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ショートショート 山の中で

*はじめに
このショートショートは全てフィクション
です。

会社の会議があり、僕は仕方なく、
山の中にあるその場所に行った。
なぜ山の中にいかなくてはならないのかは、
僕にもよくわからない。

リモート会議ができるようになり、
会議で出かけることが少なくなったのだが、
ある役員が、
会議は遠い場所に出かけ皆で集まり行うものだ、
年に1回くらいは思い出そうじゃないか、
といわれたらしく、会社のイベントとして、
山の中で会議が行われることになったのだ。
全く迷惑な話である。

都心からスマホの電車案内を頼りに電車を
乗り継ぎ、ひと気のない駅で降りる。
ここが目的地ではなく、
電車からディーゼル車に乗り換えるのだ。

山の中は電線を立てづらいのか、
ディーゼルエンジンで走る車両でしか、
その先には進めない。
全くなんでこんなに遠くなのか。

でもプラットホームから見る空は、
電線がないせいか、とても広く見える。
今日が晴れていたのがせめてもの救いだ。

走り出した車両は聞き慣れない名前の駅を
いくつも通りすぎる。

走り出したときには疎らながら人が乗って
いたのに、先に行けば行くほど、
少なくなってゆく。どこまでゆくのか。

やがて、ある駅に着き、降りることになる。

駅から出た時点で、
もう十分に山奥なのだが、
ここからさらにバスに乗る。

バスは古びた建物が並ぶ街並みを通り過ぎ、
すぐに人家がなくなる。

いくつか停められていた信号も、
やがてなくなる。

山道をうねうねと登ってゆき、
ようやくその場所に辿り着く。

集まった人をみると、皆、困惑顔だ。

なんでこんな山奥に、
という顔をしているように見える。

全社員といっても、100名足らずの小さな
会社だ。その社員を集めて会議が始まる。

驚いたのは、言い出した張本人は本社から
リモート参加で、今日の会議の意義などを
話している。もちろん、誰も聞いていない。

さて、どんな意義があったのか分からない
会議が終わり、僕たちは帰ることになった。
時刻は15時くらい。

ところが帰りのバスが故障したとのことで、
代わりのバスを呼び寄せるのに結構時間が
かかるとのことだった。
17時くらいになるらしい。

僕はこんな場所で2時間も待ちぼうけを
食うのは嫌だったし、
わけのわからない会議にも少し腹を立てて
いたので、駅まで歩いて帰ることにした。

距離を調べたら6km~7kmくらい。
スマホの道案内を見て行けば着くだろうと、
甘く考えていた。

歩き出すと、
僕と同じように前を歩く人たちがいた。

僕と同じように歩いて駅まで行く事にした
人たちだと思い込み、
僕の決心はさらに固くなる。

雪はないとはいえ、まだ肌寒い。
晴れていなかったら寒かっただろう。

今日は晴れているおかげで、
ポカポカと暖かな陽気だ。

気分よく下り坂を歩いて行くと、
左手が崖になっていて、その先には川が
流れている。

バスに乗っていたときには気づかなかった
けれど、
川沿いの山道だったことに改めて気づく。

下り坂なのも手伝って、調子よく、
ぐんぐん、歩いて行く。

先ほど前を歩いていた人たちも、
とっくに、追い越していた。

ときおり、車が通りすぎるけれど、
ほとんど車もなく、
山の中の一本道を、僕はひたすら歩いていた。

すると、先に分かれ道が見えて、
道の分かれ目にお地蔵様が立っていた。

僕はスマホを覗き、左に曲がることを
確認する。目的地まで5kmとある。

大分歩いた気がしたが、
まだ1km程度しか歩いていない。

そうだ、山道は下り坂と言いながらも、
アップダウンがあるので、実際はもっと
歩くのだ。やはり歩いて帰るのは、
まずかったか。

一緒に歩いていると思っていた人たちも、
いつの間にかいない。

今考えれば、
あの人たちは近くに住んでる人達
だったのかもしれない。

だとすると、
駅まで歩いて行くのは僕だけ
なのかもしれない。

もう、陽がかなり、傾きだしていた。

気持ちが急いて、
歩き方も早歩きになってくる。

ウォーキングなんてしたことはないから、
歩き方なんて知らない。
足を前に出して、踵から地面に落とし、
つま先で地面を蹴る感覚で、足を運ぶ。
これだけに集中して、他のことは考えない。

最初は景色を眺める余裕があったけれど、
もう、そんな余裕などない。

疎らながら、人家がぽつぽつと見えてくる。
それだけで僕は少しホッとする。
しかし空はもう夕焼けだ。

急に冷え込んできた。
手袋をしてなかったら、厳しいことに
なっていた。

疎らながら続く人家には畑があって、
大根なんかが植えられている。

それを横目でみながら、先を急ぐ。
街まではまだ遠いだろうか。
僕はスマホを取り出し、目的地までの距離
を確認する。
残りはあと3.5kmとなっている。

あれだけ歩いたのに、
まだ半分しか来ていないことに、
がっかりする。
もうすぐ日も暮れてしまう。
しかし歩くしかない。

さらに歩いてゆくと、何かの、
小さな製作所の前を通る。
街はずれに来たのだろう。

その製作所は黒ずんだ色の木の塀で
囲われており、
木の看板がとても大きく、歴史を感じる。
その前も早歩きで通り過ぎたのだが、
僕はあとになって写真を撮らなかったこと
を後悔した。

もう、陽は落ちる寸前だ。

そのころになって、大きな橋にようやく
ついた。
この先が街中なのは一目でわかった。

街に入ると直ぐの所に、地蔵堂があった。

僕の街では地蔵堂というのはあまりみない。
だいたい帰り道の途中で見たように道端に
置かれているか、
小さな祠のような場所に窮屈に安置されて
いることが多い。

でもここのお地蔵様は人が入れるくらいの
お堂の中に安置されていた。
覗くと、祀られているのがわかる。
たぶん由緒のあるお堂なのだろう。
しかし、ゆっくりしていられない。

僕がお堂を見ているときに、
目の前をバスが通り過ぎたのだ。

僕は思わず「あっ。」っと声にならない声で
叫びそうだった。

それは代わりに来ることになっていたバス
だった。
あのまま待っていた方がよかったのだ。

街中はもう暗くなっていた。

バスに乗って来たときに街中を眺めながら、
その古い町並みがとても懐かしく思えて、
帰りに街中を歩いてみようと思っていた
のに。

暗くなると人も歩かないようで、
多くの店はシャッターが下りていた。

そんな街中を僕はまた足早に歩いていた。
足はもう痛くなっていた。
行きすぎる人は、
足早に歩く僕を不思議そうに見る。

結局駅に着いたのは、18時頃。
3時間も歩いたことになる。

実際に歩いた距離は6km以上あったように
思える。

まあ、
あの会議よりは有意義だっただろう。

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