無性愛者であること

現在の世界では「どうやら人間では、男性と女性の2種類だけに分けることができないらしい」ということが気づかれ、人々の性を分類した名称が広く認知され始めました。
私はその中のアセクシュアルという性を自認しています。
アセクシュアルとは、簡単に言えば他人に対して恋愛感情・性的欲求を抱かない性のことです。このnoteでは分かりやすく簡潔にするため、アセクシュアルを自認している人のことを無性愛者と呼びます。
無性愛者、という名前の語感だけが耳に入ると、まるで愛情という感情そのものが無いように感じてしまいますがよく見てください。無"性”愛、つまり性的な感情が絡まない愛情(家族愛や友愛など)のみを持っている、ということなので、他の性と同じように他人を愛するという感情自体は持っています。

これまで自分が無性愛者であるということに大きな不満を感じたことは特にありません。また、ありがたいことに無性愛者の友人が複数人いるため、自分の性に関してかなりオープンに生活することができています。
しかし、やはり大勢多数とは違う性ということで、心配や悩みが多少あるのも事実です。

まず、恋愛感情や性的欲求が全くないことで恋愛系の創作物に共感できない・自分では生み出すことができない、というのが1つ。
恋愛系というジャンルでなくても、作中に恋愛や性愛の描写が入ることはほぼ必須と言っても良いくらいよく見かけます。これは恋愛描写を用いることで作中人物の内面を可視化しやすくなり、それが創作物の面白さをランクアップしてくれるからだと思います。
しかし、自分は感覚的にその描写をすることができない。もちろんほかの創作物から勉強してそれを見よう見まねで出力することはできますが、この分野では決してオリジナリティを出せないと考えると、少しでも創作をしている者としては損しているな…と感じます。

次に、パートナー問題。恋愛感情や性的欲求がないのにパートナーって何?と思われるかもしれませんが、既に書いた通り無性愛者でも"愛情”そのものは存在していて、普通に誰かと一緒にいたいと思うこともあります。将来のことを考えると、一緒に協力しながら生活したり苦しいときには頼れるパートナーが欲しいと考えています。これは無性愛者の友人も同じことを言っていたので、そのような考えの無性愛者は少なくないのではと思います。
ただ、やはり世間一般では恋愛を通じての結婚が当たり前で、その感覚を持っている方がほとんどを占めています。そのため、そもそも恋人とは違う意味でのパートナーという概念を理解してもらえなかったり、仮に無性愛者であるということを受け入れてパートナーになったとしても、「恋愛感情・性的欲求がない」ということが少しずつ相手を苦しめていく…という場合もあります。
そんなの無性愛者同士でパートナーになればいいじゃん!と言うのが正論なのですが、私のように無性愛者同士が身近にいることも稀だと思うし、友人であるからといってパートナーになれそうと思えるかどうかはまた違うので、難しいところだと思っています。現時点では友情婚を掲げて相手を探すのが一番気が楽で選択肢が増える行動かな、と感じています。

パートナー問題にも関連するのですが、告白をしていただいた際に自分の性のことを話すかどうかも悩む点です。もちろんそもそも興味のない相手であれば断って終わりなのですが、少しでも「この人をパートナーにしたいな」と思えるような方が告白をしてくださった場合が仮にあったらとてつもなく悩んでしまうと思います。
もちろん、相手の「付き合う」と私の「パートナーになる」は違うので、早めにそれを言うべきだとは思います。しかし例えばヘテロセクシュアルの方でも「付き合いたいけど性行為はしたくない」という場合、告白を受ける時点で性生活の話まで踏み込んでする方は少ないのではないかなと思います。自分がアセクシュアルであることを明かすってそんな感覚に近いんです。
親しい間柄になった時点でオープンに話すのが理想ですが、関係性によってはそういう話を持ち出しにくい場合もあるので、これも悩んでしまいます。でも自分と密接な関係にある性を隠しながら一緒に過ごすことは相手に失礼な気もしてしまうので、できればいつでもオープンであれるようにしたいですね。

最後が親への説明です。
私は自分が無性愛であることを家族や親族に一度も話したことがありません。
私の住んでいる地域はいわゆる田舎で、時期に差はあれどみんな結婚して家庭を持つことが当たり前だという空気がどうしてもあります。これまでは親戚集いでの「彼氏いないの〜?」の質問は適当に流してきましたが、成人を迎え、親からも結婚観や家庭観、孫の顔が見たいといった話をされることが増え、正直かなりしんどいです。
親のことはとても大切に思っていて大好きなのですが、その彼らに期待されているものがほぼ確実にできないということ、それを黙っていることがかなり心苦しく感じます。
私のことを大切に思ってくれて、話も真剣に聞いてくれる親ですが、「結婚や家庭を持つということを自分の意思でしない」のではなくて、「結婚や家庭を持つということが選択肢にすらない」ことを簡単に受け入れてもらえるとは思っていません。
ただ、これについては「結婚して家庭を持つ」以外の選択をしている人の割合が増えていることもあるため、結婚をしないこと・子どもを産まないこと自体は結果的に受け入れてもらえると思っています。自分が無性愛者であるということを隠し続けないといけないことは少し辛いですが、時間が経って自分の意思で結婚や出産をしていないように見せることが無難かなと考えています。

私はありがたいことに、アセクシュアルという性自認であることが自分にとって大きな損害になったことはありません。そんな私でも不安やは悩みは常にあります。
多数派とは違った性を持っていても、それによる悩みが少なくなっていく世の中になると信じています。

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