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「とりあえず、一ヶ月間、何もなかったわけやから、もう安心したらええと思うよ(笑)?冷静に考えてみて?」

洋子のいつものおどけた口調にわたしもつられて笑う。

そうである。

客の頭をハリセンで叩く美容院は、たしかに少しおかしい。

しかし、ハリセンで叩くのを忘れたからといって、執拗に追いかけるなんて、狂っている。そんな人がいるわけがない。

一ヶ月間、何もなかったのだから。

わたしは、親しき仲とは言え、洋子にお茶も出していないことに気づいた。

「あ、ごめん、洋子。お茶出すね」
「おそっ(笑)。ちょうどええわ!お土産あるの、ウチも出すの忘れてた」

洋子が、お土産のお菓子を広げている間に、わたしはお茶を淹れた。

「このお菓子うまっ!!なんなん、これ!」
「ウチもなんか知らんねん。友達からもろてん」
「なんやそれ(笑)」

わたしは、洋子と一緒にいるだけで、あの美容院に行く前の自分に戻れたような気がしていた。

そんな、ふわりふわりとした気持ちは、口の中に広がっていき、満ち足りた気分だった。

表で遠くのほうのバイクの音がする。音が新鮮に聞こえるのも、目の前にいる洋子のおかげだろう。

洋子といると、音は“音”を取り戻し、味は“味”を取り戻した。

バイクの音がどんどん大きくなる。

洋子が窓の方向へと立ち上がる。

「暴走族やな、いまどき。うるさいのお!どっかいけよ、しょーもない。ん?あ、あれ…」

何か言い淀んだ洋子の様子に違和感を感じ、わたしは、窓の外を見た。

暴走族のバイク8台ほどが、わたしの家の前で、止まった。

最前列の若者の後ろから、女が一人降りた。

その女を一人残して、また暴走族のバイク8台は、ブンブブブブーンと爆音を鳴らし、去っていった。

ハリセンを片手に持った鈴木さんを残して。


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