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ショートショート 片割れ

*はじめに
このショートショートは全てフィクションです。

写真の中の女性が僕を見た。

白黒の古い写真で、
中央の着物姿の女性が
こちらを見ていた。

その顔にどことなく
懐かしさのようなものを
感じて見つめていたら、

僕は見つめ返された。

僕には幼なじみのがいた。
小さい時からずっと一緒だった。

大きくなると僕たちは、
ごく自然にお互いを
求め合うようになっていた。

それは渇きを潤すように、
僕の中にある空虚さが
満たされていくのを感じた。

遠い昔、
僕たちは神によって男と女に
分かたれたという。
そしてお互いの片割れを
探し求めるようになったという。

僕にはその片割れが
確かにこのであると感じられた。

でも、なぜだろう。
どこで間違えたのだろう。

あんなにもお互いを求め合い、
お互いの片割れとも信じていたのに、

すれ違うことが多くなり、
やがて僕たちは別々の道を歩いていた。

ある日のこと。

昼を過ぎてしばらくした頃に、
ふと思いついて、
割と有名な神社にお参りにいった。

なぜかは分からない。

いきさつも、
理由も、
僕は覚えていない。

とにかく、ふと、
神社に行きたくなった。
行かなくてはならないと、
そのときは思った。

神社までは
車で2時間近くかかった。

途中、とても道が混んでいて、
家を出たのも遅かったから、
着いた頃にはもう夕暮れだった。

神社には誰もいない。

参拝を済ませ、境内の中を
一人でうろついていると、
一つの石碑が目に留まった。

僕の背丈ほどもあるその石碑には
なにやら文字が刻まれている。

漢字ばかりが刻まれていて、
とても読みづらい。

しかし何とか読むと、
「明治三十八年」
との文字だけが読みとれた。

不思議なことに、
この石碑は表側は全く別のことが
刻まれていた。

そちらが入り口に面していたので、
通常はそちら側しか目にすることは
ないだろう。

先程の文字は石碑の裏側に
隠れるように刻まれていた。

それから3年程経った
ある日のこと。

用事があって訪れた街で
空いた時間が出来たので、
その街を歩いてみた。

古びた建物が残る街並みで、
僕は心惹かれた。

昔造りの建物の
塗装の剥げた窓枠から
薄暗い内を覗いてみる。
もちろん何も見えない。

少し歩くと
玩具屋があった。

レトロな玩具が
ショーウィンドウに並ぶ。
猫が太鼓を叩く、
ブリキの玩具を見つけた。

街並みをしばらく歩くと、
道の突き当りに
河川敷に出る階段があった。

階段を下りた先を少し歩くと
目の前が急に開けて、
川が流れていた。

空は青く、
温かな空気は、
僕の心を軽くする。

時間が気になって、
もと来た道を引き返す。

明治の頃に繁盛したという、
大店おおだなの古い建物が目に留まる。
どうやら開放されてるらしい。

入り口に、
「お気軽にお入りください。」
と書いてある。中は誰もいない。

中に入ると空気が違う。

土壁のひんやりした感触。
二階に通じる木の階段。

部屋を仕切るぶ厚い扉。
きれいに清められた土間。

それらが僕を迎える。

壁に大きな写真が飾ってあり、
明治41年とある。

写真の中は、
昔造りの建物が並び、
電柱が疎らに並んでいた。

この街の大通りらしいのに
人影がない。

着物姿の女性が一人、
こちらを見ているだけだ。

写真の中の女性が僕を見た。

すると、
さっきまではいなかった場所に
着物姿の男性が映っている。

写真の男性は僕を見た。
僕たちは目を合わす。

そのとき僕は理解した。

この女性は僕の片割れなのだ。
そして僕は呼ばれているのだ。

過去の街の女性が、
未来の街にいる片割れの僕を
呼んでいる。

もしかすると、
あの神社の石碑は通信機のような
ものだったのかもしれない。

僕は通信機を通して
この街に呼ばれたのだ。

誰かが店の中に入ってきた。

観光客らしいその人は、
首をかしげる。

「誰かいたようだったが、、」

店の中には誰もいない。

空は青く、
温かな空気は、
僕の心を軽くする。

僕の目には、
見慣れた街が映る。

遅い昼めしをすませたばかり。
僕を呼ぶ女性の声がする。

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