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ショートショート すれちがい

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

子供の頃の、淡い思い出。
それは、みっちゃんとの約束。

僕には大切な友達がいて、
大きくなったら結婚する約束を
こっそり交わしていた。

二人はいつも一緒で、
僕より頭が良くて、
お姉さん的なみっちゃんに
僕はいつも守ってもらっていた。

僕は優しい、みっちゃんが
大好きで、

いつまでも一緒だと思っていた。

わたしは、かずくんが大好き。

少し頼りないけれど、
わたしが守ってあげるの。

お顔も声も仕草も好きだけど、
一番好きなのは、彼の笑顔。

わたしだけに見せてくれる笑顔は、
わたしの大切な宝物。

その笑顔を見ると、
とても安心するの。

わたしの帰る場所は、
かずくんしかないって思えるの。

その笑顔が見たくて、
わたしはいつもかずくんと
一緒にいたの。

いつも、わたしから手を握ると、
ギュって握り返してきて、

かずくんの顔を見ると、
ニコって微笑むの。

わたしの幸せな瞬間。

だから、わたしはずっと、
かずくんのそばにいるの。

あれから、20年。

かずくんの家の事情で
遠くに引っ越すって聞いたときは、

信じられなくて、
何日も何日も泣いていた。

引っ越す前の日。

二人だけのいつもの場所で
かずくんを待っていると、

今にも泣きそうな、かずくんが、
トボトボ歩いて来た。

わたしは我慢なんかできなくて、
かずくんに走り寄って、
ギュって抱きしめた。

びっくりしたかずくんの顔。
そしてあの笑顔がこぼれた。

わたしはささやいたの。

「わたし、ずっと、ずっと、
かずくんを待ってる。
大きくなったら、
お嫁さんにしてくれる?」

「うん!ぼくもみっちゃんに
必ず会いに来るよ。
そしたら結婚しよう。」

「約束ね。」

「約束だ。」

あれから、20年。
その日のことを忘れた日はない。

僕はみっちゃんと離れ離れになって、
一人ぼっちになっていた。

いつもしょぼんとして、
頼りない僕に話しかける子なんて
いなくて、

いつも、
みっちゃんのことばかり
思い出していた。

最初の頃は、
みっちゃんと交わしていた
手紙のやり取りも、

僕が引っ越しを繰り返すうちに
届かなくなっていた。

何故かはわからない。

僕は、何が起きたか分からずに、
でも、もう、みっちゃんに、
会えないことだけはわかった。

それでも、しばらくは、
みっちゃんのことを思い出しては
悲しんでいたけれど、

長い時間をかけながら、
みっちゃんを記憶の底に
閉じこめて、

思い出さないように、
そっと、記憶に蓋をした。

わたしはかずくんとの
手紙のやり取りが待ち遠しくて、

いつも家に帰ると郵便ポストを覗いていた。
そしてガッカリする日々を過ごしていた。

久しぶりに、
かずくんから手紙が届いたときは、

飛び上がるように嬉しくて、
急いで自分の部屋にいって、

かずくんの手紙用に買った
ハサミで封を切るの。

このときが一番幸せなとき。

封から取り出した手紙は
いつも一枚だけで、

一生懸命書いた大きな字が、
さらにわたしを幸せな気持ちにするの。

書いてあることは、日常の一コマだけど、
なんだか寂しそうで、

心配させまいとする、たどたどしい文章が、
かえってわたしの胸を苦しめるの。

何通か手紙のやり取りを続けるうちに、
わたしはもう、かずくんに、
会いたくて、会いたくて、

苦しくて、苦しくて、
学校を何日も休んでしまったの。

このことがキッカケで、
かずくんとの手紙のやり取りが
親に見つかって、

もう手紙のやり取りはしないように
言われてしまったの。

わたしは2度目の
かずくんとの別れを経験したの。

かずくんからは、
その後も何回か手紙が来ていた
みたいだったけど、
お母様が決して見せてくれないの。

何日も何日も、泣いていたわ。
でも、わたし、考えたの。

わたしは、
かずくんとの約束を忘れない。
きっと、かずくんも一緒のはず。

だから、
わたしはこの街で、
かずくんを待つの。

何年だって構わない。
これだけは絶対に譲れない。

そして、20年が過ぎたの。

僕は地方の小さな会社に就職して、
一人で暮らしていた。

内気で、奥手で、陰気な僕は、
彼女なんて、できなかった。

一人で淡々と過ごす日々。

ある日、
珍しく出張することになった。

かなり大手の取引先で、
年始の挨拶に行くだけの出張だった。
担当者が体調不良なので、
代わりにということだ。

僕はその街に住んでたことがある
ということで決まったらしい。

失礼のないように、
気軽に行ってこいとのことだった。
僕も少しは信用されるようになったのか。

でも、その住所を見て驚いた。
忘れもしない、みっちゃんの街だった。

わたしは大手企業の受付をしていた。

会社で扱う商品は幅広く、
いろんな会社と取引していた。

受付を長くしていると、
いろんな人がわたしに近づいてきた。

けれど、
わたしはそのすべてをていよくあしらう。

もったいないと、同僚の子はいうけれど、
わたしには興味はない。

会社の上司に食事に誘われることも
あるけれど、これもいつもお断りしてる。
こっちは馴れたもの。

断っちゃって大丈夫なの?って、
同僚は心配するけど、それには及ばない。

わたしの目的はただ、
かずくんに会うことだけ。

そのために、この会社を選んだし、
そのために、受付をしている。

小さいときの郵便ポストのように、
ガッカリする日々だけど、

いつか手紙が届くことを信じて。

僕はその会社の入り口にいた。

とても立派なビルで、受付の女の人が
何人か座っていた。

僕はその中の一人の女性に
目が釘付けになる。

あれは、忘れもしない、
みっちゃんだ。
20年経ってても、
僕にはすぐにわかった。

オトナになったみっちゃんは、
とても素敵な女性になっていた。
僕なんかとても釣り合わない。

眩しすぎて、目を合わせるのもはばかられて、
僕は伏目がちに、でも、みっちゃんのいる
受付に向かう。

みっちゃんが気が付かなくても、
その顔を目に焼き付けたいと思った。

僕は挨拶に伺った相手の人の名前を告げて、
取り次ぎをしてもらい、応接室まで案内される
その間中、ずっと、みっちゃんの後ろ姿を
見つめてた。

みっちゃんは、僕に気が付かないのか、
淡々と業務をこなし、僕を案内すると、
去って行く。

その後ろ姿を目で追いながら、
僕は何も言えない自分が情けなくなった。

型どおりに挨拶をすまし、僕の仕事は
終ったけれど、後ろ髪をひかれる思いで、
受付の前を通りすぎて、
ビルの入り口まで戻っていた。

僕は、後ろを振り返る勇気がなかった。

わたしはすぐにわかったの。

かずくんが、
ビルの入り口に立っているって。
なぜかは分からない。でも、わかったの。

かずくんが、
わたしのいる受付に来たときは、
嬉しくて、ドキドキして、
表情に出さないように苦労したくらい。

かずくんは、わたしに気づいてるのかしら。

少し伏目がちなのは、子どもの頃と同じで、
とても懐かしかった。

久しぶりに聞く、かずくんの声。
声変わりしていて、大人びていたのが、
少し可笑おかしかった。

わたしは仕事をこなすことで手一杯で、
あまりにも嬉しすぎて、
平静さを取り繕うのが大変だった。

かずくんを応接室に案内したときは、
何度、振り返って、話しかけたいと
思ったか。

そして、案内が終わって、受付に戻る時の
さみしさは、わたしの胸を締め付けた。

わたしは、じっと、かずくんが受付の前を
通るのを待っていた。必ず通るはずだから。

祈るように待っていると、
やがて、かずくんが、
受付の前を通り過ぎていく。

わたしの方は見もしない。
でも、わたしは知ってるの。

かずくんは、わたしに気付いてるって。
だからわたしの方を、見ないんだって。

わたしに、迷惑かけられないと思って。
わたしが、かずくんを忘れたと思って。

もう、わたしは走り出していた。
かずくんの後ろ姿に向かって。

そして、わたしはこういうの。

「お客様。お忘れ物ですよ。」

それは、
もちろん、わたしのこと。

びっくりしたかずくんの顔。
そしてあの笑顔がこぼれた。

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