アニメ版『プラネテス』 改めておすすめしたい大傑作

テレビアニメ『プラネテス』は2003年から2004年にかけてNHK BS2(現BSプレミアム)で放送された、幸村誠のコミックを原作とする作品だ。制作は代表作に『アイカツ!』があり、『機動戦士ガンダム』や『コードギアス 反逆のルルーシュ』、『ラブライブ!』なども手掛けているサンライズ。

僕はテレビアニメが好きで、いくつかの作品には強い思い入れを持っている。『アイカツ!』シリーズはその最たる存在だが、そういった思い入れの強弱を抜きにして純粋な完成度で考えるならば、『プラネテス』は僕が観てきたすべての作品の筆頭であると断言できる。恥ずかしながら原作は未読なのだが、これから読むことがあってもこの考えが揺らぐことはないだろう。

本作を大雑把にジャンル分けするならば「SF」であり「宇宙もの」だ。といっても光の速さを超える速度を出す宇宙船は登場しないし、超兵器を使った異星人との戦いがあるようなスケールの大きな話でもない。

主人公は会社員。業務内容は「ゴミ拾い」なのだ。

かつて、先進諸国が競い合うように宇宙開発を推し進めていた時代があった。当時、ステーションの建造で出た産業廃棄物や、スペースシャトルの打ち上げで切り離されたエンジンは、後先考えずそのまま宇宙に放り捨てられていた。人々は誰の所有物でもなかった宇宙を、可能性に満ちたフロンティアであると同時に、容量無制限のゴミ箱でもあると思っていたらしい。その結果、悲劇は起きた。民間の宇宙旅客機に、地球の軌道に乗って超高速で飛び回っていた一本のネジが衝突。旅客機に乗っていた多くの民間人が帰らぬ人となったのだ。

宇宙開発に関わる企業は、早急にこの「宇宙ゴミ(スペース・デブリ)」へと対策を講じる必要に駆られた。そして関係各社が社内に設けることになったのが「デブリ課」、デブリの回収=宇宙のゴミ拾いを行うセクションだ。

月日は流れ、宇宙ステーションの開発や月への移住が既に行われている2075年。

宇宙開発大手であるテクノーラ社のデブリ屋(デブリ課所属の社員)、主人公の星野八郎太(ほしの はちろうた:通称ハチマキ)が、新たにテクノーラに入社しデブリ課に配属された田名部愛(たなべ あい:以下タナベ)と出会い、物語は幕を開ける。

かつて「マイ宇宙船を手に入れる」という無邪気な夢を持っていたハチマキ。だが、デブリ屋にとってそんなものは夢のまた夢だ。

デブリ課は所詮、企業としての体裁を保つために設けられた部署だ。デブリ回収用の宇宙船に乗り込んで現場に向かい、宇宙服を着て、船外作業で対象のデブリを回収する毎日。配属されるとすぐに遺書を書かされるような危険な仕事にも関わらず、他の部署と比べ利益は薄く、会社全体から「お荷物扱い」されている。配属された人間の待遇も良くはなく、給料は安い。宇宙船が買えるような貯金など出来っこないことに、ハチマキは薄々気づいてしまう。

そんな境遇に慣れたハチマキの前に現れた新人タナベは、何かにつけて「愛」だなんだと口にし、この世でいちばん大切なものは「愛」なのだと臆することなくのたまうような、よく言えば世の中の汚さに染まっていない、なんというかちょっと変わっている女だった。この信念に従い、後先を考えない直情的な行動を繰り返すタナベと、ハチマキは何度も衝突する。しかし、ハチマキはタナベの純粋な正義感や思いやりに、タナベはハチマキのガサツで粗暴な振る舞いの裏に隠された実直さや優しさに次第に惹かれていくのだった。

そして物語はハッピーエンドに……とはいかない。『プラネテス』は様々な形を取る「愛」を巡る物語だ。恋愛要素もその一側面と言える(そして非常に重要なピースでもある)。しかし本作はもっと広義の「愛」を巡る、答えの出ない問いを視聴者に投げかける。

宇宙開発は先進国主導で進められており、発展途上国は技術があったとしても目に見えぬ差別感情によって同じスタートラインに立つことはできない。既得権益によって新しい可能性を模索し続ける先進国と、彼らに見て見ぬ振りをされ、文化レベルを上げること叶わず、国によっては紛争も絶えない途上国。中盤以降は、そんな不平等をテロリズムによって正そうとする組織、「宇宙防衛戦線」の暗躍が描かれることになる。

これによって照らし出されるのは自分のためだけに宇宙へ飛び立ち、他人を蹴落としてでも夢を掴み取ろうとするハチマキの無邪気で幼稚なエゴイズムだ。そしてタナベもまたひとりの思いやりなんかでは決して解決できない問題に何度も直面し、恵まれた国、日本で何不自由なく生まれ育ったから振り回すことができていた自身の「愛」と改めて向き合うこととなる。彼ら、彼女らが終盤、どのように変化し、あるいは変化しなかったのか……ぜひ多くの方に見届けてもらいたい。

このように書くとシリアスで重苦しい作品のように思われるかもしれない。しかしデブリ回収船の女性船長でありヘビースモーカーのフィー・カーマイケルが、宇宙防衛戦線のテロによって相次いで喫煙所を爆破されたことにブチ切れ、思いも寄らぬ行動を取るカタルシスがたまらない第12話「ささやかなる願いを」を筆頭に、エンタメとしての純度も極めて高い。

基本的に1話完結で、毎回練り上げられたストーリーと心を打つラストに感動させられるのだが、一見それぞれ独立しているかに見えた各話数が、それぞれ作品テーマのひとつの側面を担っていることが徐々に明らかとなり、最終的に美しい正多面体を形作るような全体の流れも本当に見事だ。(そしてエンディング曲の流れるタイミングが毎回完璧なアニメでもある)

ハチマキもタナベも、そして今回名前を挙げなかったキャラクターたちも皆、初登場の時点では魅力の薄い、あるいは一癖も二癖もあり取っ付きづらい人物だと感じるかもしれない。けれど大小様々な不条理と戦いながら少しずつ変化していく彼らを、物語が終わる頃にはひとり残らず愛おしく思うことだろう。

本作は地球が一望できる場所である「宇宙」を舞台に、地球規模の諸問題を扱っている。しかしこの壮大な舞台と綿密な世界設定によって真に描こうとしているのは極めてパーソナルな領域での、小さな小さな葛藤だ。それは僕らだって常に抱え得る葛藤でもある。安易な答えなど作中には見当たらなかった。しかし彼らの生き方や、それをねじ曲げてでも行った決断に何かを感じ取れたのなら、『プラネテス』はあなたにとって生涯に渡り大切な作品になるはずだ。

『プラネテス』はAmazonプライムビデオ、Netflix、Hulu、dアニメストアなど、ほとんどの大手配信サービスで視聴可能。未見の方は是非。

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