見出し画像

小説「瓦礫の山の家」

 疲れて眠る乗客の胸ポケットに一輪の花を挿して回る男がいた。不審に思った乗客が次の停車駅で駅員に注意するよう呼びかけた。駅員が話しかけたところ、男は逃げ出した。車中を追跡し、車輌を一両越えたところで追いついた駅員が飛びかかった瞬間、あたり一面中に新緑の葉っぱがばら撒かれ、中から一匹の狸が飛び出してきた。突然のことに腰を抜かした駅員の隙をついて逃げたものの、狸は乗客の手によって抱き上げられた。乗客、駅員に怪我はなく無事であった。
 狸の供述によると、「人類を滅ぼしたかった。息を詰めて生活している人間どもをほんわかした気持ちにできれば、生産性が落ち、やがて滅ぶと思った。ウーバーイーツで空いた時間でユーチューブを見るやつらに地球は任せられないと思った。私は捕まったが満足だ。自分の時間を生きて滅ぶ。それだけだ。」人間の生活にやたらと詳しい。事件当日中に都は保健所による殺傷分を判断。インターネットおよび都庁前では反対運動のデモが起きた。それを受け、数日後には打って変わって都知事は上野動物園での保護を決定。保健所から動物園への移送をしようと早朝、職員が確認したところ、狸はおらず、もぬけの殻となった檻には、枯葉がこんもりと残るばかりであった。
 ここに一輪の花がある。事件当日、乗客の胸ポケットに挿された花である。私は狸に花を挿された被害者の一人だ。事件当初は現場で眠っており、騒動で目が覚めたものの、特段、被害もなく、聴き込みや取材も受けず、そのまま帰宅。翌日の会社で話題になって、スーツのジャケットに挿さりっぱなしだった、
「実は当日現場に居てさ、これがそのときの花。」
と見せていた花に数日後、私はなった。文字通りである。目覚めると身体が消えてその花になっていたのだ。
 花になってみると一日は長かった。同僚にいじくりまわされたあげく、おととし浮気相手の車に乗車中、交通事故で亡くなった妻の祭壇に飾るともなく放り置いていた。しかし不思議な花である。短く切り詰めた切り花であるのになかなかしぶとく痛まなかったのである。生き残った葉緑体で窓から入る日光を映す。ザラメをどぶにこぼしたような音がして、身体に波がめぐってくる。気孔でぽくぽくとリズムを取りながら波の流れを調整する。少しでも拍子をはずすと徐々に切られた茎の方から花びらの先から枯れていく。花の生は、バイオリンの演奏に似ている、ような気がする。人間である間、演奏なんてしたことはなかった。妻はバイオリン奏者だった。浮気相手は指揮者で、私は自宅練習場用の防音材の営業マン。会社周辺の演奏家たちの家を車で回っている間に、妻は全国へ、ときには海外へと指揮者と一緒に演奏へ出かけて行った。で、セックスだ。なんだか、いずれ見えていた結果なような気もする。そんな嫌なことを考えながら花であることはできずに萎れてしまい、私は蛾だったので、別段死んでも悲しくなかったが、心が癒えるまで好きなように使ってくれと押し付けられた、妻の両親の古い方の持ち家から出て行くことにした。何にでもなれるのに、残したものを変化させることはできない。枯れた花、爆弾にならないかな。ぼむーん。
 飛び疲れて窓の開きっぱなしだった人の家にお邪魔して休んでいたら、住人にはたきで殺されかけた。いまどき、はたきはない。静物画の題材らしい。画学生が自宅で絵を描いているところに迷い込んだようだ。一振り目は逃げ切れたものの、絵の才能とはたき使いの才能は同じか、私だった蛾は出窓の棚の部分で死んだ。自らの姿を上から覗き込んで頭をかくりと落としたつもりだったが、上げてあったブラインドが落ちた。ティッシュで蛾の死骸を拾いあげようと窓のほうに手を出した若い画家の手首に私はぶつかった。声を上げて手を引いたものの別段ケガはないが、ティッシュに蛾の死骸はなく、茶色い粉だけが残っていた。
「鱗粉がすごい。」
確かに白いティッシュの上に鱗粉がすごかった。彼がティッシュの表面を見られたのは、光を遮ったはずの私が見たからである。ブラインドが開いて、隙間から光が入った。しかしなんだ、出窓を塞ぐようにブラインドってかけるか、普通。というか、なれるのは生物だけじゃないのか。最初から植物だったが、工業製品になるとはな。家材のことは知らないことないが、生きがいないんだな。というか、蛾は床に落ちっぱなしだけど、いいのか。
 テレビ、エアコン、冷蔵庫になってみたが、面白くない。「テレビ、エアコン、冷蔵庫、ご不要になった電化製品がございましたら、お気軽にお声掛けください。」
というぼんやりとしたアナウンスを繰り返しているスピーカーのついた車を運転する不用品回収者の右目になった。ここで見えなくなったら事故るんだろうなあと思いながら、しばらく彼の目であった。人の仕事を見ながら夕方になっていく。そういえば、こんなことになった発端が起きた事件もこんな時間帯だった。こんな人生の大変節の瞬間寝てたんだな。そういえば、9.11も3.11も寝てた。
「あれ、ぜんぶ夢か。」
クラクションと同時にアルミ缶を潰す音。と、ともにビームライトが私に入ってきた。眼に音は聞こえない。高速道路から降りてきたばかりの冷凍秋刀魚を運ぶトラックは横転し、不用品回収者の右眼だけは散らばった冷凍秋刀魚の上で新鮮なまま、ぼんやりと赤く照らされた夜空を見ていたが、身体の方は、ぐちゃぐちゃでぐしゃぐしゃな車と一体となってなかなか救い出されずに腐っていった。元々一緒にいた仲間だから離れていても様子はわかる。死んだら交通事故で死んだ妻に謝ろうと思った。むごい。これから、私はいつまで生きているのだろう。
 たんぽぽ、なずな、たぬき、きつね、ねこ。別のねこ。こだま。新幹線のね。そういえば、死んだ妻が眠れないときにしりとりをした。田んぼ。んにたどり着いたら、死ぬんじゃないか。死ねるんじゃないか。でも、田んぼ。田んぼはいい。切り花がヴァイオリンなら、田んぼは合唱だ。一人で合唱。合掌。仏さま、神さまってこんな感じ。一人。田んぼには交通事故で死んだ、浮気相手と死んだ妻の思い出と、左目くんとか右足さんとかと一緒に運転した車は事故って私だけ生き残った右目のときの思い出がある。きっとそんな感じじゃ神様はない。私は田んぼである。元人間の元右目の元バンドマン。本当は三年くらいベースを弾いていたけど、妻と出会ったときにバンド関係の思い出の品とか楽器も全部処分した。なんか恥ずかしかった。というか、人間として生きていることは私にとって恥ずかしかった。人間って皆んな生きてるだけで恥ずかしいのかなとか思ってたけど、水を吸って太陽を食べて、ときどき農家の顔を見たけど、この人恥ずかしくないだろうな、うん。作業のあと、立ったまま後ろに反り返って、腰伸ばして、人間から出ない声出してる。あれか。私以外も消えて他のものになったりするのかしらんと思ったけど、次の日も来た。
 私の取れ高は結局不作で、恥ずかしがるのはやめたかったので、同じ家の鶏に移り住んだ。家には引きこもりの息子と、官僚をやめて小さく農業をしている父親が住んでいた。父親は、同僚が政治家の泥を被り自殺して、その妻と結婚した。しかし、妻は自殺。彼には同僚とその妻の残した子供だけが残った。早期退職して農家をしている。息子は大学へ8年間、通った末、辞めてひきこもっている。そんな息子が近所の交通おじさんもやっている。子供に話しかけられる。おじさん何してんの。交通事故にみんなが合わないように見てるんだよ。そうじゃなくて仕事だよ。あ、えっと、農家だよ。事実であって、虚偽である。彼は鶏である私を殺して屍肉を犯した。鶏の屠殺だけはきちんとやっている。彼の父親の口癖は、
「いいんだよ、いいんだよ、幸仁。おれだって好きなことしかやってないもの。」
 鶏の死骸になってお父さんの作った唐揚げになったあと、山盛りに積まれたそれから皿に移って、テーブルに移って、家に移った。36のおじさんをかわいいと思った。人間だった私と同い年である。犯されて変な気になったわけでもなく、家の中に住んでもらうのはとても良かった。ましてや離れずにずっと。身体は心をこんなふうに感じるのかもしれない。60の他人の子供の精子まみれの鶏肉を唐揚げにして食べたおじさんも帰ってくる。そういえば、このお父さんは、ときどき帰って来ない。幸仁も怪しまれないように唐揚げを食べていた。血と一緒に精液は洗い流した。食べられた唐揚げ以外、私の話でもある。
 そんな私が家になって、そんな人たち、二人の暮らしの雨露をしのがせていたのも束の間、地震は壊し、津波は全てを流していった。記憶が曖昧になった。死にたかった。死んで、死んだ誰かに会って謝りたかった。幸仁、お父さん、元気で生意気な子供たち。原子力発電所はないけど、たくさん死んだ。死んだけど、私は生き残ったけど、私は何だ。田んぼだった。最初の年はお父さんに育ててもらって、次の年はお父さんと幸仁と一緒に家になって暮らした。私は家だったもので、でも一年しか思い出はなくて、それより前は本当の。本当のとはなんだろう。それより前の思い出は、本当の家のものだ。幸仁にもお父さんにも家にも私にもそれぞれ知らないことがあって、私だけが残った。私だけが知っていることが残った。あとはみんなばらばらどころじゃなくて消えた。消えた私の身体。花になったとき。私の身体はどこに行ったか。どうでもいい。死んだら、魂は身体をどうでも良いって思う。いまさら急に、最初の身体が惜しくなった。変だな。家になって、里心がついたのかもしれないけれど、もう何もない。帰ろうと思えば、死んだ妻の親の家がある。
 仕事して結婚してたけど、まあ、幸仁とそんな変わりない。こんなことになって、まだそんなことを考えている。人と比べてまだ自分はましだとか。比べる相手も自分も片方は死んで、片方は生きているけど人間じゃない。嫌な思い出があっても、帰る家があるのはいい。帰る家は妻と暮らした、あの家。帰らなくてもいいのだし。幸仁にもお父さんにも帰る家はないし、その家も帰るところがない。私だった家。こんなこと、地震なんて津波なんて来るんだったら、家にならなければ、よかった。第一、私は余計である。幸仁とお父さんと家と田んぼと十数羽の鶏とあと畑とかがあれば、あの家は充分で、私は余計だ。そんなことはない。お前が家になって見ていたから、幸仁とお父さんとその家の思い出がお前に残されたのだ。そんなことを言う人が現れたら、壺でもなんでも買うな。キリストってそんな感じで現れたかもな。宗教ってこんな感じで生まれるんだ。
 いや、たぶん違うと思う。元家のやつに宗教はわからないと思う。難しいと思う。電車でサリン撒くと思う。飛行機で突っ込むと思う。私は元こだま。新幹線のね。新幹線もあるし、いずれリニアモーターカーもある。だから、それは置いておこう。
 それで、今は私は絵になった。蛾を殺した画家の絵だ。「瓦礫の山の家」。震災は瓦礫とともに芸術も残した。幸仁の家、絵の中に残ってたんだよ。私が描かせたのかな。わからないけど、絵になるのも良い。あの事件の被害者は、私を含めて、きっと行方不明者になっている。どこでどうしているのだろうか。私は、仕舞われたり、捨てられるまで、私を見る人を見ていようと思う。(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?