ザ・カルテルの感想

ついに読み終わった。長かった。上下巻あわせて1200ページくらいある。前作の犬の力よりも長いことになる。とても長い。

しかし無駄に長くなったわけではもちろんない。今作も犬の力と同じく、麻薬戦争を取り扱った作品となっているが、あらゆる面でスケールが大きくなっている。

警察、ジャーナリスト、軍隊、そして政治といった部分まで今作は扱っている。登場人物の数は前作よりも明らかに多いのではないか。多くの登場人物が複雑に絡まり合い、騙し合い、殺し合う様はまさしく麻薬戦争版ゲーム・オブ・スローンズとでもいえそうな感じだ。かなり多くの人間が作中で死ぬ、あるいは凄惨な目に合うこの作品は、人によっては読むだけでもつらいだろう。しかし、読み進めていけばかなりのカタルシスを得られる…………

         とは言えない。残念ながら。

悪は倒され善は栄えるというようにはいかないのがこのシリーズなのだ。そもそもどの登場人物が悪で善かということもはっきりしないだろう(そもそも善悪など究極のところこの世に存在しないという話はいったん置いておく)。そこを良いと取るか悪いと取るかで評価は大きく分かれる。わたしはもちろん良い方向にとった。犬の力は神懸った傑作だったが、今作もそれに比肩する――それどころか凌駕しかねない、間違いなく今世紀にその名を刻む傑作だ。

いいところをあげればきりがないような作品だが、まず際立った特徴としてその文体があげられるだろう。ウィンズロウの文体は今作でも研ぎ澄まされている。

これだけの大長編にも関わらず、冗長な部分がほぼないどころか極限まで無駄を削っている。主人公がさらわれて敵の親玉の目の前にほうり出される過程を4,5行で書いていたりするし、一行の空白をはさむと、舞台が南米からヨーロッパへ移っていたりする。ぼーっと読んでいるとすぐに置いて行かれるというスリリングさを味わえるぞ。ストーリーそのものもスリリングだが文体までスリリングとはな。参った。

キャラクターの際立ちも相変わらずさえている――が、↑にも書いた通り、前作よりも登場人物が増えているため、キャラクター一人一人の印象が前作に比して薄いような気がしてしまった。犬の力で登場したカランやパラーダなどは、名前を見るだけで昨日までそこにいたかのような存在感があるのだが、今作ではそこまでのキャラはいないと感じてしまった。もちろんこれは作品がスケールアップしたために生まれた弊害だ。仕方のないことだろう。凡百の作品に比べれば、どのキャラも間違いなく印象に残るからほぼ問題にならない。人間たいまつとかいう残虐の極みみたいな発明をしてしまう極悪非道のオチョア。軽妙さを感じさせることで読者を安心させてくれるエディ。どこまでいっても可哀そうなパブロ。そして――

アダンとアート。


今回の結末は、個人的にかなり苦さを感じさせるものだった。

それによって作品の評価が落ちることは決してない。が、今は続編の「ザ・ボーダー」を読む気にはなれない。

こんな気持ちになるのも、今作が傑作であるが故だ。

間違いなくすばらしい作品でした。犬の力を気に入った人は、ぜひ。










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