ショートショート 約束

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

冷蔵庫の製氷室にある氷を取り出して、
ザクザクと、氷を砕く。

ゴム製の水まくらに砕いた氷を
ゴロゴロと入れ、
水をクチ近くまで入れて、栓をする。

水まくらには、
手ぬぐいをぐるぐる巻いて、
寝ている僕の頭の下に置いてくれる。

水まくらで少し楽になった僕の頭に
母が手を当て、
熱が高いことを確認し、
冷たく濡れた手拭いをあててくれる。

僕はその姿を、
ぼんやりとした頭で薄目を開けて、
ぼんやりと眺める。

水の入ったアルマイト製の洗面器が、
僕の近くで揺れている。

心配そうな目が、僕を見つめている。

高熱に浮かされた僕は
ふわふわした足取りで、

寝静まった狭い家の台所へ行き、
ひとりイスに腰掛ける。

そして、ぶつぶつと、つぶやく。
誰かと話しているかのように。

ときどき僕は、クスッと笑う。
仲のいい友達との楽しい会話のよう。

僕は彼と、話しをしてる。

彼の姿は他人ひとは見えない。
彼は僕に、こういうんだ。

「いいかい。
君は私によく会いに来てくれるけど、
しばらく会わない方がいいと思うんだ。

君との会話はとても楽しいけど、
大好きな君をずっと見守ってるから、
私が君を困らせることはさせないから、
大丈夫だから、
もうそろそろ、次の場所へ行こうよ。」

「でも、怖いんだ。僕は寂しいんだ。」

「うん。これまではね。
でも、私とずいぶん話しをして、
君もすこしだけ、自分を見つけたと
思うんだ。今はそれで充分なんだ。」

「もう、君とは会えないの。」

「しばらくはね。
私は大きくなった君に会いに来ることに
なっている。また会えるよ。」

「わかった。」

「いい子だ。さあ、もうお休み。」

それから僕は成長し、
身体も丈夫になり、大人になった。

やがて、僕も結婚して、
子供もできた。

彼のことは、忘れていた。

僕の子供が高熱で寝込んだ。

この子は小さい時は病弱で、
高熱を出しては、
何度も病院に入院した。

僕は付き添い看護で
一緒に病院に寝泊まり
したのを覚えてる。

その子が大きくなって、
熱が下がらなくて、
うなされて泣いている。

僕は水まくらに製氷機で出来た氷を
ゴロゴロと入れて、
子供の頭の下に置いてあげる。

子供の額には薬局で買ってきた
冷却シートをつけてあげる。

僕は子供をじっと見つめる。

心配で、心配で、胸が痛くなる。

肝心な時に、何もできない。
自分では、どうすることもできない。
ただ、祈ることしかできない。

そして、明日が来るのを怖れてる。
変われるものなら、変わってあげたい。

元気なあの子がいることが幸せで、
勉強なんかできなくたって、
スポーツなんか苦手だって、

僕に話し掛けてくれるあの子が、
僕にはただ一人の、

僕を気遣ってくれる、
僕をなぐさめてくれる、

僕に「大丈夫だよ」って
いってくれる、
たった一人の理解者なんだ。

ああ、神さま。

僕のこの声を聞いてください。
僕のあの子を苦しめないでください。
あの笑顔を見せてください。

僕に「大丈夫だよ」って
いってください。

僕は心配で眠れない。
ウトウトしながら
眠れずにいると、

そこに、彼が現れた。

やあ、ひさしぶり。
君に会えてとてもうれしいよ。

大丈夫。
私が君を困らせはしない。

君は大分、
苦しんできたみたいだね。

そんな必要はないのに。
私が君を守っているのに。
大丈夫だっていったじゃないか。

君をずっとみていたんだよ。
気づかなかったかい。

何度でもいうよ。
私は君を困らせることはしない。

私を信じていいんだ。
私に任せていいんだ。
そんなに不安になる必要なんてないんだ。

大丈夫。
君が心配していることは君の目の前には
現れない。

だって、
私がそんなことはさせやしないから。

私が何者かなんて、
どうでもいいこと。

なぜ君だけが特別かなんて、
どうでもいいこと。

君だけが、
特別なんじゃなくて、

そのことが、
その状態が、
その有り様が、
当たり前の事なんだ。

だって、そうじゃないか。

君はこの世界に
一体なにをしたというんだ。

この世界はバランスで成り立っている。

なにもしていないのに、
バランスを欠くなんて、
この世界は許していない。

バランスだけを欠くなんて
特別なことは、君に起こるはずがない。
だから、当たり前なんだ。

だから不安になる必要なんてないし、
君に困ることなんて起こるはずがないんだ。

それが君との約束なんだ。

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