1.歩と歩む

これは。

思わず彼女の経歴を二度見した。

私の仕事は、ただただ単調にまとめられた経歴に目を通し、弊社にふさわしいかどうかを審査する"だけ"の仕事。

彼ら、彼女たちは、取っ替え引っ替え弊社に来るが、入社したはいいものの、いつの日からか、トイレの蛍光灯の方が仕事をしているのではないか、と思うほど見るも無残な輝きとはいえぬ闇を放ち始め、辞めていく。

無理もない。

同情する気持ちすら、いつの間にか私は喪っていた。

そんな私をどうか笑ってほしい。

今やそれを笑われてもなんとも思わない。

そう思っていた私に、飛び込んできた、彼女の経歴。

「九州全土を徒歩で隈なく歩き回りました」

そのバイタリティは、弊社のトイレどころか、弊社そのもの、いやこの日本をも明るくするのではなかろうか。

私は彼女に書類審査の合格のメールを、いつものテンプレートではなく、久しぶりに、私の言葉で行った。

私の言葉。

いつから無くしていたか、もしかしたら取り戻せるかもしれない。

彼女がいたら。

・・・

彼女は入社してすぐに、椅子を破壊した。

文字通り、である。

背もたれを、さながら仇の背骨を折るかのように、ねじ伏せた。

彼女は、うかつに座ると死ぬ病にかかっていた。

心の臓と彼女の歩みはどうにもリンクしているらしく、座っても心拍数のビートを刻まないと、死ぬらしい。

無論自宅から、会社までも徒歩できた。
ゆうに1時間以上はかかるのだが、彼女のふくらはぎとハムストリングを見た女性社員は、全てを察したそうだ。

私も彼女に習って椅子をなくそうと考えた。

彼女の奇行に上の者がいい顔をするわけがない。

私は彼女の味方であり続けることこそ、入社させた者の筋ではないか。

そして椅子をかかと落としで破壊した私は、椅子を弁償させられた。

二脚分。

その帰り道、彼女とともに並んだブランコで、彼女の足音が刻んだビートは…

http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=503279

お題:興奮した経歴 必須要素:九州 制限時間:15分 文字数:813字

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