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3人声劇『レシピ』

レシピ

麻弥
梨華
店長

麻弥「オートメーション化が進む世界」

梨華「全ての事を機械が行う世界」

店長「段々と希薄になる言葉の意味」

麻弥「人間は」

梨華「喋る事を忘れてしまった」

少し間を開けて

店長「いらっしゃい!ご注文決まりましたら呼んでくださいね!」

麻弥(N)会社の近くで見つけた食堂、古ぼけた外観で自動ドアですらない。
大昔の昭和や平成にあったとされる店のような佇まい。
何故か私はそこが気に入り、よく昼ごはんを食べに行っていた。

店長「今日は何にしますか?
ナス味噌炒めですね?かしこまりました!少々お待ちください!」

麻弥(N)喋る必要が無いこの世界で私は無言で手を上げ、無言でメニューを指さしオーダーしていた。
外観のせいか、客は毎回見る私と同じくらいの女性客1人。
その人も私と同じ頼み方をしていた。
喋る必要が無いから…

梨華(N)おじいちゃん子だった私は写真や動画でよく昔の街並みを見せてもらっていた。
楽しそうに喋る人々、家族と美味しそうに食事をする風景…AIの声ではなく、人の声が溢れる街並み。
それに憧れて私は親によく話し掛けていた。
でも、時と共にその行動はおかしいものと周りからの反応で分かり、次第に言葉を話すことをしなくなった。
そんな時、私の家の近くでこの店を見つけた。
昔見た写真や動画と同じ外観の食堂。
でも常連の女性客は無言で頼み、無言で食べ、無言で帰っていく…それが当たり前なのだと私も無言で食事をするようにしていた。

店長「いらっしゃい!今日は何にする?
生姜焼きね!かしこまりました、少々お待ち下さい!」

梨華(N)今日こそ言うんだ、美味しい、ご馳走様、また来ます……でも、毎回言えなかった。
この世界で外で喋る人間は誰一人として居ないのだから。

店長「2人とも毎回綺麗に食べてくれるから洗い物が楽でいいから助かるよ!ありがとうございます!
これ、サービスの缶コーヒー!良かったら飲んでね」

麻弥(N)店長は何も喋らない私たちに屈託のない笑顔を向け、缶コーヒーを毎回くれる。
最初は戸惑っていたけど、今では仕事中の一息に飲む良いリフレッシュの効果になっている。

梨華(N)そんな缶コーヒーの程よい甘さが次第に私たちを変えていってくれた。
ありがとうと伝えたい…ちゃんと言葉で…

少し間を開けて

店長「いらっしゃいませ!お、今日は2人同時か!すっかり常連さんだね。
今日は何食べる?今日のおすすめはロースカツとヒレカツだよ」

麻弥(N)言うんだ…今日は…

梨華(N)店長さんの笑顔に応える為に…

麻弥(小さい声で)「ロースカツを…」

梨華(小さい声で)「ヒレカツを…」

店長「おぉ!2人とも初めて声に出して注文してくれたね!ロースカツにヒレカツね、少々お待ち下さいね」

梨華(N)あの時の店長さんの顔は今でも忘れられない

麻弥(N)私たちが初めて言葉で会話した、記念日…

店長(N)その日を境に2人は次第にだが喋るようになった。
小さい声だが注文をして、ご馳走様を言い、また来ます…と。

間を開けて

麻弥「あー、店長疲れたー!暑いしさっぱりしたやつが食べたい!」

梨華「私もー!さっぱりしたやつが良いなぁ!あ、でもご飯は外せないなぁ」

麻弥「梨華さん、よくこの暑さの中、米が食えるわね」

梨華「食べなきゃ夏バテしちゃうもん!でも、油っこいものはさすがに…ね」

店長「はいはい、じゃあ麻弥さんには冷やし中華、梨華さんには冷しゃぶでどう?」

麻弥「冷やし中華大好き!」

梨華「おぉ、肉!米!でも油っこいものじゃない!最高じゃないですかぁ!」

店長「じゃあ少々お待ち下さいね」

麻弥(N)喋る事がこんなに楽しいなんて思わなかった。
もちろん友達はいる。
でもやり取りは全て文面…友達の声を最後に聞いたのは何年前なのだろう。
そんな中でのここの会話は楽しかった。

梨華(N)昔ながらの風景…会話をしながらご飯を食べ、美味しいと普通に言えて、笑顔で食事をする。
そんな当たり前の事をなんで私たちは忘れてしまったのだろう。
なぜ店長さんは、ずっとそれをしてきたのだろう…

店長「え、麻弥さん明日から出張?2ヶ月もかぁ…そりゃあ寂しくなるなぁ」

梨華「マジで!?私も親の関係で2ヶ月くらい来れなくなるんだよねぇ」

店長「ありゃま、梨華さんもかぁ、それじゃあ明日からは開店休業だなこりゃ笑」

麻弥「戻ってきたら食べ損ねた分、いっぱい食べますよ!」

梨華「私も!ナス味噌、生姜焼き、唐揚げにトンカツ!」

店長「そんなに一度に食べたら違うところが大きくなるぞぉ?」

店長(N)そんなやり取りをして彼女達は帰って行った。
その日から私はある事をし始めた。
言葉を取り戻した2人にプレゼントをする為に…

間を開けて

梨華「麻弥さーん!お久しぶりです!」

麻弥「梨華さん!お久しぶり!」

店長「2人ともおかえりなさい!今日は何食べる?」

梨華「私、ナス味噌炒めとポテトサラダ!」

麻弥「私はトンテキとほうれん草の胡麻和えにしようかしら!」

店長「ナス味噌とポテサラ、トンテキと胡麻和えね!少々お待ち下さい」

麻弥(N)久しぶりに聞く2人の声、何年も経ってしまったかのような感覚…

梨華(N)それでもみんなと話してるとその感覚はみるみるうちに溶けていく…暖かい時間が流れる

店長「おっと……あちゃあ、やっちゃった」

梨華「店長大丈夫?さっきもお茶こぼしてたけど、お皿落とすなんて…」

麻弥「もしかして具合悪いの?」

店長「いやいや、大丈夫だよ!単なる不注意だから…
いやぁ、久しぶりに2人の顔を見て舞い上がってるのかもねぇ」

梨華「もう、なんですかぁそれ!」

麻弥(N)何故か分からないけど、その時から私は嫌な予感はしていた。

梨華(N)あの日以来、店長はよくお茶をこぼしたり、お皿を落としたりするのが多くなっていた。
麻弥と2人で心配しても、大丈夫…とだけ言われた。
……でも、大丈夫じゃ済まされない事が起こった。

店長「いらっしゃい!今日は何する?」

梨華「私は秋刀魚の塩焼きが食べたいなぁ」

麻弥「私は鮭のホイル焼き!」

店長「……あ、いらっしゃい!気づかなくてごめんね!何食べる?」

梨華「……え?」

麻弥「……店…長?」

店長「大丈夫だよ、大丈夫…さあ、何作る?」

麻弥「大丈夫じゃない!ねぇ、どこか悪いなら言ってよ!」

梨華「そうだよ!なんで私たちに言ってくれないの!?」

店長「……ごめんなさい、いつか話すから……秋刀魚の塩焼きと鮭のホイル焼き、だったよね」

梨華(N)その日は2人とも無言で食事をした

麻弥(N)次の日から食堂には店休日と掲げられていた

梨華(N)あれからしばらくして店の店休日の看板の横に張り紙がしてあった

店長「常連のお二人さんはどうぞ」

麻弥(N)店の中に入った私達を出迎えたのは元気の良い、あの声では無かった。

店長「ヨクキタネ、アリガトウ…」

麻弥「え?店長…あなたは……」

店長「ソウ、ワタシハAI……」

梨華「そんな…だってAIにあんな自然な会話なんて…」

店長「ワタシヲ ツクッテクレタ ヒトハ サマザマナデータヲインプットシテクレマシタ」

麻弥「じゃあどうして、そんなになるまで…なんで…」

店長「ワタシノタイプハ シュウリハデキナイノデス」

梨華「そんな…」

店長「マヤサン リカサン アナタタチニ ワタシタイモノガ アリマス ワタシカラノプレゼント」

麻弥「プレゼントなんて…最後みたいで嫌よ……」

梨華「もっと店長と麻弥とで喋りながらご飯食べたいよ…」

店長「ダイジョウブ コノプレゼントニハ ワタシノカンシャト フタリヘノ アイガ ツマッテマス ダカラ カナシマナイデクダサイ」

麻弥「無言だった私たちが喋るのが楽しい、会話をしながら食事するのが楽しい、そう思えたのに…」

梨華「なんで、そう思わせてくれた店長さんが喋らなくなっちゃうのよ…」

店長「ゴメンナサイ デモ モウフタリハ シャベルコト オイシイト イウコトニナレタデショ?
ダカラ コンドハ フタリガ ソノオモイヲ ヒロメテ アゲテ」

麻弥「無理よ…店長さん無しでは…」

梨華「いやだよォ…店長さんともっと…もっと…」

店長「コノ プレゼントハ コノミセノ レシピ ダイジナ ヒトニ ツクッテ アゲ……」

梨華「店長さん?店長さん!店長さん!」

麻弥「そんな…」

麻弥(N)直立不動で動かなくなった店長を私たちは何度も呼びかけ、泣き崩れた

梨華(N)店長さんからのプレゼントには、私たちにも分かりやすくメニューのレシピがびっしりと書かれていた。

麻弥(N)そして最後にはこう書かれていた

店長「麻弥さん、梨華さん、いつも来てくれてありがとう。
無言で注文して、無言で食べて、無言で帰って行く、そんな2人が始めて私に発した言葉、覚えてる?
ロースカツとヒレカツだったんだよ
それから次第に喋るようになってくれて、最後には、まるで友達のように話してくれた。
本当に嬉しかった…ロボットの私でも人の温かさを伝えられた
人間の素晴らしさを伝えられた…長い長い時の中で私は君たちをずっと待っていたんだと思う
今度は2人がその素晴らしさを伝えてあげて…ロボットの私に出来たんだ、あなた達なら絶対に出来ると信じてるからね」

間を開けて

麻弥「梨華、準備出来てる?」

梨華「大丈夫だよ麻弥!」

麻弥「じゃあやろうか!」

梨華「いらっしゃいませ!」

麻弥「スピーカーズ食堂へようこそ!」

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