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「予約ですか?予約を承りまくりボンバーな美容院【ハリセーヌ】ですよ!あははは!!お!橋本さん?橋本さんは2回目のご予約ですね!ハリセーヌでは、二回目以降のお客さんを常連と勝手に呼ばせてもらいはじめたマイレボリューション。明日をひらくこーとさ〜♫」

相変わらずウザい。

兎にも角にも無事予約をすませ、わたしは、また例の奇妙な美容院に行くことになった。

美容院の予約は10時きっかりだった。わたしは、その日に友達の結婚式に出席することになっていたのだ。腕は確かな美容院である。

結婚式に出席しているわたしを見ても、誰も数時間前にハリセンで頭を叩かれているとは思わないだろう。だから、ここで行われてることは、どうでもいいのだ。

過程はどうでも良い。結果さえ出してくれれば。

わたしのカットをしてくれるのは、今回は鈴木さんではなかった。【白田】と名札をつけた35歳ぐらいの女性である。

白田さんのほうにカットしてもらうのは、当然、初めてである。

白田さんは、鈴木さんとは違って、終始ぶっきらぼうで、愛想も悪く、やることをたんたんとやるタイプであった。

しかし、腕は良い。

美容師に話しかけられるのが、本来好きでないわたしは、ここの【ハリセーヌ】がその点だけは合っているように感じた。

電話予約の時、そして、受付の時、そして最後のハリセンさえ我慢すれば、あとは、無言で切ってくれるのである。鈴木さんも白田さんも両方とも。

しかし、こんなにぶっきらぼうな白田さんが、終わった瞬間だけ「ハイ、終わりーっ!」とハリセンで頭を叩いてくると思うと、ドキドキしてきた。

鈴木さんにやられた時も驚いたが、鈴木さんには、“威勢の良さ”というお守りがある。

白田さんにはそれがないのである。

と、突然手の平に無機質な重たさを感じた。ドライヤーを無造作に渡されたのだ。

そうだった。ここは自分で乾かすのだった。

乾かし終わり、白田さんと目が合うと、白田さんは、目をそらした。一瞬、無視されたのかと思うほどだったが、10秒もしないうちに、白田さんはわたしの席に来て、セットをしてくれた。

いよいよである。

「ハイ、終わりーっ!」

白田さんはさっきまでのぶっきらぼうな白田さんが嘘のように、わたしの頭をハリセンでしばきあげた。

わかっていても、やはり少しイラッとする。白田さんはまだ35歳ぐらいに見える。それに比べたら、鈴木さんは50歳前後。
歳の若さ、ぶっきらぼうな態度、どれをとっても、ハリセンで頭を叩くハードルが高いのは、白田さんのほうである。

ふと、わたしは、洋子から聞いた話を思い出した。

恐る恐る、白田さんに尋ねた。

「あの、このお店のパンフレット…」

「ないで!そんなん!」

わたしのセリフが言い終わらないうちに、白田さんのセリフが飛んできた。

「ないで!そんなもん!!もうパンフレットは捨てたで!!あったとしても、なんも書いてないで!探してもなんもないで!!」

わたしは、恐怖に膝がガクガク震えだした。

口の中がカラカラになりながら「あ、はい……」と小声で言いながら、レジへ向かった。よく考えたら、白田さんが「はい、終わりーっ!」というセリフ以外を喋っているのを初めて聞いた気がする。

美容院から出ると、外は相変わらずの快晴だった。

今、あったことは全て嘘です、と言ってくれているような呑気な空である。

ただ、わたしの脇汗が、それが本当にあったことであることを示してはいた。


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