても事前に把握していたようだ。
「問題ありません」
するとここに来た時のおどおどした様子とは相反して、鬼のような形相で立ち上がる。
「ありがとうございましたッ……」
あらあら、怒りに我を忘れている。明らかに冷静じゃない。
確かに、事実を教えはしたもののその証拠を渡してはいない。本当のことを知ったもののそれを告発しても踏みつぶされるのは変わらない。
そう、状況は何も変わっていないのだ。
「これから、どうするんですか?」
私は彼にそう問うが、彼は何も答えずに特別室から、店から出て行ってしまった。

『クラブ8、今朝のニュースをご覧になって?』
「いえ、今起きたところですから」
『殺人事件ですって、都内の料亭で』
「それは物騒ですね」
『殺害されたのはマエハシコウジ、ハシバ製薬の専務取締役……犯人の青年は現行犯逮捕されたそうです』
「あぁ……そうですか」
『あら、随分と淡泊なお返事で』
「お客様が『情報』をどう扱おうが、私たちには関係ありませんから」

「情報」を制すれば戦争を制する。
「情報」を制すればビジネスを制する。
「情報」を制すれば政治を制する。

使い方が正しければ。

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