自然体ありのままで

草原に広がる風景は目でしか見えない。けれど心の風景はその人にしか見えない。空想を実体化するものは不可能であるけれど、文字や絵で相手にものを伝えることは出来る。

その時だけ自分だけの世界を誰かに広げシェアすることが出来る。でもそれは誰にでも出来ることではない。自然体ありのままで自分の思い描いた世界を誰かに見せる。ということは表現しないといけないことが山ほどあるからだ。それに独り独り個性というものがあり好みも違う。

衝突してしまうことだってある。だからとても難しいでも怖がる必要なんてない。豊富な知識がなくとも実行するだけで世界はまるで違う。多種多様な生き物の中で一番人間が恵まれていると思うのは、自分が描きたい理想の世界のビジョンがあり、それを誰かと共有することが出来て、世界という壁だって超えられるということ。国同士が違っていても通じ合うものは一緒。

誰かに発信したい伝えたい思いは身近な友達。あるいは両親を通じても繋がっていく、それが誰かと誰かをつないで今日もありのままの自分でいられるのだ。もちろんその時自分主義になって誰かの価値を認めないというのはいけない。互いに思いを通じ合う心こそが今の社会に必要なのだ。

誰かに思いを伝える発信することは悪くないこと、ただそこに立ち止まっていてありのままの自分になれない。拒絶された空間に独りでいることは虚しいだけだ。誰にも振り向いてもらなくても誰かが振り向いてくれるとただ信じていればいい。ただそれだけで変えられる未来はきっとある。

#cakesコンテスト

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