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日本の“たてもの”で見る、気持ちの良い“角度”『たてもの展』〜東博編〜

2020年の年末から年明けにかけて、東京国立博物館東博=トーハク国立科学博物館科博=カハク、それに国立近現代建築資料館の3館で、企画展「日本のたてもの 〜自然素材を生かす伝統の技と知恵」が合同開催された時の記録です。

『たてもの展』の会場となっていた、東博の表慶館です

東博での会場は、特別展などの際にだけ開館する、表慶館でした。特別展や結婚式などで時々使われる程度の表慶館は、あまり立ち入れる機会がないので、貴重な感じがします。建物自体が魅力的な表慶館は、『たてもの展』を開催するのに適した場所といえますね。

表慶館の正面を入ったところに、たしか法隆寺五重塔が展示されていました。実は、表慶館のドーム屋根などのきれいさに目を奪われて、五重塔をじっくりと見るのを忘れてしまいました。あとから「あぁ…宮大工の西岡常一さんも模型製作に関わっていたという法隆寺五重塔を、もっとちゃんと見て、写真に撮っておけばよかったなぁ」などと後悔しました。ただ、これについては東博所蔵なので、また見られる機会も訪れるでしょう。

以下、Instagramの投稿をお借りしながらまとめてみました。

■国宝『長寿寺本堂』の1/10模型(鎌倉時代・滋賀県湖南市)

製作:大栄土建工業・和田康弘(昭和62年1987
国立歴史民俗博物館所蔵

長寿寺の本堂とのことです。鎌倉時代の前期に建てられた本堂。当寺のWebサイトには『国宝に指定された理由』というページが用意されていて、それを読むと、この模型がなぜ真っ二つになっているかが分かります。

長寿寺本堂

屋根のトップから、前方へ流れる屋根と、横または後方へ流れる屋根の角度がそれぞれ異なります。それぞれ絶妙なラインを形成し、美しい外観に繋がっているのでしょう。

断面図を見ると、本堂内部に三角屋根が二つ並んだ構造をしていることがわかります。これは二つの建物が、一つの大きな屋根の中に入っている構造といえます。

『長寿寺だより』より
大きな外側の三角屋根の内側に、ふたつの三角屋根があるということ(この写真で見える内側の屋根はひとつだけ。撮り方が悪かったです)

同寺の説明には「かつて正堂(仏様を安置するお堂)と礼堂(私たちがお参りをするお堂)を別々に建てた双堂(ならびどう)の形式を踏襲しているため」と記されています。

そうした理由もあるのでしょう。ただ、内側の小さな三角形の屋根は、外側の大きな屋根の構造体からの重さを、小さな三角屋根で分散させているような気もします。クフ王のピラミッドは、玄室を守るために、玄室上方に三角形の屋根を設置しています。これにより、玄室上方からのし掛かってくる重さを、分散する…と聞いたことがあります。同寺の構造に通じるものがある…と推測するのは、間違っているでしょうか…どうだろう。

この屋根が端でクッと上がっているラインがよいですね。上がりすぎでもなく、程よい…のがポイントです
細部までの再現性がすごいです

■国宝『仁科神明宮』の1/10模型(江戸中期・長野県大町市)

製作:伊藤平左ェ門建築事務所(昭和48年1973
国立歴史民俗博物館所蔵

仁科神明宮にしなしんめいぐう式年造替きねんぞうたいの制が古来から現在でも守られ、現存社殿は、寛永13年1636あるいは延宝4年1676の造営と見られるといいます。破風板の千木ちぎ鞭掛けむちかけ棟持柱むねもちばしらなど、神明造の古式本殿の特徴を持ち、先史高床倉庫建築を彷彿とさせる……そうです。(解説パネルより)

ちょっと用語が独特過ぎて、解説の意味が、正直さっぱり分かりませんでした。おそらく図解などもあったのでしょうが……。

全体としては、写真右の「本殿」と、左の「中門(御門屋みかどや)」とを、「釣屋つりや」で連結させています。本殿は神明造の、桧皮葺ひわだぶき。中門は四脚門、切妻造、桧皮葺ひわだぶき
後ろ側から見た本殿。なかなか後ろ側を見られる神社はありませんが、模型だと気兼ねなく回れていいですね

解説パネルを読んでから模型を撮影したからか、なぜか正面というか中門からの写真を撮っていませんでした。ということでInstagramからお借りします。

それにしても私が“一般的”だと思っている神社の造りは、本殿と拝殿を相の間あいのまでつなぐ権現造りですが、四国の愛媛か香川を歩いて旅した時は、本殿の前に拝殿と神楽殿が合体した構成が多かったです。本当に、地域や時代によって色々と造りも構成も変わって、ある意味、自由だなあという感じですね。

■国宝『唐招提寺金堂』の1/10模型(奈良時代・奈良県五条町)

製作:伊藤平左ェ門建築事務所(昭和38年1963
東京国立博物館所蔵

おそらく唐招提寺の金堂です。なぜか全体を撮っておらず……どうやら私は、建物というよりも、模型そのものに魅力を感じてしまったようです。

唐招提寺金堂1/10模型(東京国立博物館より)

古い建物だから…という以外に、なぜ国宝に指定されたのかは知りませんが、この屋根の角度というか流れがきれいだと感じます。単に鴟尾(しび)から直線が伸びるのではなく……習字みたいな線の流れですよね。屋根の最上部からスーっと流れていくような。角度も、左右それぞれが無理していない角度という印象です。

明治5年1872横山松三郎撮影(東京国立博物館より)
堂内の仏像なども再現されていて、覗くとワクワクします
柱などに描かれた絵も忠実再現されています

唐招提寺へは行ったことがありませんが、実際はどうなのか? 行ってみたくなりますね。

■『如庵』(江戸時代・愛知県犬山市)の1/5模型

製作:京都科学標本(昭和46年1971
国立歴史民俗博物館所蔵

茶室だからなのか、一切の飾りを狙っていない…その最小限の佇まいが、リンとした雰囲気を醸し出しています。

メインの屋根が同じ角度で左右に流れつつ、向かって左側の方が長い。真ん中から左右に同じ長さの屋根にしても良かったはずなのに…外し…なんですかね。そして、テントの前室のような、玄関(入口)の空間を作るために短い屋根を二段目として配置しています。

もし本物を見ることがあれば、ザーザーと雨が降る日に行って、屋根を伝って地面まで落ちていく滴の流れを見たくなるそんな屋根です。

建物の裏側

■『大仙院本堂』(室町時代・京都府京都市)の1/10模型

製作:伊藤平左ェ門建築事務所(昭和44年1969
国立歴史民俗博物館所蔵

この一枚しか撮っていませんでした

■『東福寺三門』(室町時代・京都府京都市)の1/10模型

製作:大栄土建工業・祖田庸三ほか(昭和54年1979
国立歴史民俗博物館所蔵

たぶん『東福寺三門』……

この複雑な木組が、すごすぎです。複雑にすることで、屋根の重さに耐えることができるのでしょうか? それとも単に、すげーだろ? ということなのか(そんなわけない)。

古刹の山門だとよくありますが、屋根を含む上部の構造が重そうな一方で、下部の足腰が軽そうというか弱そうなのに、しっかりとした安定感を抱けますね。ちょっとムキムキなラガーマンを想像してしまいます……ここから先は、邪悪なものは通さねえ……みたいな。

■国宝『松本城』(室町時代・京都府京都市)の1/20模型

製作:伊藤平左ェ門建築事務所(昭和38年1963
東京国立博物館所蔵

望楼型天守…いわゆる天守閣の多くは、入母屋破風、千鳥破風、唐破風など、屋根だけでも戦闘には不要な装飾要素が多い割に、全体が一つの意匠(デザイン)として破綻していないところがすごいなと。特に松本城は、屋根のグレー、壁のホワイト(白漆喰)とブラック(黒漆塗)のグラデーションということもあるし、造が細身ということもあって、ゴテっとした感じもせず、スッと上に伸びていくような印象があります。

でも、中の構造を見ると一転して、柱だらけ……。優雅な外観からは想像できないほど、頑張っている感がすごいです。

手前が「松本城」1/20、奥が「東福寺三門」1/10

■『首里城正殿』(江戸時代・沖縄県首里市)の1/10模型

製作:知念朝栄(昭和28年1953
沖縄県立博物館・美術館

首里城正殿

こうして彩色されていない模型を見ると、この時代の首里城は、日本の城建築の影響を多く受けていますね。

私が行ったことのある城の中では、備前の岡山城が最も似ている気がします。

正殿正面は唐破風をベースにして、龍を載せたように感じます。ただ、もしかすると中国にこうした構造があるのかもしれません(唐破風というくらいですからね)。龍の左右から伸びる屋根構造は独特なんでしょうかね。

■表慶館

もっとも撮影枚数が多かったのは、会場となった表慶館でした。

なかなか入る機会の少ない表慶館。同館の内部を見て回るついでに、模型を見るという感じになってしまった。

■屋根の角度が美しい日本建築

ここからは『たてもの展』とは関係ない建物の話です。

城郭建築以外に、それほど建築に興味を抱いたことがない私ですが、十数年前に江戸城二の丸にある『諏訪の茶屋』を初めて見た時に……

「屋根の角度が美しい……というか見ていて心地いい」

そう思いました。

極端に言えば、この角度が心地よいと感じられる日本人で良かった…とさえ思ってしまいました。

十数年前に撮った「諏訪の茶屋」

そもそも建物の形は、□の連続がミニマムな形です。垂直と水平の連続……TTTTTを横に並べるか縦に積んでいく形です。そうなのですが、立地場所の天候にも影響をうけます。例えば、雨や雪の降らない場所であればTの連続でも良いですが、雨が多ければ角度をつけた△の方が利便性が高く、豪雪地帯であれば角度はさらに急になります。

それが鉄筋やコンクリートなどの便利な建材の発明によって、屋根の角度に地域差が失われつつある気がします。ビルで分かる通り、しかくを連続させた方が、建てる際にも住む際にも効率が良いのでしょう。そんな中で育った私が、諏訪の茶屋を見た時に、縦と横と斜めの線がきれいだなと思えたのは、日本で育ったからじゃないかな? というのは仮説です。

『たてもの展』の国立科学博物館に展示されていた、京都迎賓館の屋根の形も、ものすごくいいなと思いました(撮影禁止でした)。

上の写真は、十数年前のデジカメで撮ったものを当時のインスタにアップしたデータなので、解像度がガビガビです。去年か一昨年に諏訪茶屋を再訪した際は、修繕中で見られずに……ガックリしました。そろそろ終わっている頃だと思うので、改めて見に行きたいと思っています。

下の写真は、近所のシャレオツなテンポーです。背後の敷地外の建物も含めて、安藤忠雄的な無機質な垂直と水平の線で構成された建築物の中にあるからこそ、本堂の屋根の角度が際立って見えます。この昔話に出てきそうな特異な角度の屋根が、見る人をホッとさせるような気がします。(急角度だけれど柔らかい印象を与える点で特異かなと)


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